566食目 繋がる二国
砂漠を歩くこと一週間、俺たちはようやく聖都リトリルタースへとたどり着いた。
その間に十数回ほどヒャッハーの群れに襲われたがこれをことごとく鎮圧し、今ではヒャッハーの数が百名を越えるという事態に発展している。
「これが……かつての聖都リトリルタースだっていうのか」
ヒャッハーの一人が誰に言うともなくそう呟いた。無理もない話である。そこはもう、かつての聖都の面影はなく、全てが破壊された廃墟といった有様であるのだから。
在りし日の聖都リトリルタースを知っている身としては、この惨状に胸を締め付けられる思いだ。一刻も早く聖都を復興させなければ、という使命感がむくむくと湧き上がってくる。
「これは酷い有様だ。貴女が自ら赴き希望にならんとするのも理解できます」
このあまりの惨状にムー王子も顔を顰め、この地で果てた者に哀悼を捧げる。そう、この地には埋葬もされずに朽ち果てた者たちが、俺たちが来ることを心待ちにしていたのだ。
これで、ようやく弔ってあげれる。ごめんな、随分と待たせてしまって。でも、もう少しだけ待っていてくれ、まずやっておかないといけないことがあるんだ
「取り敢えずはテレポーターを再起動させよう。全てはそれからだ」
「承知いたしましたわ。テレポーターはこちらでございます、エル様」
クリューテルに案内されて向かうはテレポーターが設置されていた場所だ。戦争が起こってからは封印され使用不可能になっていた物を再起動させ、ミレニア様たちを安全に転移させるのが今回の目的である。
瓦礫を登りつつも、なんとかテレポーター施設へ到着する。ここも荒れ放題だ。
「むむっ、随分と旧式のテレポーターだな。こりゃ再稼働よりも新設した方が早い」
再稼働させるためにテレポーターの図式を展開した俺は、そのあまりに古い図式に眉を顰める。
伝統に縛り付けられ更新されなかったのか、あまりに効率が悪い最初期のテレポーターであることが判明したのである。よくもまぁ、今まで事故らなかったものだ。
これでは一度に三名しか転移させられない上に莫大な魔力を使用しなければならない、したがって新たにテレポーターを新設した方が良いという結論に至ったのである。
俺にかかればテレポーター新設なんてちょろいもん。まぁ見てなって。
「ほちょむきゅん!」
俺の裂帛の気合いにて、にょきっと光の柱が発生。これを持って新たなテレポーターは完成した。この間、僅か二秒の出来事である。どやぁ。
「うん、凄いのは分かったけど……その掛け声はなんとかならないのかい?」
「魂の掛け声だから無理だぁ」
エドワードに掛け声の事を指摘されたが、これは意図して出した掛け声ではない、俺は真実を伝えたかった。
こうして、テレポーターを新設した俺は細かな調整を設定し、ラングステン王国とミリタナス神聖国とを繋ぐ架け橋を再び復活させることに成功したのであった。
ここら辺はカサレイムに設けた個人用のテレポーターのノウハウを活かしているので、わりとスムーズに事が運んだ。いろいろとチャレンジするものだ。
「よぉし、いいぞぉ。こんどは二百人規模で転移可能だ」
「これはまた……貴女の才能は留まるところを知らないようですね」
ムー王子が興味深そうに魔法の図式を眺めている。彼はあまり魔法の図式を見たことがないのであろうか、珍しいものを見たかのような眼差しに俺はちょっぴり優越感に浸る。
数少ない俺の得意分野であるからだ。もっと褒めてもいいのよ?
「ふっ、エルの才能はこんなものじゃないさ。彼女は立ったまま寝ることができる。しかも、寝たまま戦闘することも可能なのさ」
ここでエドワードがムー王子を牽制する意味で俺の個人情報を暴露した。というか、何故その情報を暴露した。もっと、他に伝えるべき情報があるだろうが。
ドヤ顔を炸裂させるエドワードに対し、涼し気な表情を見せるムー王子。しかし、よく観察するとこめかみがピクピクと痙攣している。どうやら悔しいようだ。だが、今の情報のどこに悔しさが湧くのか、これが分からない。
「と、取り敢えずラングステン王国に転移するんだぜ。ミレニア様たちを迎えに行かなくちゃ」
俺は雰囲気を変えるためテレポーターを起動させる。地面から光の魔法陣が浮かび上がり光の柱を形成、それはやがて安定し転移可能の文字が浮かび上がる。
この魔法陣こそがテレポーターの本体であり、この魔法陣の周りに建物を立ててテレポーターは真に完成を見るのである。
ただし、機能だけを求めるのであれば魔法陣だけでいい。その場合は転移先が土砂降りの雨でも文句は言わないように。
「ゆー、いっちゃいなよ……か」
「ふきゅん、設定ミスなんだぜ。まぁ、憶えていたら直しておく」
まさかのライオットのツッコミに俺はふきゅんと鳴いた。どうやら、最初に試し打ちした文字を修正するのを忘れていたようである。まぁ、機能的に問題はないので後回しにしても大丈夫であろう。
「ふきゅん、ラングステンは雪か」
転移した先のラングステン王国はしんしんと雪が降っていた。常夏のミリタナス神聖国にいると今が一月であることをついつい忘れてしまう。というか寒い、ふっきゅんしゅっ! ずびび。
「お風邪を引かれてしまいますよ?」
そう言って首に白いマフラーを巻いてくれたのはミカエルだ。彼の心遣いに俺はふきゅんとなる。その直後、俺の背後から猛烈なドス黒いプレッシャーが放たれ始めたではないか。
「おのれ……」
「意外なところに敵はいるものです」
ぬもももももも……とドス黒いオーラを恥ずかし気もなく撒き散らすのは二人の王子たちだ。ミカエルは善意でおこなってくれているので勘弁してやってくれい。
「ちっ」
舌打ちした!? ミカエル、まさか、おまえもか!?
「あ~、エルティナ様? 後がつかえてるんで行きましょうよ」
「お、おう、そうだな、サンフォ」
さり気ないサンフォの気遣いによって俺の思考は再稼働した。うん、今の事は忘れよう。そうしよう、それがいい。
今の件を無かったことにした俺はミレニア様がいるであろう謁見の間へと急いだ。
謁見の間に入ると、そこには王様とミレニア様がいた。珍しく彼ら以外には人がいない。相変わらず大きな身体を誇る王様の膝には、ぷにぷにの赤ちゃんミレニア様が王様を見上げている。
「お~よちよち、ミレニアは良い子じゃのう」
「うー!」
王様のちょっかいに赤ちゃんであるミレニア様はご機嫌のもようだ。きゃっきゃと笑顔を見せるミレニア様に王様は目じりをだらしなく下げっぱなしである。
「お久しぶりなんだぜ、王様、ミレニア様」
!?
俺の入室に気が付いていなかったのか、王様は声を掛けられた瞬間、時が止まったかのように動きが固まった。そして、何事もなかったかのように姿勢を正し告げた。
「よくぞ戻った、エルティナ。そしてムー王子」
その顔は凛々しく威厳に満ち溢れ、正しく王の貫禄見せ付けた。だが、無意味だ。
「もう手遅れなんだぜ」
俺のツッコミに王様は【王の威厳】を躊躇なくぽいっちょと放り投げる。
「仕方ないじゃろう、このミレニアの可愛さよ」
「あい~」
「分かるんだぜ」
彼は再び王の仮面を取っ払い、お爺ちゃんの顔に戻ってしまった。彼に抱かれているミレニア様は親指をちゅっちゅとおしゃぶり中である。
「時にうちのエドワードはその方と一緒であるな?」
「その柱の裏に隠れているんだぜ」
「裏切ったね!? エル!」
「ふっきゅんきゅんきゅん、ゆえあれば裏切るのだぁ」
勝手に国を抜け出す不良王子にはお灸が必要だ。案の定、彼は王様にげんこつをいただいて見事なたんこぶを生成したのであった。
「まったく、おまえも一国の王子であることを忘れるでない」
「戦士として認めてくれたのでは?」
「それとこれとでは話が違う、少しはどっしりと構えるがいい」
王様はため息を吐き、一呼吸後に己の孫に言い聞かせるように語った。
「それとも、そなたとエルティナの絆は上っ面だけのものか?」
「っ!」
王様の言葉に衝撃を受けたエドワードはプルプルと痙攣し始めた。そして、何か思うに至ったのか俺に「信じてる」と言い残して謁見の間を後にしたのだった。
「落ち着きのないことよ。あやつの父親にそっくりで困る」
「それって、遠回しに王様に似ているってこと?」
「ぐむっ」
俺の的確なツッコミに王様は痛いところを突かれたという表情になる。これに対し、俺はしたり顔になり調子ぶっこくことに成功した。やったぜ。
「エルティナ、こたびの褒美を取らせよう。ちこう寄れ」
「ふきゅん、仰せのままに」
完全勝利、その文字が脳裏に浮かび上がり、俺はなんの迷いもなく彼に近付いた。
「掛かったな、愚か者がっ!」
ジョリジョリ!
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
しまったぁ! なんという狡猾な罠! 俺は王様に捕縛され、恐怖の必殺技【でっどり~お髭アタック】の直撃を受けてしまったのだ!
度し難い硬さの髭が容赦なく俺のぷにぷにほっぺを蹂躙する! 暫くこのやり取りがなかったからすっかり忘れていた! 誰か助けてっ!
「仲睦まじいことでございます」
くるるぁ! ムー王子! トチ狂ったことを言ってないで助けてください! お願いします、なんでもしま……いたたっ!? 鬼の攻撃よりも痛いんですが!?
「ふぅ……やはりエルティナのほっぺは最高じゃの」
「きゃっきゃ!」
王様の艶々した肌に対し、俺のほっぺは真っ赤に染まりヒリヒリしている。治癒魔法がなければ重体になっていたことだろう。おそろべし、王様のお髭。
そして、何故か俺の白目痙攣状態を喜ぶミレニア様。そんなに酷い顔でもしていたであろうか? していたんだろうなぁ。
王様の報酬という拷問を耐えきった俺はテレポーターを新設した事を報告し、ラングステン王国とミリタナス神聖国とが再び繋がったことを伝える。
「うむ、ご苦労であったな。これでミリタナスの民も国へ帰ることができよう」
「うん、でも大変なのはこれからなんだぜ」
そう、これから長い年月を掛けて聖都を復興させてゆかなければならないのだ。だが、そこに俺が加われば、この常識を覆せるであろう自信があった。
見せてやろう、俺の全てを使ったチート復興術を!
これより、俺のミリタナス神聖国の復興は本格的な領域へと突入する。そこに待ち受けるのは果たして……?




