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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十二章 真なる約束の子
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561食目 眠れ我が宿敵

 光と炎は互いを拒絶し合い、周りを巻き込みながらその力を増大させてゆく。いつ終わるかも知りえない力と力の鍔迫り合いに、俺を支え続けてきた根性が「ふきゅん、ふきゅん」と情けない声を上げ始める。


 ここで根を上げた方が敗北するのは必至、決して安易な選択を選んではいけないのだ。

 にもかかわらず、今回に限って極上の甘い言葉をささやいてくる俺の弱い心。その言葉にグラグラと揺れ始める珍獣ハートをなんとか繋ぎ止める。こんなんじゃ勝負にならないよ。


 だが、辛いのは向こうだって同じだ。苦しいのは俺だけではない、と自分に言い聞かせ弱い心に「めっ」と叱りつけた。

 するとそれ以降、弱い心は反省したのか甘い誘惑を仕掛けてこなくなったではないか。


 まぁ、そんな余裕すらなくなってきたというだけなのだが。誰か助けてっ!


 しかし、なんという根性だ。このままでは冗談抜きに競り負けてしまいそうである。なんとかしなくては。

 しかしここまで来てしまったら、あとは単純に諦めなかった方が勝つという極めて単純な構図となっているため、俺ではどうすることもできない。


 この状況を変えるのであれば第三者の介入であるのだが……いるわけないじゃないですかやだー!


『エルティナ、もっと神気と桃力を!』


『おごごごご……もうこれ以上の速度で供給できぬぇ』


 確かに俺の神気は特性により無限に作り出すことができる。しかし、その力を供給する速度は実のところ、桃力よりも遥かに遅い。爆発的な力を発揮することができるのは桃力の方なのだ。

 神気の方はのんびりと歩くお爺ちゃん、桃力はがむしゃらに走るわんこ、といったところである。


 だが、最悪のタイミングで襲い来るアクシデント、俺の身体がビクンビクンして今にも縮み始めそうになっていたのである。


 これは流石にまずい、何か……何か均衡を崩す切っ掛けを探さないと!


 やがて、均衡は崩れた。それを成したのは意外な力、予想にもしない力であったのだ。



 まだ……こっちに来るんじゃねぇよ。



 忘れようもあるわけがない、もう一人の宿敵の声を。


 能力を奪われ、取り戻した際にヤツの力がこびり付いていたのであろうか? それは分からない。

 だが、この状況を打破するであろう、第三者が俺の魂に存在していたのは確かだった。


 鬼力の赤黒い輝きが、俺の魂の中でバチンと爆ぜる。それが全ての均衡を崩す切っ掛けとなった。

 螺旋を描きながら交わり合う相反する力、ここに陰と陽の力が合わさり本来の姿を取り戻したのである。

 それは神気すらをも超越する力、世界の理とも言える力だった。


「うぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 絶叫、俺はありったけの想いと意志を【火之加具土】に注ぎ込む。


「負けられねぇ、負けられねぇんだよ! もっと、もっと力を寄越せ!【火之加具土】!」


 パキパキと【火之加具土】の刀身に亀裂が走ってゆく、それでもお構いなしに力を注ぎ込む。


『これが汝の想い、そして力か……なんと熱き事よ! 我が名に懸けて耐えきってみせようぞ!』


【火之加具土】に走るひび割れから炎が噴き出し真の姿となった。最早、それは剣と言っていいものであったか。剣というよりは炎の棒と言った方がいいのかもしれない。


「まだだ、まだ終わりではない!」


 対するシグルドも更なる輝きを放ってきた。それに比例してヤツの魂が弱まってゆくのが分かる。


「あぁ……なんてこった! ブラザーの輝きが、ブラザーの魂をつれちまって行く!」 


 マイクの声がわなわなと震えている。つまり、この技はそういうことなのだろう。

 捨て身の極致、人生で何度も使えない必殺技なのだ。それを惜しむことなく、何度も俺に対して使用している。

 これほど光栄に思った事はない、だからこそ、だからこそ……俺はおまえを超える!


 叫びにならない叫び、そして輝きと熱、この世の終わりでも見ているかのような光景にもかかわらず、互いの思うことはただ一つ。


 勝利を掴み取る。


 互いの意思、想い、夢を乗せた一撃は閃光の中へと消えて行った。

 その結果……俺の灼熱の剣はもう一人の真なる約束の子シグルドを真っ二つに切り裂き、この戦いに終止符を打ったのだ。






 役目を果たした炎の神剣は根元から折れ、その赤き刀身を大地に横たわらせる。同時に火之加具土様も俺の身体より抜け出て天へと戻られたのであった。


 神降しを終えたせいもあり、度し難い倦怠感が襲いかかってくるも、まだ倒れるわけにはいかない。俺にはシグルドの最期を看取る義務があるのだ。


 全身が痛い、これは身体が傷付いているせいもあるが、一番の原因は〈神降し〉をおこない魂に負担が掛かったせいである。そもそもが〈神降し〉は桃天女の奥義であるからして、普通の桃使い状態でおこなうと負荷が生半可ではない。


 では何故、最初から桃天女になっていなかったか、というと答えは至って単純。桃天女は莫大な桃力と桃仙術の負荷軽減の恩恵を受ける代わりに、身体能力がクソザコナメクジ以下レベルまで低下してしまうからだ。


 そもそも桃天女は後方支援の型であり、護衛ありきの桃使いなのだ。今回のように一対一のタイマンでは戦闘開始より僅か二秒であの世行きになってしまう。そんなの許されざるよ!


 俺は動かしにくい右足を引きずりながらシグルドに近付いた。彼は左半身を焼き切られ虫の息である。並の生き物であれば即死状態であるが、それでも生きているのは、やはりシグルドといったところだろう。

 すまん、もうこれくらいしか言葉が出てこない。


「見事……だ」


「シグルド……」


 薄っすらと目を開ける黄金の竜、今も尚、彼からは命が流れ出ている。俺はその惨状に思わず手をかざしてしまう。だが、シグルドは僅かに首を振りそれを拒否した。


「ならぬ……ならぬのだ」


「シグルド……でも!」


「汝は……勝者だ。そして……この戦いの意味も……理解していよう」


 覚悟はしていた、していたはずなのに。ここにきて決心が揺らぎそうになる。ジンと目が熱くなり堪らず俺は俯いてしまった。


「前を向けエルティナ、そして勝者の顔を……我に見せてくれ……」


 シグルドの言葉、もう多くは語ることはできないであろう。か細く力のない声に俺は愕然とするも、俺は顔を上げて彼に顔を見せる。顔を上げた反動で目に溜まっていた滴がこぼれ落ちる。


「良い顔だ……我に打ち勝ちし勝者よ」


 嘘だ、本当はもう何も見えていないじゃないか。既にシグルドの目には輝きはなく、虚ろな眼球がそこにあっただけ。でも、俺はもう俯いたりなどしない。

 命を懸けて戦った相手に失礼であることを悟ったからだ。


「シグルド……俺の人生の半分はおまえに使っていた」


「……我もだ……我も……汝に勝たんがため」


 もう、別れの時はそこまで来ていた。黄金の竜から桃色の輝きがこぼれ、未熟な果実の形を取り実体を得た後に、力無く地面にころころと転がる。身魂分離現象だ。


「ブラザー! なんでだ!?」


「……しれたこと……このままでは、おまえも連れて行ってしまう」


「俺っちは構わねぇって言ったじゃねぇか!!」


「ふふ……おまえは……やかましいからな。ゆっくり眠れぬ」


 シグルドは穏やかに微笑んだ。しかし、今尚、呼吸が乱れ口からはおびただしい血を流している。もう、残された時間は僅かしかない。

 多くの命を看取ってきた俺には分かるのだ。シグルドに残されている時間が。


「感謝する……マイク。おまえと……一緒に……夢……を、追いかけられて……本当によかった」


「ブラザー! ブラザァ……!」


 地面に転がる未熟な果実から嗚咽が漏れる。だが、俺がどうして彼に声を掛けられようか。彼から掛け替えのないパートナーを奪ったのは俺なのだ。


 やがて、シグルドの黄金の肉体が光の粒子へと解け始める。それは儀式の始まりを意味していた。勝者が敗者を喰らう【野生の戦い】。敗者はその身を勝者に捧げるのだ。


「シグルド、俺はおまえがいたから、ここまで歩んでこられた!」


 俺は全てを絞り出すかのように声を発した。声が裏返ろうが何をしようがお構いなしに言葉を紡いだ。これがシグルドが生きている内に伝えられる最後の言葉だから。


「ありがとう、我が宿敵ともよ! おまえの夢は……俺が引き継ぐ! 俺はもう、誰にも負けない!!」


 その言葉と共に俺の身体は淡い輝きに包まれふわりと宙に浮かんだ。ゆらり、ゆらり、と空に上ってゆく。そして、その上昇が止まる。それが示すところはただ一つ。


「汝、我が血肉となりて共に歩まん!【真・身魂融合】!」


 ガルンドラゴンのシグルドがその身を光の粒子へと変え、俺を包み込むように螺旋を描く。

 温かい、そしてなんと力強いことか。その輝きは、まさに彼の生き様を明確に表していた。光の螺旋は世界を照らすかのごとく一瞬の閃光を放ち、俺のなかへと入ってきたのである。


 彼との会話では見えてこなかった想い、決意、夢が伝わってくる。それは俺がシグルドの魂を食べているからだ。


 俺はシグルドがいたからここまで来れた。シグルドという目標がいたから、努力することができた。彼がいたからこそ……仲間の大切さを誰よりも理解できたんだ。


 ありがとう、シグルド。俺はおまえに出会えて……本当によかった。



 我もだ、エルティナ。あぁ……汝の魂は……温かいなぁ……。



 それがシグルドとの最後の会話。命を懸けて戦った漢の最期の言葉だった。


 眠れ我が宿敵シグルドよ、その傷付いた魂を癒すために。


 光の螺旋はその全てを俺に食われ輝きを失う。あとに残るは戦いの名残。かつてモウシンクの丘と呼ばれた場所。


 パキリと音を立てて始祖竜の証にはめ込まれていた三つのダミージュエルが砕け散り、真なる宝石が姿を現す。

 橙色の宝石、そして緑色の宝石、そしてペンダントの中央に……黄金に輝く大きな宝石だ。だが、中央の宝石は輝きを失っており、なんの力も感じない。それはまるで眠っているかのようにも感じることができた。


「とんぺー、グレオノーム様……おかえり」


 シグルドとの【真・身魂融合】は、彼に取り込まれたとんぺーとグレオノーム様をも取り込む結果となった。ここに、俺は本物の【真なる約束の子】となったのである。


「う……うう……」


 こぼれ落ちる涙、一滴流れてしまえばもう止まる事はない。俺は大切なものを一気に失い過ぎた。戦いが終わり、その大きさを改めて認識し心が抉られるかのように痛む。


『もう堪える必要はない、エルティナ』


 トウヤが口実を与えてくれた。もう、我慢なんてできるはずもない。俺は大声で泣いた。

 人生で流す全ての涙を出し尽くすかのごとく、俺は思いっきり泣いた。


 この日、俺は本物の【カーンテヒルの真なる約束の子】となったのである。

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