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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
625/800

625食目 誠司郎の秘密

 俺は誠司郎に掛けられているシーツを取り払った。その下から彼の裸体が露わになった。


 俺は思わず息を飲む。綺麗な身体だ。

 染み一つ無い均整の取れた肉体。だが、それは同時に歪さの塊でもあった。


「誠司郎……ずっと苦しんでいたのね」


 時雨が眠ったままの彼の額を撫でた。それでも、誠司郎は反応を示さなかった。


「ふきゅん、流石の俺もこれには驚きを隠せない」


 上半身だけを見れば誠司郎は見目麗しい少女だ。だが、下半身、特に股間部には少女にはついていてはいけないものが付いていた。


「妙なちん……ぽぎゅ!?」


「見るなっ、つってんだるるぉ!」


 俺はさり気なく誠司郎の裸体を観察していたライオットの喉に必殺のチョップを叩き込んだ。これで暫くは大人しくしているだろう。

 沈黙したおバカにゃんこは隅っこの方に寄せておく。無駄に重い、筋肉おバカめェ。


「まったく……油断も隙もないな」


「ははは……ライオット君らしいですね」


「ま、そんな事よりも誠司郎だ。これから、身体がどうなってるか隅々まで診るぞ」


 時雨が誠司郎の身体がおかしい、と俺の部屋に駆け込んできたのは、昏睡している誠司郎の体が変化したことに端を発する。

 時雨は寝汗をかいている誠司郎の身体を拭いてあげていたそうだ。

 だが、丁度その時、誠司郎の身体が変化し胸に乳房が発生した。そこまではいい。


 時雨は誠司郎が女であることを隠していた、と考え予定になかった下半身の清浄を開始しようと服を脱がせた。

 そこにおわしたのが、まさかのパオーン様もどきだという。もどきだというには理由があった。


「うし、行くんだぁ、チユーズ」


 俺はチユーズに彼の体内を調べさせる。外回りは俺が調べる。


 まずは胸だ。乳房の発達は時雨以上か……84といったところかな。乳首も男性と比べて大きいことから、恐らく機能を果たすことだろう。


『おっぱい』『くりあー』『ないぶ』『せいあつ』


 制圧してどうする。


 チユーズたちの調べによれば、誠司郎の乳房は正常であり、やはり女性の部分として機能するようだ。


「乳房の機能は正常のようだ」


「それって、やっぱり誠司郎は【女】ってことですか?」


「結論を出すには、まだ早い。俺が感じる違和感はそんなレベルじゃないからな」


 次は股間部、即ち性器の部分を調べる。人権だのプライバシーなど俺の前では無意味だ。

 それに、どうせ誠司郎の身体は地球の医療技術では解明できないだろう。


「ペニスは……ペニスじゃねぇな。尿道が伸びてるだけだ。おまけに睾丸もない」


 睾丸は腹の中に埋まっている可能性も否定できないので、現段階ではなんとも言えない。

 腹の中に睾丸があれば、誠司郎は生物的に男である、といえるのだが。さてさて。


「見た目は……その」


「言わんでもいいぞ。ちんちん、その物だしな」


 だが、チユーズレポートによると、快感神経を刺激する機能は備わっていないし、勃起もしないようだ。

 本当に尿道が伸びているだけの代物である。


『この』『やくたたず』『ふにゃ』『ちんが』『もげろ』


 おいばかやめろ、それは言ってはいけない。いいね?


 情け容赦のない言葉を発するチユーズを窘める。彼女らは言葉に衣を着せることを知らなくて困る。

 まぁ、チユーズたちの言葉が分かるのは俺だけなので大丈夫なのだが。


「ふぅむ、尿道の下は女性器か膣口もあるな……ふきゅん、膜もある。というか、普通に女性陰茎があるな」


 いったい、なんだこれは? 見れば見るほどわけが分からん。


「じゃあ、生理もしてたのかしら」


「……いや、その形跡はないな」


「え?」


 俺が見えない範囲はチユーズたちが逐一報告してくる。

 彼女らは人体修復のエキスパートであり、俺の医療知識を獲得した進化版治癒の精霊たちなのだ。


『しきゅう』『ない』『らんそう』『ない』『せいそう』『ない』『こいつ』『ひと』『ちがう』


 次々と送られてくるチユーズたちの衝撃の情報を元に、俺は一つの結論に辿り着く。


「誠司郎はふた成りでも、半陰茎でもないようだ」


「えぇっ!? でも、女性器があるんじゃ?」


「形だけのな。だが、誠司郎には卵巣も精巣も子宮も存在しない。筋肉の質も男性でも女性でもないんだ」


「それじゃあ、誠司郎はいったい……?」


「ふきゅん、こっちじゃ考えられるが、地球じゃ考え難いんだよなぁ」


 俺が導き出した答えは実にばかばかしい答えだ。地球の者たちが聞けば、の話だが。


 俺は誠司郎の身体を横にする。そして、綺麗な背中を確認した。傷一つ無い白い背中が俺たちの前に露わになる。


「あ……れ? 誠司郎の背中……なんか、違う?」


「あぁ、違うな」


 誠司郎の背中は少しおかしかった。正しくは、正常な骨格をしていない、だ。


「ここだ、この肩甲骨が普通の者よりも発達し過ぎている」


「服を着ていたら分からないレベルですね。でも……」


「あぁ、脱いだら目に付くな」


 おそらくは、子供の頃はここまで発達していなかったのだろう。成長するにしたがって、大きくなりつつあるに違いない。

 この事から、俺が導き出した答えはひとつ。


「誠司郎は天使だぁ」


「え……?」


 時雨がこいつは何を言っているんだ、という表情をした。

 俺は精神に114514のダメージを受けることになった。


 あぶない、あぶない……もう少しでイクところだったゾ。


「そうじゃないと誠司郎の体の構造が説明できん。信じなくても、数年後にはここから、にょきっ、と翼がポップすんぞ」


 俺には分かる、カラスの鳥人のララァの背中もこんな感じだった。

 風呂にて背中を流し合った経験は無駄ではなかったのだ。


 尚、ララァは背中が弱い。翼が邪魔して普段触れることがないからだろう。

 よって、ダナンにはバックから責めろと伝えてある。うむ、俺は良い事をしたに違いない。


「そ、そんな」


 再び誠司郎を仰向けにしてシーツを被せてやる。彼は相変わらず起きる気配はない。


「チユーズたちに骨格も調べてもらったんだ。やはり、肩甲骨の下から翼になるであろう骨の成長が確認できた。仮に天使じゃなくても、誠司郎は人間じゃない」


「し、信じられません。だって! 誠司郎は間違いなく、地球で、私たちと!」


「落ち着きたまえ」


「お、落ち着きたいです! でも、でもっ!」


 このままでは誠司郎をどうにかすることもできない。取り敢えずは興奮した時雨を宥めなくては。

 誠司郎のために憤る彼女を俺は、優しく宥め彼女を諭す。


「まずは俺たちが現実を受け止める必要がある。もっとも、過酷なのは誠司郎であることを認識するんだ」


「……はい」


 やや暫くしてようやく時雨は落ち着きを取り戻す。そして、目に涙を浮かべながら、何度も誠司郎の頬を撫でた。


「私たちにも話せなくて、辛かっただろうに」


「トウヤ、いるんだろ?」


「あぁ、悪いが話は聞かせてもらっていた。エルティナが俺に言いたいことも分かっている」


「流石は相棒だぁ」


 トウヤの調べによれば誠司郎の母親は何度も流産し、子供が作れない身体になっていたことが分かった。

 だが、彼らはそれでも諦めなかったらしい。彼らは医者であると聞いていたが、実のところ父親が医者であり、母親は医薬品の開発を手掛けているようだ。


「二人は体外受精も試みたが、結果は失敗に終わったようだ」


「そんな……誠司郎のご両親が」


 だが、話は終わらない。彼らは子を欲するがあまり禁断の領域に踏み入ってしまった。


「ホムンクルス、伝説上にしか存在しない人工生命体。彼らは互いの遺伝子を掛け合わせて作ったホムンクルスをフラスコ内で作成し、母親の胎内をホムンクルスに適した人口羊水で満たした後に、それを移植した」


 トウヤの話を聞いていた時雨が顔を青ざめさせながら首を振った。かなり、ショッキングな話だろう。狂気以外の何ものでもない。

 寧ろ、よくホムンクルスをつくれたな。そっちの方が驚きだ。


「普通なら失敗に終わるであろう狂気の実験は、誠司郎の産声を以てして成功に終わる」


「でも、生まれた誠司郎に性別はなかった、ということか?」


「そういうことだ。禁忌を犯した報いなのだろうな。だが、生まれた本人に罪はない」


「あたりまえだなぁ?」


「あぁ」


 それでも、誠司郎の両親は彼の誕生を喜んだ。狂気の実験のために負った借金を返済しつつ、誠司郎が生活するに困らぬよう毎日を必死に生きている。

 唯一の救いは、誠司郎の両親が彼を、心の底から愛している、ということだろう。


「これが、俺の調べ上げた全てだ」


「よく調べることができたな。流石はトウヤだ」


「……実はな、この情報の半分はマイクが調べたんだ」


「マイクが?」


「あぁ、というのも、誠司郎の両親は米国に出張中だったのでな。桃アカデミー米国支部に協力を要請したんだ」


 マイク、桃使いシグルドの相棒にして、新人の桃先輩。シグルドが倒れた今となっては、彼のその後は知ることもできなかった。


「それで、マイクは?」


「彼はこの後、桃先輩を辞した。行方は分からない」


「そっか」


 二度も相棒を、しかも兄弟と呼び、どんな過酷な時でも支え合った存在を失った彼を、誰が責める事などできようか。


「この事は既に決めていたのだろう。俺たちがマイクに出来ることは何もない」


「分かってる」


 マイクの事は気になるが、その原因を作った俺が、彼にとやかく言えないことだけは分かっている。


「マイク……」


 俺はシグルドとの決着に後悔など微塵もない。後悔など彼に対する侮辱に他ならないからだ。

 でも、可能性は何度も考えたことはある。意味などない事は知っていてもだ。


「トウヤの情報を元に考えると、たぶん、地球の神様の気紛れで誠司郎は誕生したんだろうな。確率なんて目も覆いたくなるような数字だろう」


「……僕は偶然の産物だったんですね」


「せ、誠司郎! 目が覚めたのね!?」


 誠司郎の目はいつの間にか開かれていた。そこからは涙が止めどもなく溢れ、彼の頬を濡らす。


「話が本当ならば、僕は……生まれるべきではなかった」


「それは違うな」


 俺は誠司郎に告げた。この世に生まれてはならない存在などない事を。


 不倶戴天の敵、鬼だってそうだ。彼らは生まれるべくして生まれた。

 人の心の闇は生きている限りなくなりはしない。だからこそ、俺たち桃使いもまた生まれた。

 陰と陽を保つために世界が生み出したのだ。


 大切なことは在り方だ。己が何になりたいのか、何を成したいかなのだ。


「誠司郎、命は生まれる際に親も性別も選べん。自分で決めれるのは、全て生まれた後だ」


「それは分かってます」


「なら、おまえは生まれるべくして生まれた。世界に祝福されて生まれたんだ」


「でも! 僕は……歪んでいる」


「肉体はな。だからどうした、この世界にゃあ、おまえよりも酷い状態のヤツらが五万といる。だが、彼らは悲観なんてしちゃいない。そんな事をしている暇があるなら、前に進め、と毎日を忙しく過ごしているぞ」


「……」


 誠司郎は手で顔を覆い声もなく泣いた。その姿を時雨は唇をかみしめて眺めていた。


「誠司郎、さっきも言ったが、おまえはきっと、天使なんだろう」


「僕が、天使なわけないじゃないですか」


「いや、天使さ。子供が欲しかったにもかかわらず、できなかった両親が最後に縋った物は、言えば笑われるような伝説、空想の産物だ」


「そのとおりだ、彼らはきみを天からの授かりものだと周囲に話していた、天使が舞い降りた、と嬉しそうに零していたそうだ。両親はきみを可愛がり、そして愛していた事に間違いはない」


 トウヤの言うとおりだ。だからこそ、ホムンクルスは天使としての構造を自ら選んだのだろう。俺はそう思えてならないのだ。

 誠司郎は生まれる前なので憶えていないだろうが、両親の愛を受け、感じて、彼は、彼女は、元になったホムンクルスは、彼らの天使になろうと決意したに違いない。


 ちょっと、やり過ぎた感は否めないが。

 忠実に天使を真似て性別無しとか、半端だけど半端ねぇっすよぉ!


「おまえは間違いなく、両親の愛の末に生まれた天使だ。誠司郎の身体は彼らの愛でできているんだよ」


「父さん、母さん……」


 誠司郎は嗚咽した。そんな彼を時雨がきつく抱きしめる。たぶん、誠司郎は大丈夫だろうと思う。ここは退散させてもらおう。


 俺は寝たふりをしているライオットの首根っこを引きずって部屋を後にした。


「やれやれ、地球でファンタジーかよ。誠司郎が天使って半端ねぇな」


「おう、史俊。聞いていたのか?」


「中に入るタイミングを逃しちまった。ぐすっ」


 彼はドアの隣に立ち鼻をすすった。目には光るものがある。誠司郎を心配していたのだろう。


「なら、さっさと中へ行け。友達なんだろ」


「もちろんっ! 誠司郎っ!」


 史俊は慌ただしく部屋の中へと入っていった。いつもの史俊、として。


「いい関係じゃねぇか」


「あぁ」


 猫なのに狸寝入りをしていたライオットが誠司郎たちをそう評した。

 俺も彼らの関係に目を細め微笑む。


「誠司郎なら大丈夫さ。傍に掛け替えのない友がいる。俺のようにな」






 俺の予想どおり、後日、誠司郎は再び元気な姿を見せることになった。


 その表情は以前のような陰鬱としたものではなく、前に進んでゆこう、という希望に満ち満ちたものであったことを伝えておく。


 よかったな、誠司郎。おまえは皆に愛されているよ。

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