568食目 母国の土
ミレニア様たちがテレポーターにて転移してきた。久しぶりに踏みしめる母国の土に安堵と笑顔を見せるミリタスの民たち。しかし、大変なのはこれからであることを誰よりも理解している彼らは、その緩んだ表情をすぐに引き締めた。
「お疲れさまでございます、エルティナ様」
「いらっしゃい、ミレニア様、ボウドスさん。いや、おかえりなさい……か」
俺のその言葉にボウドスさんはミレニア様を抱きかかえたまま、さまざまな想いが籠った滴を溢れさせた。
「この老いぼれが聞くべき言葉ではありませぬ……私は多くの若い命を死に追いやってしまった。未来を生きるべき命を、私は……!」
「ボウドスさん、自分のおこないを、そして罪を悔いるのであれば、散っていった命に報いるべく行動を起こすべきだ。少なくとも俺はそう思っている」
偉そうなことを言っているが、俺は彼の半分も生きていない小娘だ。だが敢えて俺は言う、多くの戦士の命を預かり戦場に送りだした者として。
「そうでしたな……いや、お恥ずかしい姿をお見せしました。もう、大丈夫です」
そう言ってボウドスさんは服の裾で涙を拭う。拭い去った後の彼の眼には決意の光が宿り、荒廃した聖都リトリルタースの無残な姿が映し出されている。
「残されたこの命、その全てをミリタナス神聖国復興のために捧げましょう。それが、散っていった命に報いると信じて」
復興のシンボルとして建てた大樹は【リ・ミリタナス】と名付けられた。リザレクション・ミリタナス、あるいはリバイブ・ミリタナスの略称だと思われる。
シンボル的な意味合いが強い名であるが、これからのことを考えれば丁度良いのかもしれない。大樹を見上げる度に初心を思い出すことであろう。皆で必ずミリタナス神聖国を蘇らせよう、という志を。
その大樹に次々と運ばれてくる言葉なき骸たち。大小さまざまなのは、そのままの意味をなす。
戦争は……いや、あれは戦争ではない、互いの存在を掛けた戦い。それに大人も子供も関係ないのだ。力無き者は喰われ死にゆくのみ。
「エルティナ様……」
「クー様、どうしたんだ?」
クリューテルが手に髑髏を抱きかかえ、こちらに向かってくる。そして、震える手で髑髏を俺に差し出した。髑髏には金色の縦ロールが数本ついており、かなりの剛毛であることを窺わせる。
いやいや、そうじゃない。それを見て嫌な予感が俺の脳裏をずびゃ~ん、と駆け抜けていった。
「父です」
彼女のその言葉に俺は衝撃を隠すことができなかった。確かミリタナスの貴族連中は民を見捨てて真っ先に逃げたと報告を受けている。このクリューテルの父だという髑髏の示すところは、つまり……。
「クリスライン殿……やはり」
「報告が全てではないということか」
ボウドスさんはあの日、ミレニア様を逃すために囮役を引き受けていた。その際に民を誘導し聖都から脱出させている貴族と出くわしたそうだ。それがクリスライン・トロン・ババル男爵。つまり、クリューテルの父親ということになる。
「あの後、消息が知れなくなっていたが……よもや、このような結末に」
ボウドスさんの無念の気持ちが俺にまで伝わってくる。クリスラインという人物は余程の人格者であったのだと思われる。
でき得ることであれば彼の生前に会っておくべきであった、と今更ながらに後悔した。
「エル様……わたくしは……」
小刻みに身体を震わせているのは感情を無理矢理抑え込もうとしているからだろう。だから俺は彼女に優しく囁く。
「泣けばいいさ、誰もクー様を笑ったりなんてしない」
俺は彼女の泣き顔を見られないように、今はまだ大平原の胸板に抱き寄せたのであった。
泣き疲れて眠ってしまったクリューテルをルドルフさんに頼んで大樹の一室に運んでもらい、俺は復興作業へと向かう。俺もヒャッハーどもに混じって骸たちを捜索し回収するのだ。
「せ、聖女様! このような仕事は俺たちに任せてくだせぇ!」
「いいんだ、やらせてくれ。いや、これは俺がやらないといけないんだよ」
あの日、無様に逃げることしかできなかったことが悔やまれる。電撃作戦だったとはいえ、もっとうまく立ち回れたはずだ。そうすれば、もっと多くの命が救えたはず。
「思い詰め過ぎですぞ、エルティナ様」
「ボウドスさん」
今度は俺がボウドスさんに諭されるという始末。やはり俺はいつまでたっても未熟な珍獣であった。
「あの時、貴女様は最善を尽くしました。あれ以上のことを求めるなど、どの口が言えましょうか。ご自身のなさった結果を誇ってください」
そういった彼の手には小さな骸が収まっていた。小さい、とても小さい骸だ。
「うん」
俺はそう答えることしかできなかった。今はただ、骸たちを弔うことに集中することにしよう。考えるのは復興が叶った後にでもできるはずだ。
日の出と共に骸を捜索し、日の入りと共に作業を終える、それが一週間に渡っておこなわれた。
同時進行でリ・ミリタナスに物資を運び込む作業も進め、今では大樹内で炊飯をおこなうまでに至っている。
温かいご飯を食べ、きゃっきゃと喜ぶ子供の声は大人たちに希望を与えた。護らなくては、この声と笑顔を。
それとは別に外で焚き火を起こして食事を摂る者もいた。何を隠そう俺である。大樹の中で暮らすのは女子共を優先させた。当然だなぁ?
え? 俺はその中に含まれるんじゃないかって? ばきゃ野郎、俺は珍獣だぞ!? 無敵の抵抗力に風邪も裸足で逃げてゆくレベルだぁ! ふっきゅんきゅんきゅん!
「ようやく野晒しになっていた遺体もほぼ回収できました。つきましてはエルティナ様には以前より申しておりました儀式を受けていただきたく存じ上げます」
常夏とはいえ、やはり夜は冷え込む。串に刺したマシュマロを焦がさないように焚き火に近付けていた俺に話しかけてきたのはボウドスさんだ。
彼は改めて俺に畏まり、とある儀式の準備が整ったことを告げてきた。
「うん、分かった。なんとも、つくづく縁があるんだな……俺は」
「運命なのでしょうな」
俺たちは夜空を見上げる。そこにはまん丸のお月様がぷっかりと浮かんでいた。
「ヒーちゃん、俺……また聖女になるよ。皆が笑顔でいられるように」
今度はミリタナス神聖国の聖女として、民の希望となるために尽力するのだ。こんな不良珍獣でも彼らは良いと言ってくれたのだ。であるなら、やるしかない。
こうして、俺は再び聖女として活動する事となった。ラングステン王国とは違って、かなり責任が重い存在となる。しかし、ミリタナス神聖国復興までは、なんとしてでも責務をまっとうしなければ。
「俺は……やるぞ」
俺の決意に白と黒のローブに包まれた満月は、ただただ穏やかな輝きを地上に照らし続けていた。




