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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
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646食目 それは古きおとぎ話

 大穴を通り抜けた先は大きな空間だった。鍾乳洞がチラホラと窺えることから、いずこかの洞窟を利用している、と推測できる。薄暗くはあるが、それでいて暗すぎない。室温も丁度良い。

 中央には大きな円卓が設置されており、合計、十二個もの椅子が等間隔で置かれていた。

 円卓の中央の髑髏に乗る極太の蝋燭が唯一の明かりと思われるが、よくよく見れば、剥き出しの岩肌自体が薄っすらと輝きを放っている。


「適当に座ってくれ」


 桃吉郎さんに促されて彼に対面するように着席する。そして彼から、この世界……カーンテヒルの始まりからの因果を聞かされることになった。

 それは、この世界に伝わる昔話【全てを喰らう者】の内容とはかけ離れたものだ。


「事の始まりは、カオス神の親心からだった」


 始まりにして終わりの神は、全てを生み出し全てを喰らい尽くす。桃吉郎さんは、それを【世界の代謝】だと言った。


 世界は純然たる生物であり、世界こそがカオス神である、と彼は主張する。僕らは真実が分からないので彼の言葉に頷くしかない。


「カオス神は数多くの子を生み出し、育て、そして……喰らった」


 それは【約束の日】と呼ばれる、世界を生まれ変わらせる儀式。

 歪んで疲弊してしまった世界を正しき姿に戻し、再び命が謳歌できるように、とカオス神自らが心を殺しておこなう大虐殺だ。


 何事にも終わりはある。カオス神とて、この運命を受け入れ自分自身を食い殺すのだ。


 何故ならば、終わりを生み出したのもまたカオス神であるからだ。


「そして、命は流転する。死したカオス神は無から生れ出て、最初に無限の軌道を描く。そこには輪廻の輪が出来上がる。そして、そこに魂が宿るのだ」


 話が壮大過ぎて頭が追いつかない。まさか、カオス神が喰らう対象がカーンテヒルだけではなく、全ての惑星、宇宙だと言われても想像できないのだ。


「もちろん、地球も対象に含まれるぞ。ほれ、俗に言うオーパーツなんかはカオス神の食いカスだ」

「割と大雑把なんだ」

「スケールが違うかなら」


 何度も何度も【約束の日】を繰り返してゆく内に、カオス神の子に珍しい個体が現れた。

 プラチナの髪に銀色の鱗を持つ美しい竜だ。それはよくカオス神に懐いた。カオス神もよく懐く我が子を愛し見守る。


 そこまで語った、桃吉郎さんの表情が厳しくなった。


「また何度かの【約束の日】を経て、銀色の竜は生まれた。しかし、その誕生はいつもよりも遅く、多くの人間が星々に誕生した後のとこだった」


 それこそが、悲劇の始まり。世界が歪んでしまった原因だ、と彼は言った。


「カーンテヒルは、既にその身を星としたカオス神の左目から生まれた。そこは美しい湖となっており、多くの人間たちが暮らす町が出来上がっていた」


 そして、生まれたばかりの美しい子竜は、心優しい少女に拾われ育てられた。


「少女の名は……マイアス」

「マイアスって……あの女神の?」

「そうだ。そもそもが、人間がいうところの【神】は、人々の恐れや願望の集合体だ。カオス神のような純然たる神など極々僅かだろう」


 驚く僕らを置き去りに、桃吉郎さんは話を続けようとして、懐からオカリナを取り出した。それを口に付けて息を吹き込む。


「もぴょ~」


 僕らは一斉にこけた。


「吹けないんですかっ!?」

「ふ、吹けるもんっ! 今のは、ただちょっと、ほんの僅か、ファンブルしただけだし!」


 とツッコミを入れていると、一人の女性がトレーに紅茶とお茶菓子を乗せて暗闇から姿を現した。その姿を見て、僕らはハッとする。


 美しい長髪は黒に近い赤。そこからは四本の歪な角が天を突いている。その美しい顔には憂いを秘めた灼眼。現実にはあり得ない均整の取れた顔に、僕らは女神という言葉が浮かび上がる。


 しかし、彼女から生える爬虫類の翼と尾を見て、それを否定した。彼女は僕らが考える女神とは別種の存在である、と。


「おっぱい、でけぇ!」

「おバカっ! 開口一番でそれっ!?」


 興奮した史俊が時雨に制圧された。それは、今言わなければならないことだったのだろうか。

 円卓が血に染まる光景を垣間見た桃吉郎さんと半竜半人の女性は、返り血で染まる時雨を見て戦慄していた。


 僕はもう慣れた。いつものことだし。ね?


「おごごご……ん? なんで、フレイベクス姉上が?」

「はわわわ……え? あぁ、ジュレイデは、まだ寝てるから」

「また、徹夜でもしていたのか。もういい歳なんだから規則正しい生活にしろと」

「本人の前でそれを言ったら……どうなるのでしょうね?」

「ふきゅん」


 桃吉郎さんはフレイベクスと呼んだ半竜半人の女性にやり込められて小さく縮んだ。

 というか、本当に小さくなった。


 彼といい、エルティナさんといい、どういう体の構造をしているのだろうか、この兄妹は。


「話を続けよう。あれは一億と……」

「まったまった、異様に声が甲高いし、小さくて聞こえない!」

「俺は、既に再生している、きみが怖い」


 史俊のツッコミによって、小人サイズだった桃吉郎さんは元の大きさへと戻る。

 紅茶とお茶菓子を運んでくれたフレイベクスさんは、それを配り終えると微笑みを残して、この場を後にした。


「まぁ、先にお茶をいただこうじゃないか。喉が渇いたし」

「はい、いただきます」

「召し上がれい」


 真っ赤な色をした紅茶だ。口を付けると花のような香りと僅かな酸味が舌の上で開花する。お茶菓子はモンブランのようだ。天辺に添えられた大きな栗が、どうだ、と言わんばかりに己を主張している。


 フォークでモンブランを一口。ねっとりとした栗のクリームが舌に纏わり付く。濃厚な甘み、栗の風味が鼻腔を通り過ぎてゆき、僕を恍惚の彼方へと誘うではないか。


 ここでまた、紅茶を一飲み。ほのかな酸味が舌を引き締める。不思議と花の香りと栗の風味が喧嘩をしない。そのようにブレンドされた紅茶なのだろう。


 これは堪らない。モンブランと紅茶、交互に手が伸びる。永遠のサイクルが出来上がっているではないか。しかし、終わりはやってくる。桃吉郎さんが語る、カオス神と世界のように。


 僕は「あっ」と悲し気な声を上げる。モンブランがクリを残して僕の胃の中に納まってしまったからだ。皿にちょこんと残った栗が、いいよこいよ、と叫んでいる気がする。


 その姿が愛おしくて、栗を食べてしまうのを躊躇う。でも、一度食べ始めたのだから、全部食べないと……。


「その戸惑いがカオス神を滅ぼした」

「え?」


 既にモンブランを完食し紅茶で余韻を味わっている桃吉郎さんが、躊躇う僕にそう言った。その眼差しは鋭くもあり、悲し気でもあった。


「話の続きをしよう。銀の竜とマイアス少女の話だったな」


 銀色の子竜を連れて帰ったマイアスは彼に【カーンテヒル】という名を与えた。これこそが最初の過ちだったという。

 名を与える、という事は、縛る、ということに他ならない。


 こうして、二人には【親子】という絆が生まれた。最初の過ちだ。


 マイアスはカーンテヒルを我が子のように育て、そして天寿を全うして世を去った。

 しかし、命は流転する。彼女は人間だった。転生期間も比較的短いらしい。


「彼らは再び出会った。今度は逆の立場でだ」


 カーンテヒルに拾われた生まれたての赤子は、なんとマイアスの転生体だったという。

 普通の竜であれば気が付くことなく終わったであろう事実を、カーンテヒルはひと目見ただけで看破し赤子を一人前の人間として育み人の世へと還した。


「だが、彼はやり過ぎた。マイアスは人外の力を得て【勇者】として祭り上げられた」


 これが第二の過ち。子を想う親心が更なる歪みを生じさせたのだという。


 歪みが増えれば増えるほどに【約束の日】は早まる。それはカオス神の望むところではない。

【約束の日】とは、世界を正常に戻すために止む負えなくおこなう破壊と再生の儀式。


 カオス神はその日が来ない事を願いながら、静かに眠りについているのだという。


「そして、いつもより早い【約束の日】がきた」


 再び命は流転する。いつものようにカオス神は儀式をおこない、数多くの世界と命を産み落としていった。しかし、銀色の竜とマイアスは再び親子として巡り合ったのだ。


「絆という鎖が二人を縛っていたんだ。カオス神とて、この鎖を切る事は並大抵ではない労力を要するだろう。しかし、カオス神もまた、この時……過ちを犯していた」


 マイアスの親心に共感してしまったのだという。銀色の我が子、そして母たるマイアスを見守り続け、何度目かになる【約束の日】を経た時……それは起った。


「カーンテヒル、マイアスの誕生は遅れに遅れた。既に世界は歪みに満ちて【約束の日】が起ころうとした時代だ。彼らは生まれてしまった」


 彼が語るのは、カオス神が滅ぼされた経緯。そして、この世界の真実。


「ここから先は、覚悟を決めてもらう」

「今更ですね」

「そうそう、覚悟が決まってないのに、ここに来るかよ」

「桃吉郎さんも人が悪いわね」


 彼は僕らの覚悟の最終確認をおこなっただけのようだ。ここまで話しを聞かされて、やっぱりやめます、だなんていうわけがないというのに。


「やはり、きみらは変わっているな。いや、【変わった】というべきか」


 桃吉郎さんは穏やかに微笑んだ後に語り始めた。終焉と再生の終わりの物語を。

 僕らは絶句する。女神マイアスの正体とカーンテヒルの覚悟、そして……カオス神の深き愛を。


 髑髏の上の蝋燭はその身を削り、僕らの世界に明かりを灯し続けた。

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