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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
615/800

615食目 転移組、カサレイムに到着す

 その日の夜はなかなか寝付けなかった。キュウトさんの笑顔が目に焼き付いて離れなかったから。

 胸が苦しい、久しぶりの苦しさに忘れようとした、あの人の顔が思い浮かぶ。

 でも、忘れなくては。


「キュウトさん……」


 これはきっと、恋なのだろうと思った。でも、すぐに諦めなくてはならない。

 それは、異世界の住人だから、という理由ではない。僕が【欠陥品】だからだ。


 僕は誰にも言えない秘密を持っている。それが僕を恋から手を引かせる原因となっていた。誰にも相談もできないし、両親も手を尽くしてくれた。

 でも、現代の医療技術では限界というものがある。現状、これ以上改善する事はないのだ。


 だから……諦めるしかない。

 今までも、そうしてきたのだから、今度も大丈夫だ。大丈夫……大丈夫。


 僕はベッドの上で身体を丸くしてきつく目を閉じた。彼女の笑顔が忘れられるように。






 次の日の朝、僕らはブッケンド司令に見送られてマキアクルムを出立した。


 相も変わらず村人は無気力な表情で空を見上げている。彼らの事情を知ってしまった今となっては彼らに同情することはできない。


「ふごっ」


 町の外に出ると口をもごもごさせているサンドドラゴンが僕らを発見し、よちよちと近寄ってきた。

 走っている時はとても速いが、歩くとどこかたどたどしい。


 僕らはサンドドラゴンのお腹を擦り、今日も頼む、とお願いして彼の背に乗った。


「ぎゃお~、ぎゃ~お~」


 呑気な鳴き声を上げながら砂漠を進むサンドドラゴンはとても癒される。


 今日の砂漠も快晴なり。

 燦々と照り付ける日の光は、僕らを焼き焦がさん、と張り切っているかのようだ。


「きゅお~ん、あっちぃ」


 白い日傘を取り出して日光を遮ってるのはキュウトさんだ。

 舌を出して、はぁはぁ、と息を漏らしているところなど昔飼っていた犬を彷彿とさせる。


 今日も彼女は半裸、というか完全に水着姿であった。紫色のビキニがセクシー過ぎて、僕の体温が上昇してしまう。


 それに加え、彼女から流れ出る大粒の汗は魅力たっぷりの彼女の肉体を輝かせ、僕を甘く誘惑してくるのだ。本人のその気がなくとも。


 これにより、僕の体温上昇はさらに加速する。あぁ、くらくらしてきた。


「昨日みたいに、でっかい氷塊を作ればいいんじゃねぇのか?」


 史俊の提案にキュウトさんは首を振った。それに合わせて彼女の大きな乳房が降るふると揺れる。

 それを見逃さない辺り、流石は史俊といったところだ。


「こいつ、氷が苦手なのさ。前に背中で氷を作ったらびっくりして砂の中に潜っちまってさ、えらく大変な思いをしたんだ」


 キュウトさんは、ぽむぽむ、とサンドドラゴンの背中を叩いた。

「ぎゃお~ん」と律儀に反応する辺り、彼はキュウトさんに良く懐いているようだ。


「あぁ、そうだったんですか。砂漠地帯に氷なんてないから、ビックリしちゃいますよね。子供なら尚更だわ」


 風に流される銀色の髪を押さえながらキュウトさんは目を凝らした。

 その視線の先には道のようなものが見える。


「おっ? 道が見えてきたな。あと二時間ほどでカサレイムに着くぞ」


「そのようだな。もうすぐ町に着くが水分補給は欠かすなよ? 町に着いても暑さは変わらないからな」


 もう見ているだけで暑くなりそうな姿のガイリンクードさんに、そう忠告される。寧ろ、僕らがその台詞を彼に言ってやりたい。

 どうしてその格好で平然としていられるのであろうか。


 エルティナさん特製の塩を溶かし込んだ桃水を時折飲みながら移動すること二時間、僕らはようやく目的地であるカサレイムへと到着した。


 サンドドラゴンの子供とも、ここで暫くお別れである。

 彼は「くぅおん」と名残惜しそうな鳴き声を残して砂の中へと潜っていった。


「さぁ、ここが冒険者の町、カサレイムだ。転移者も多いと聞く。もしかしたら、おまえたちの知り合いも転移してきているかもしれんな」


「きゅおん、まぁ、何はともあれ、昼食を摂ろうぜ。腹が減ってしょうがねぇ」


 そう言ったキュウトさんのお腹からは、くぅ、という可愛らしい腹の音がなった。それに釣られて僕のお腹も、くぅ、と鳴く。

 その音を聞いた皆はクスクスと笑った。


「誠司郎もお腹が空いているみたいだし、どこかで食べてからクエスト開始といきましょうか」


 時雨の提案に反対する者は誰もいなかった。僕らは町の飲食店街を目指す。


 そこには食べ物を扱う出店が所狭しと立ち並び、昼間であるにもかかわらず酒を片手に酒盛りをおこなっている人々が大勢いた。


「うわっ、真昼間から酒盛りかよ」


「ここじゃあ、珍しくはない光景だな。獄炎の迷宮から帰還して祝杯を上げているんだろう」


 ガイリンクードさんは好きな出店から食べ物を買ってくればいい、とお金を手渡してきた。

 基本的に僕らはこの世界のお金を持ち合わせていない。ゲーム内のお金は使用できないのだ。


「おっ? 串肉を売ってるな。なになに、【カトブレパス串】? 牛肉みたいだが」


「こっちは【コカトリスのたまたま串】ですって。いったい、何かしら?」


 何故か嫌な予感がするネーミングばかりである。

 しかし、興味心が旺盛な彼らはそれらを迷うことなく購入する。


 後でどうなっても知らないよ。


「僕は……この【クーラントビシソワーズ】と【ミートサンド】をください」


 僕は無難な選択をおこなう。飲み物の方はともかくとして、サンドイッチなら間違いはないだろう。

 こうして、各々が食べたいものを購入しテーブルを確保しておいてくれたガイリンクードさんの下へと戻る。

 そして、テーブルの上は異形の食べ物たちに占拠されてしまった。


「キュウト、俺は任せる、とは言ったが、食い物以外を買ってこいとは言っていないぞ」


「きゅおん、失敬な。全部食べられるものだぞ」


「なら、この目玉に串を刺してあるヤケクソ気味な物はなんだ」


「ヒートウルフの目玉焼きだってよ」


「そのまんまじゃねぇか。俺は食わん、おまえが食え」


 ガイリンクードさんがキュウトさんの口に無理矢理目玉焼きを突っ込んだ。


「んん~!?」


 目玉を無理矢理口に突っ込まれて目を白黒させて悶絶するキュウトさん。見ようによっては美少女をいたぶっている謎の美男子という光景に見えなくもない。


「……意外とうめぇ」


 だが、【目玉焼き】は美味しかったらしい。興味本位で少し食べさせてもらったが、コリュコリュとした不思議な食感とクリーミーな肉汁が癖になりそうな不思議な串焼きであった。

 外見さえ目を瞑ればなかなかの逸品であると言えよう。


「んぐんぐ……このカトブレパス串もなかなかいけるぜ。牛肉だな、こりゃ」


「ほぉ、史俊は良い物を見つけたな。カトプレパスは単眼の牛の魔物だ。食感はやはり牛に近いらしい。だが、一番うまい箇所は内臓、特に腸が美味いそうだぞ」


 ガイリンクードさんは、キュウトさんが購入してきた物の中でも、比較的まともな食べ物を探し出し口に運んでいる。

 見た感じは、太いフランクフルトを、トルティーヤで巻いた物のように見えるが、素材までは分からない。


「辛いな……それに、この味はフレイムスパイダーの腸詰か?」


「正解。ほれ、ミント水」


 ガイリンクードさんはキュウトさんの差し出したミント水を受け取り、ひと口含むと口内でミント水を転がし始めた。どうやら、舌の辛さを取っているようだ。


「ふぅ、この時期のフレイムスパイダーは辛過ヘビィすぎる」


「グリシーヌは丁度良いって言ってたぞ?」


「あの激辛主義クレイジーと一緒にするな」


 ガイリンクードさんはキュウトさんの口に目掛けて食べかけのフランクフルトをねじ込んだ。報復であろう、その一撃はキュウトさんを悶絶させた。


「なんだ、かんだ、いって仲が良いわよね、あの二人。あら、意外と美味しい。表面はしっかりとした歯応えだけど、中はトロリとして濃厚ね」


 時雨は【コカトリスのたまたま串】を口いっぱいに頬張ってご満悦の表情だ。でも、僕の予想が正しければ、それは乙女が喜んで口にしてはいけないものだと思う。


「お? 珍味じゃねぇか。よくそれをチョイスしたな」


「へぇ、珍しいんですか、この串」


 キュウトさんのサクランボ色をしたキュートな唇から、とんでもない発言が飛び出した。


「あぁ、それはコカトリスの睾丸を焼いた物。つまりは金玉だな。史俊たちの股間にぶら下がっているヤツだ」


 直球以外の何ものでもない発言に時雨は固まってしまった。

 そして、史俊は股間を押さえ、ぷるぷると震えた。


 しかし、キュウトさんは話し方が男らしい。

 それが性格から来るものなのかはわからないが、女性らしい話し方をすれば、もっと魅力的になると思うのに。


 もっとも、これはエルティナさんにも当てはまるのだが。


「ぶはははははっ! 時雨は金玉食ったのかよ!」


 時雨よりも早く立ち直った史俊は、彼女をからかった。

 だが、それは明らかに悪手である。


 見る見るうちに時雨の顔が真っ赤になり、怒りの形相を史俊に向けたのだ。


「うっさい!」



 ずどむっ。



 鋭く重い手刀が史俊の喉に突き刺さり、史俊はテーブルに突っ伏して沈黙した。


 三分経てば復活するだろうから気にはしないが、時雨を怒らせることは止めておいた方が無難のようだ。

 僕じゃ、三分で復活など無理だから。


「別に深く考える必要はない。それに、コカトリスの睾丸は子孫繁栄の御利益がある、と昔から女性が好んで食した物らしいからな」


「そ、そうなんですか? それでも……」


 ガイリンクードさんの説明を受けても、時雨は食べる事に躊躇した。

 それを目にしたキュウトさんが時雨の手から【コカトリスのたまたま串】を取り上げてしまう。


「きゅおん。んじゃ、残りは俺が貰うな」


 残った【たまたま串】はキュウトさんが串から抜いて、ひょいと纏めて口に放り込んでしまった。

 そして、彼女が咀嚼をする、と勢い余って白濁した液体が口から溢れ出てしまう。



 ぷちゅるっ!



 それは、ぽたぽたと彼女の豊満な乳房へ滴り落ちて胸の谷間を白い液体で満たしてしまった。

 映像的には確実に規制が入るレベルだ。


「んあっ……あぁ、もったいない」



 がたっ。



 その光景を見ていた周りの冒険者たちが一斉に立ち上がり、拳を天に向かって突き上げた。

 その姿はまるで、一片の悔い無し、と雄弁に物語っているようにも見える。


 それは、いつの間にか復活していた史俊も同様であった。


「エロス、いただきました!」


 しかし、この後、鈍い音と共に史俊は再びテーブルに沈み、物言わぬオブジェと化したのであった。


 懲りないなぁ。


「予想よりも大きかった。あぁ、もったいない……ずずず」


「だから、といって胸に落ちた汁を啜るな。野郎共が喜ぶだけだ」


 未練がましく豊満な乳房を持ち上げて汁を啜るキュウトさんの姿は非常に危険だ。

 ガイリンクードさんは即座に彼女を戒める。


「きゅおん、だってぇ」


「だって、じゃないですよ。キュウトさんは少し無防備過ぎです」


 そう言った時雨はポケットからハンカチを取り出し、キュウトさんの白濁汁塗れになった顔を拭い始めた。


「きゅ~ん」


「はい、キュウトさん、動かない」


「時雨、俺も動けないんですが……?」


「史俊は死んでなさい」


「ぬふぅ」


「やれやれ……だ」


「あはは……」


 昼食だけでこんなに疲れていて本番は大丈夫なのだろうか、そう思いつつ、肉厚でジューシーなサンドイッチを口いっぱいに頬張り、クーラントビシソワーズの爽やかな冷たさと、クリーミーな冷製スープの味を堪能する僕であった。


 たぶん、僕の一人勝ちかな。うん、美味しいや。

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