676食目 聖夜
今日は十二月二十四日。地球であればクリスマスイブだ。
カーンテヒルには、キリスト様の存在は知られておらず、当然ながらキリスト教だってない。したがって、クリスマスという習慣はないのである。
でも、そんなの関係ねぇ。クリスマス云々関係なく、俺はお祭り騒ぎをやらかすぞぉあ!
「というわけで、クリスマスもどきだ」
「毎年恒例になってきたな」
モモガーディアンズ総司令の権限を濫用し、いつもどおり桃先生の大樹の展望台に皆を集めた。修行で海外に出ているヤツらも強制召喚である。慈悲は無い。
真っ先に帰ってきたのは、ダナンとララァであった。というか連絡を入れる前に帰ってきたのである。
ダナンは気が利く男に成長していたので、現在はララァと共に桃先生の大樹をクリスマス仕様にデコレーションしてくれていた。
桃先生の大樹も、綺麗になる自分に気分が高揚しているようだ。ほんわか、と桃力が溢れ出している。
ララァはまた乳がビッグになっていた。本人もそろそろ危機感を抱いているようだが、ダナンが喜んでいるからいいかなぁ、とかなんとか惚気ている。爆ぜてもいいんじゃないのかな。
そうこうしている内に、続々とモモガーディアンズが桃先生の大樹に集まってきた。僅かな間、姿を見てないだけであったというのに、それぞれが成長した姿を見せている。
これは俺も、うかうかしていられないであろう。更なる精進を積まなくては。
だが、それを考えるのは後だ。今はこのお祭り騒ぎを成功させるべく、準備をおこなわなければなるまい。
「ふきゅん、女衆はヒーラー協会食堂の厨房に集合。料理を手伝うのだぁ」
「ひえっ、この山のような食材を全部調理するんですか?」
お尻が更にむっちりとして帰ってきたメルシェが、山のように積まれた食材を見て、目を丸くする。他の女子たちも同様の表情を見せた。
「当然だぁ。今回はアホみたいに食うヤツが追加されているかなら」
その人物は言うまでもなく、桃使いプルルの事である。ヤツは今回、ライオット並みに食べることが予測される。
したがって、並の量の料理では瞬く間に皆殺しにされてしまう可能性が高い。こちらも、全戦力を投入し徹底抗戦の構えを見せなくてはならないだろう。
「聞くんだぁ。ライオット、プルル夫妻は今回最も警戒するべき存在。ヤツらを甘く見たら、一瞬にして料理を喰い尽されるであろう」
「えっ? ライオット君とプルルさん、結婚したの?」
この面子の中で唯一の既婚者であるアマンダが、大きな耳をピクピクさせた。初耳であったのだろう。
「いや、してないけど……もう、あいつらは一括りでいいだろ」
「ひどっ。まぁ、否定はしないけど」
「ふん、結婚できるなら、とっととしてしまえばいいのだ」
少しばかり髪が伸びてきたシーマは、大人っぽくなって帰ってきた。なんというか、妙な色気があるというか。そんな感じである。
「それで、これをどう調理するんだ?」
「ひほっ、適当でいいのかしら?」
ロン姉妹は順当な成長ぶり、といえばいいのだろうか。双子ゆえの同じような成長の仕方をしている。彼女達の素性を知らない者は二人の見分けは困難であろう。
しかし、彼女たちと長年の付き合いがある俺達は、なんとなくであるが見分けが付いた。それは極めて曖昧な方法だ。
色っぽい方が姉のルーフェイ、変態っぽいのが妹のランフェイだ。表情を見ればだいたい判別できるであろう。ランフェイは目付きが怪しいのだから。
今し方も、姉の尻を弄ろう、と手をワキワキさせている。うん、こりゃダメだ。
「ふむぅ、ロフトの好きなブッチョラビの生姜焼きでも作っておこうさね」
白いエプロンドレスを身に纏って調理に取り掛かっているのは変態筆頭のネズミ獣人の少女アカネだ。
現在の彼女は、一般女性レベルの教養を身に付けているが、変態が直ったわけではない。
ただ単にその変態という名の牙を隠しているだけである。獲物が彼女のそばを通りかかった時、アカネは容赦なく牙を剥くであろう。哀れ、犠牲者は精神にトラウマを抱えることになる。
恐るべきはレベルアップした変態性。犠牲者のパンツをひん剥いて直接お尻に顔を埋めた時などは、どうしようかと本気で悩んだものだ。
その犠牲者がメルシェだったので、見て見ぬ振りをして事なきを得たが。
「うわぁ、アカネちゃん、お料理上手になったねぇ」
「ふふん、わちきに掛かれば、料理くらいどうという事はないさね」
とは言っているが、実のところ彼女は俺のところに料理を習いに来ていた時期がある。それも全ては好きな人のためであった事は疑いようがない。
現在のアカネは正しく乙女であった。これで変態でなければ、さぞかし両親も安心したことであろうに。
「そういうプリエナも大したものさね」
「お母さんに、お料理を習ったんだよぉ。あとは、ルバールさんたちに、お夜食を作ったりしてるから、自然に上手になったみたい」
プリエナは煮物を作っているようだ。実は煮物は簡単なようで難しい料理である。暫し、プリエナの調理工程を眺めていたが、完璧と言える調理方法であった。これは期待が持てそうだ。
「ほほう、わらわもひと肌脱ぐとしようかのう」
「ふきゅん、おかえり、咲爛」
イズルヒに戻っていた咲爛姫も合流。そして、彼女が戻ってきたという事は……。
「ふふ、では、私もお手伝いさせていただきますね」
「げぇぇぇぇぇっ!? 景虎っ!」
恐怖のデストロイフード製造機、風間景虎、見っ参っ! 彼女の登場に、この場が凍り付く! 慈悲はないんでぃすかぁ!?
「ぴよっ!」
「ちくせう! フライパン太郎の癒し効果が、くじけそうな俺を支えるっ!」
「はっはっは、ご期待に応えて見せよう」
やめてくれ、最悪死者が出るから。
俺は一筋の希望に縋り、景虎の調理工程を見守る。そして絶句。
彼女は玉子焼きを作ろうと試みていたらしい。だが、玉子焼きとは卵の殻を割って、その中身を調理して作るものだ。決して、生卵をそのままフライパンの上で焼くものではない。
「皆、覚悟は良いか? 俺は出来てる」
俺の悲痛な覚悟に皆は避けられない運命を感じ取ったのだった。
尚、卵からは亀さんがこんにちはしました。名前は【亀パン次郎】だそうです。はい。
「ふきゅん、流石にグリシーヌは手際が良いな」
「う、うん。ブ、ブルトンが、い、いっぱい食べるからなんだな、な!」
グリシーヌは巨大な寸胴を使用してフレイベクス肉のビーフシチューを制作していた。まぁ、正しくはドラゴンシチューであるが。肉が竜に変わっただけなので、多少はね?
それにしても手際が良い。彼女は一級の戦力として数えてもいいだろう。
現在の俺はライオット、プルル対策にフレイベクス肉のローストを制作中。簡単に制作できるし、腹に溜まるであろう料理筆頭だ。
ソースも数種類用意しておけば、飽きることなく食べられるであろう。
「んじゃ、あたしはケーキでもこしらえますかね」
「おぉ、本職のアマンダが作るのなら期待が持てそうだな」
「任せておいてよ。修行の成果を見せてあげるわ」
まて、おまえはなんの修業をしに行ったんだ?
一抹の不安を感じつつ、アマンダの作業を見守る。動き自体は軽快で無駄がない。だが、俺達に必要なのは戦闘能力を高める事であり、調理技術を高める事ではない。
それは、決戦を終えてからでもできる事なので、今は控えてほしい所である。
そう思っていた時期が俺にもありました。
なんと、アマンダはこの調理技術を戦闘用に転化することを思い付き、戦闘と調理技術を同時に向上させる方法を編み出したらしい。
何それ、是非とも習いたい。
「はい、完成」
「途中から何をしてるか分からなかったんだぜ」
調理開始から僅か十分で巨大ケーキが完成。何かしらの技を使用していたようだが、俺には一切理解できなかった。アマンダを侮っていた俺を許していただきたい。
「うふふ~、もうすぐ~できますよ~」
「おっ、ウルジェは唐揚げ担当か」
「じゃんじゃん揚げますから~、運んでね~」
「おあ~、任せるっすよぉ」
何もかもがビッグサイズの巨女、ウルジェは唐揚げを揚げていた。内容は様々だ。
定番の鶏肉はもちろんの事、ブッチョラビのホルモンや、魚介類、ついでにフライドポテトまで揚げていた。どれもこれもクリスマスパーティーには定番の物である。
出来上がったものを仕事に忠実なモグラ獣人のモルティーナが運ぶ。彼女に付き従うのは、ミリタナス神聖国からちゃっかり付いてきた、もぐもぐどもだ。
しっかりと働いているので、おこぼれをくれてやろう。
「エル様、わたくしは、トマトパスタを作っておきますわ」
「そうだな、前菜としてもいけるし、メインにもいけるから、お願いするんだぜ」
ブランナは得意料理である、トマトパスタを調理してくれている。具材はトマトだけなのが彼女のこだわりだ。しかし、トマト自体の出来が良いので、かえってそれが良い結果となっている。
「お野菜も用意した方がいいですわね」
「ふきゅん、クー様の言うとおりなんだぜ」
クリューテルはサラダを担当してくれている。サラダといってもただ野菜を盛り付けているだけではない。色々と工夫をしてくれていた。
これだけの人数だ好みも多種多様。肉だけでは胸やけを起こす者も出てくるだろう。
彼女は大鉢に、こんもりと食べ易くカットした野菜やハーブ類を盛り付け、そこに温泉卵やクルトン、カリカリベーコンのダイスカットを散りばめてゆく。
用意したドレッシングも多種多様だ。醤油ベースのあっさりした物や、ごまの濃厚なドレッシング、中には酸味が強くて辛いトムヤムクン風のドレッシングまで用意してあった。
「フルーツのカットは私に任せてください。もぐもぐ」
「つまみ食いすると、おケツが大きくなるぞぉ」
「そ、それは困ります」
フルーツをカットしつつ、破片をつまみ食いしているメルシェに注意する。本番に全然食べれなくなるからだ。尻が大きくなるのは……否定できない。
メルシェも手慣れたもので、綺麗に果物の皮を剥いて行き包丁で細工を入れていた。
特に柔らかい果実を彫り込む繊細さは目を見張るものがある。この繊細さが彼女のGDの操縦技術を向上させているのは明白だ。
「しかし……でかいな」
「うぐっ、困ってるんですよ。最近は紐パンじゃないとすぐに買い替えないとならなくなるし、可愛いパンツが履けないんです」
「もう、何かの呪いなんじゃないのかぁ?」
「うぅ……解呪できる人募集です」
そんなこんなしている内に、プルルといばらきーずが合流。ヒーラー協会食堂の厨房は益々賑やかになってゆく。
「あはは! おかゆっゆ! ゆっゆ! あははは!」
「おぉう、アルアはお粥が作れるようになったのかぁ」
意外なことにアルアが料理をおこなっていた。作っている物はもちろん彼女の好物である、お粥だ。殆ど彼女のためだけの料理であるが、ザインちゃんが俺の魂から、にょこっと飛び出して、梅干しやら塩っ辛い漬物などを、いそいそと用意し始めたではないか。
「洋風の物もよろしいでござるが、拙者はやはり和風の物が好みでござるよ」
「ふきゅん、ザインちゃんはぶれないな。よろしい、蕎麦を打ってしんぜよう」
「まことにござりますか!? 嬉しゅうございまする!」
和洋折衷は日本式クリスマスでは基本だ。フライドチキンの隣に寿司がドヤ顔していることなど稀によくあること。蕎麦があってもいいじゃない。
というわけで、蕎麦を茹でる。雪景色に合わせてとろろ芋を擦り下ろし、蕎麦の上に掛けて提供することにしようか。
ザインちゃんの興奮は最高潮に達しているので、落ち着かせるためにも彼女に巻き寿司を作らせることにした。具材はマグロやらサーモンやらを仕入れてあるので、彼女のセンスに任せることにする。
「久しぶりに皆が集まると安心するねぇ。僕も親子丼でも作ろうか」
「いいわね。私はステーキを」
「わたしはハンバーグを作るよっ! ミンチ、ミンチっ!」
プルル、ユウユウ、リンダも調理に参加。多種多様の美味しそうな料理たちが次々に展望台へと運ばれてゆく。運搬するモルティーナも、もぐもぐも、大忙しだ。
尚、ライオットは体の自由を奪って監禁してある。出来上がった料理を運んだ瞬間に皆殺しにされては堪ったものではない。
「おいぃ……マフティはなんで、キャロットグラッセばかり作ってんだぁ?」
「なんでって……美味いからに決まってんだろ」
確かに甘くて美味しいが、五キログラムものキャロットグラッセを誰が食べるというのだ。最後は闇の枝行きになるだけだぞぉ。
「また、キュウトは何を作ってんだ?」
「きゅおん、お……たしは、揚げ豆腐のあんかけを作っているんだぜ……ですわ」
「キャラクターが迷子になってるんだぜ」
「実は女の子でした、という事実を突き付けられた俺の身にもなってみやがれ、ちくしょう」
プルプルと身を震わせる外見だけは女の子のキュウトは、手が込んでいるが食べるのは実際自分だけだろう、という料理をチョイス。
しかし、いいのかい? ライオットに好き嫌いは無いんだぜ。ただ単に肉が好きってだけだからな。
もう少し作っておいた方が良いぞ、という忠告を彼女に与え、俺は更なる料理作りに没頭する。きっと、これだけ作れば足りないという事はないだろう。
「エルゥ、しこたまぁ酒を買ってきたぞぉ!」
「おぉ、ガンちゃん、助かるぅ」
お酒担当のガンズロックが酒樽を担いでやってきた。お酒にうるさい彼のチョイスだ。間違いはないと確信。今から飲むのが楽しみである。
「これでだいたいの用意が終わったな。時刻も頃合いだぁ」
「ん? 食いしん坊、そのホットドッグはどうしたんだい?」
「これはヒーちゃんの分さ。お月様が見えてるだろうから、置いとけば……な?」
「そうだね……今頃何をしているのやら。早く帰ってきたらいいのにねぇ」
俺は山ほど盛られたホットドッグを抱きかかえ展望台へと向かう。そこには修行から戻った男衆の逞しい姿と、情けない姿で自由を奪われている、おバカにゃんこの姿があった。
「オレ、メシ、クウ! ハ・ナ・セ☆」
「ライオットの自我が崩壊しかけているから、前置きはすっ飛ばしてパーティーを始めるか」
こうして、今年もぐだぐだなクリスマスパーティーという何かが開催された。
酒が入り赤裸々な話を始める女子たち。食ってばかりいる男子たち。
酔った勢いでロフトと物理的な合体をやらかそうとするアカネを阻止しつつ、俺は平和なひと時を満喫する。
ふと、月に供えておいたホットドッグを見やる。見事に全部なくなっていた。
ヒュリティアがどさくさに乗じて回収したのであろう。いつか会えることを信じ、俺はグラスを傾ける。葡萄酒の渋みが心地よい。
やがて、エドワードが王様を連れてやって来た。もちろん、お忍びという何かである。
それから、デルケット爺さんがヒカルちゃんを伴って登場。アルのおっさんファミリーもやってきて賑やかさは増す一方だ。
空からは雪の精霊達がわっしょい、わっしょい、と降りてくる。ホワイトなクリスマスにしてくれるらしい。
桃先生の大樹が温度調節をおこなってくれているので寒さは感じない。したがって、ビーストたちも、今夜は大はしゃぎだ。特にぶちまるは、尻尾が千切れんばかりに興奮している。
もんじゃたちにゃんこも丸くならないで、ゆっくり降りてくる雪を眺めて身を寄せ合っていた。
「エル、楽しんでいるかい?」
「あぁ、楽しんでるよ、エド」
やはりというか、極自然に俺の腰に手を回して来る王子様。そして、それを受け入れている俺は病気か何かなのだろう。もうダメかもしれん。
二人並んで手摺りの近くまで歩く。そこからはフィリミシアの町が一望できた。
白く染まる町並み、日が暮れて世界が暗くなってもフィリミシアの町が暗くなる事はない。町も人も明るいままだ。
「王位を継承することになったよ」
「そっか」
話には聞いていたが、やはり決定事項であったようだ。エドワードが王様をこっそり連れてきたのも、この事を告げる為だったのだろう。
そんな王様は、俺とエドワードを静かに見守っていた。
「エル」
「何か用かな、エド」
急に真顔になって向かい合うエドワードを見て、俺は予感めいたものを感じ取る。それは、ほぼ間違いなくアレだ。男はこういうタイミングを常に狙っている。
「僕と結婚してくれ」
「いいよ」
「うん、分かってる、でも……え?」
「いいよ、と言ったんだぜ」
エドワードは、金魚のように口をパクパクさせて困惑の表情を浮かべていた。想定外の事態が起こって混乱しているのだろう。
面白い顔だ、ふっきゅんきゅんきゅん。
俺の方といえば、既に覚悟というかなんというか、殆どやる事を終えているので、拒む理由がないだけである。
ミリタナス神聖国の再興はほぼ終えているし、聖女はゼアナがやってくれている。それに、ラングステン王国とミリタナス神聖国の関係は良好だ。
俺が二国間を行ったり来たりしても問題はないだろうし、案の定、ミレニア様は俺の子供を教皇に据えるから、子作りはよ、とぶっちゃける始末。どうしてくれるの、これ。
「エ、エル……!」
感極まったエドワードが俺を抱きしめた。少しばかり息苦しい。五歳の時に初めて出会った、もやしのごとき貧弱な彼はもういない。
「喜ぶのは良いが、決戦を勝利しないとダメだからな」
「分かってるさ。もう僕に敗北の二文字は無いよ。約束する」
「ふきゅん、分かってるなら……」
俺の言葉が最後まで語られる事はなかった。塞がれてしまっては何も言えない、言い難い。だから俺はエドワードに身を任せるだろうな。
薄れてゆく男としての矜持。役目を果たした、と背を向けるかつての俺。
俺もまた、皆と同様に少しずつ変わっていたのだろう。子供の時から駆け抜けてきた男としての俺は、この日を境に薄れ始める。
それは終わりにして始まり、終わりから始まる物語。
男から女へと至った俺の転換期。
仲間からの祝福は終わる事なき合唱となった。新しき王と王妃に祝福あれ、と。




