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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十二章 真なる約束の子
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558食目 運命のいたずら

 俺とシグルドは手の内を知り尽くしていた。序盤はまるでおさらいのように互いのカードを切ってゆく。

 大地は抉れ、空は斬り裂かれ、形あるものは攻撃に巻き込まれ粉々に砕け散る。原形をとどめている場所は遠く離れたクラスメイトたちのいる場所くらいだ。


 彼らはアルのおっさん先生の特殊魔法〈ウォッチャー〉にて俺たちの戦いを見守っている。更には魔法障壁やら何やらを展開して万全の防御態勢を取っていた。

 それでも、何が起こるかはわからないので命懸けの観戦となろう。


『エルティナ、魔法技も出し尽くした』


『わかってる! あんにゃろう、禁じ手も簡単に攻略しやがって!』


『それだけ、シグルドとマイクの絆が深まっている証拠だ』


 この戦いは俺の私闘、よって桃太郎にはならないことを決めていた。当然、雪希、炎楽、うずめも戦いには参加させない。クラスの皆の下で俺の勝利を祈ってもらっている。もちろん、さぬきもお留守番だ。

 渋る彼らをなんとか説得して、俺はこの戦いに臨んでいるのである。


 あ、さぬきのヤツ、メルシェ委員長の頭にいると、まるでメデューサの蛇みたいだ。完全に違和感がない。


『余裕を見せるのは構わないが……そろそろ切り札を切るか?』


『もちのロンだぜ。これは鬼退治じゃないからな』


 切り札とはもちろん【枝】のことである。理不尽なほどの力を存分に堪能させてやるぞ。このエルティナ、一切の容赦はせんっ!


「来たれ、闇の枝!」


「フキュオォォォォォォォォォォォォォン!」


 今回ばかりは普段の歯の無いマイルドな闇の枝じゃない、びっしりと鋭い牙を生やした本気使用だ。飛び出すと同時に勢い余って地面やら何やらをつまみ食いしてしまうのは愛嬌である。


「来たか、全てを喰らう者、闇の枝!」


 空を飛ぶシグルドに対して俺は地上戦を選択。宙を征するシグルドの方が有利であるが、俺は闇の枝を使役するために身体を大地に固定する必要があるのだ。

 最近の闇の枝はやんちゃで困る。ぷんすこ。


 うねりを上げて襲いかかる黒き大蛇に対して、シグルドは空中にて、まさかの正面からの迎撃を選択。


「自殺行為だ、血迷ったか!?」


 トウヤはシグルドの行動を当然批判。しかし、俺は嫌な予感を感じずにはいられなかった。確かにシグルドは愚直であるがバカではない。勝算もなしにこんな行動を取るはずもないし、何よりもマイクが慌てふためいていないのが気になる。

 だが、もう攻撃を止めるわけにもいかない。迷うな、全力で突撃しろ!


「いけっ、闇の枝!」


「フキュオォォォォォォォォォォォォォン!」


 俺の意思を感じ取り黒き大蛇はシグルドを噛み砕かんと大きな口を開け放つ。


「やらせん!」


 しかし、その凶悪な咢が閉じる事はなかった。シグルドより生える巨大な木の根が一気に伸び、あろうことか闇の枝の口に絡みつき口を閉じれないように固定してしまったのだ。


 あり得ない、【枝】はその身体全てが【口】。本気使用の闇の枝に触れようものなら、たちまちの内に捕食されてしまうはずなのに。

 いったい、どうなっているんだ?


「なぁっ!?」


 その一瞬の油断を突かれた、次に仕掛けたのはシグルド。そして飛んできたのは風の刃、それを俺は魔法障壁で防ごうと試みる。


 しゃくっ。


 食われた、三百からなる魔法障壁が一瞬にして。勢い衰えぬ風の刃が【枝】だと気が付いた時には命中する直前。


 間に合わない、そう覚った時、俺の右腕は俺の意思とは別に動き炎の盾を形成、風の刃を間一髪のところで防いでくれたのである。

 だが、直後にチゲの悲鳴が聞こえた。あろうことか炎の盾が欠けていたのだ。なんという威力、そして鋭さだ。


「すまん、チゲっ!」


 すぐさま水の枝が俺の仲から飛び出し、闇の枝を拘束する木の枝を切断する。戒めを解かれた闇の枝を魂に引っ込め俺はシグルドと距離をとった。


「これが枝の能力というものか!」


「ブラザー、いける、いけるZE!」


 あってはならないことの連続で俺の頭は完全にヒートしてしまっていた。ここは冷静にならなくてはいけない、いけないのだが……無理だ。

 頭で思っていても行動が伴わない。俺はがむしゃらに水の枝でシグルドを攻撃するも、ことごとく強靭な木の根と、吹きすさぶ暴風によって防がれてしまう。

 その現実を垣間見て、俺はようやく冷静さを取り戻す。そこからは理解が早かった。


『まさか……でも、間違いないわ』


 震える初代様の声、その言葉と態度に俺はシグルドが何者であるかを確信する。そして、狼狽える初代様に俺の推測をぶつけた。


『真なる約束の子』


 沈黙、それは俺の答えが正しかったことに他ならない。


『あぁ……なんということなの。カーンテヒル様が望みに望み、手に入れられなかった【真なる約束の子】がここにきて出現するとは!』


 初代様は以前語った。俺がカーンテヒル様によって作られた人造の【真なる約束の子】、つまりは養殖物であると。

 しかし、本来【真なる約束の子】は自然に発生するものである、とも教わっている。つまりはそういうことなのだ。


「シグルドは天然物ってやつか!」


 要するに【土の殉ずる者】であるグレオノーム様、そして、たぶん【風の殉ずる者】であるとんぺーの力をも取り込んだシグルドは【枝】を行使できるようになったというわけだ。

 これで俺のアドバンテージは木っ端微塵に失われたことになる。ぷじゃけんな!


 俺に残されたカードは神気のみということになるが、でき得ることならば頼りたくはない。リスクが大き過ぎるからだ。

 使った反動で縮んで赤ちゃんになってしまったら、それこそ詰みである。


「ならこれでどうだ!」


 だが、枝の使い方には俺の方が一日の長がある。更に光と闇の枝を呼び出し、俺はシグルドの時間を喰らう。ヤツの時を止めるという反則行為に打って出た。

 これが全てを喰らう者同士の戦い方だ。卑怯もへったくれもない、時間を止められる方が悪いのだ。


「む、なるほど……これが枝の能力か。無粋よな」


 時が止まったシグルドであるがヤツの内側にとてつもない力が満ちてゆくのが分かる。もう嫌な予感しかしない、俺はチゲにもうひとがんばりしてくれるようにお願いした。


「邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 シグルドは思いっきり枝たちに対して一喝したのみであった。ただ単に大迫力であっただけで身体ダメージは皆無だ。


 しかし、枝たちは違った。シグルドの一喝に悲鳴を上げて俺の魂に逃げ帰り、ぷるぷると震えあがっているではないか。いったい、どうなっているんだ?


 いや、どうなっているんだではない、これは【命令】だ! 真なる約束の子の【命令】に【枝】が逆らえるわけないじゃないか!


 ちくしょう、シグルドは【真なる約束の子】としての格が俺よりも上だというのか!? これでは枝を使えない、使い難い!


「エルティナ!」


「っ!?」


 トウヤの声に我に返る。目前にはシグルドの巨大な爪、それは俺の頭に命中した。

 呆気ない決着、誰しもがそう思ったはずだ。だが、またしても攻撃は俺になんの影響も与えなかったのである。


「し、神気! 特性【無】! 俺の神気はたまに攻撃を無効化する! かもしれない」


 どうやら、無意識に神気を発動し難を逃れたようだ。無意識で発動したため、神気はまったく減っていない。よって、縮むデメリットも発生しないのである。やったぜ。


「うぬっ!」


 ピンチの後のチャンス、シグルドは地上に着地し僅かにバランスを崩している。もちろん、このチャンスを逃すはずもない。しっかりとシグルドにダメージを与えるべく、雷の枝で電撃をお見舞いする。


「ザイン!」


「お任せあれい!」


 俺の腹から顔だけを出しておびただしい量の雷の矢を乱れ撃つ雷龍ヴォルガーザイン。しかし、その電撃はシグルドを護るように渦巻く風によって全て貪り食われたしまったではないか。

 この鉄壁の風は厄介過ぎる。どうにかして引っぺがさないと勝機は無いだろう。


「まだそんな隠し玉をっ!」


「ブラザー、迂闊に飛び込むのは危険だZE!」


「危険を顧みずに得る勝利など求めておらぬ! ゆくぞ!!」


「OK、ブラザー!」


 黄金の竜はあくまで攻撃の姿勢を崩さない、愚直にも再度突撃を行ってきた。だからこそ、俺はおまえを求めるのだ。その真っ直ぐな魂を、そして精神を。


「トウヤ、迎え撃つ!」


「ええい、無茶なことを!」


 もう作戦もへったくれもあるか! ぶつけてやる、俺の魂を、精神を!


 桃力で巨大な中華包丁を生成する。もう慣れたもんだ。そして、こっそり輝夜に〈戒めの蔓〉の種を地面にばらまかせる。

 作戦もへったくれないと言ったな? あれは嘘だ。


「うおしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 砂煙を上げながら突っ込んできたシグルドの脳天目掛けて巨大な中華包丁を振り下ろす。金属同士がぶつかるような音がして俺の中華包丁は粉々に砕け散った。

 対してシグルドはまさかの無傷。流石に俺はシグルドがチート行為をおこなっているのではないかと疑う。


「おめぇ、なんだよその堅さぁ!」


「知るか!」


 シグルドの放つ連続噛み付きは気合いで避ける。しかし、続く前足での突きはかわしようがない。


「輝夜!」


 そこで俺は仕込んでいた〈戒めの蔓〉を発動させ、蔓に俺自身を絡め取らせて真上にぶん投げる。


「そういう使い方をするか!」


「取ったぞ、シグルド!」


 俺はシグルドの真上を取った。そこは丁度ヤツの無防備な背中が見える場所。俺はすかさずヘビィマシンガンの引き金を引く……って。


「ぬわぁぁぁぁぁっ! しまった! 今はGD着てないだるるぉ!?」


「バカ者! 何をやっているんだ!?」


 千載一遇のチャンスが台無しである。癖って怖いわぁ。

 仕方がないので取り敢えずは〈ファイアーボール〉をぶっ放しておく。大したダメージは期待していない。爆発によって吹っ飛び、シグルドと距離を取るために使用するのだ。


「そこかっ!」


 だがシグルドも簡単に見逃してはくれない。身体から生える木の根を放ってきたではないか。それに絡みつかれるのはご免こうむる。


「いもいも坊や! 月光蝶!」


『いもっ!』


 すかさず輝ける翅を生やし、巨大な木の根からの拘束をひらりひらりと回避する。

 が、急にバランスが取れなくなり飛びにくくなった。何事かと思いきや、輝ける翅が片方バッサリと切り落とされているではないか。


「クソったれ! また風の刃か!」


 月光蝶の翅すら切り裂く風の刃は、なんと伸ばされてきた木の根から放たれていたのだ。寧ろ俺自身でなく翅に命中した幸運に感謝しなければ。


「エルティナ、コントロールに集中しろ!」


「やってるよ!」


『いももっ!』


 いや~きついっす! ここまでくそ強いシグルドは見たことがない。

 だが、俺はこいつを降して野生の戦いに勝利しなくてはならないのだ。


 長い長い戦いは遂に終盤戦に差し掛かろうとしている。手の内は殆ど晒した。あとは気力と勝利に対する貪欲さが勝敗を決する。


 真なる約束の子同士の戦いは空を割き、大地を砕く。もう、神様にだって止められやしないのだ。

 果たして、この戦いに勝利するのはどちらなのか。そして、本物のカーンテヒルの真なる約束の子はどちらなのか。


 俺たちの闘気に引き寄せられたのか、べっとりとした黒い雲が空を覆い始めていた。

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