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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十二章 真なる約束の子
557/800

557食目 激突の時

 ◆◆◆ シグルド ◆◆◆


「よかったのかい、ブラザー」


「あぁ」


 我は雪の降りしきる中、暗き空を割くようにして力強く飛ぶ。そんな中、マイクは確認のために我に問いかけてくるが後悔などあろうものか。


 トラクマドウジは、こんな心に迷いを抱えたまま勝てるような輩に非ず。勝てぬ、勝てぬのだ、今の我では、今のエルティナでは。


 あの時感じた絶望感、そして焦燥感は確かなもの。それは我がトラクマドウジの足下にも及んでいない証。

 ゆえに、我は今の己を超えなくてはならない。後悔しないためにも。


「そっか……OK、なら行くとこまで行こうZE! ブラザー!」


「あぁ」


 我は力強く羽ばたいた、すると速度が上がる。それをもう一度、もう一度……もう一度。


「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 昂る感情を吐きだす。怒り、憎しみ、嫉妬、悲しみ、陰の感情をすべて吐き出す。


「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 再び咆哮。愛、友情、優しさ、温もりを全て吐き出す。我が一匹の獣に戻らんがために。





 雪深いモウシンクの丘にて我は目を覚ます。真っ白な毛に覆われた雪ウサギどもが我の目覚めに敏感に反応し、そそくさと退散してゆくのが目に映る。


 我は普段よりモウシンクの丘を寝床としていた。エサが豊富であることも理由の一つであるが、ここには鬱陶しい同族共がいないというのも理由の一つだ。

 今の同族はプライドが高いだけの腐抜けた連中であり、顔を合わせても諍いが生まれるだけなので、なるべく接触しないように気を計らっている。よって、連中が寄ってこないこの場が我には好都合であるのだ。

 だが、こんな辺鄙な場所、それも日の上りきらない早朝に来客がやってきた。


「ガルンドラゴンのシグルドだな?」


「いかにも」


 来客は二名、正しくは一人と一匹。老人の方は見知らぬが、白い狼の方は何度か会っている。

 確かエルティナとよく行動を共にしている【とんぺー】と呼ばれている狼だ。


 我の目からしても彼は勇猛であり、何よりも正々堂々とした戦い方に我は深い関心を示していた。願わくば、いつの日にか立ち合いたいとも思っていたのだ。

 そんな彼がこの場にいる、という事に不穏な空気が漂い始めるのを肌で感じ取る。


「何用か?」


「いやなに……そなたには不幸な事故に遭ってもらおうかと思うてのう」


 老人が立派なあご髭を撫で聞き捨てならない発言をする。同時に白い狼とんぺーは低い唸り声を上げ威嚇行為をおこなってきた。

 嫌な予感が的中したことにより我は腰を上げる。いつでも動けるように。


「これはエルティナの差し金か?」


 心にも思っていない事を口にする。それを見透かしていたのだろう、老人はニヤリと口角を上げ答えた。


「まさか……あれがこのようなことをするとでも?」


「愚問であったな」


 そう、愚問だ。エルティナは他の白エルフと違い、そこまで小賢しくはない。だからこそ光り輝く。だからこそ、こんなにも我は求めるのだ。

 この二名のおこないは独断、エルティナの与り知らぬところであろう。恐らくは昨日の会話を聞かれたに相違ない。狼の聴覚であるなら、それも可能であろうから。


「お主がどのような存在であるかは与り知らぬ。だが、我らの希望に牙を剥けるのであれば排除するのみ。たとえ……エルティナに恨まれることになってもな」


「覚悟を以ってして我に挑むか。ならば我が牙を以って応えようぞ!」


「望むところよ!」


 メリメリと老人の衣服が破れてゆく。膨れ上がる筋肉、茶色い剛毛が老人を包み込んでゆき、やがて一匹の巨大な熊と化した。なるほど、こちらが本来の姿か。


 彼の放つ闘気に木々が委縮し、動くはずのない筋だらけの身体を震わせる。とてつもない力を感じる、エルティナの能力に近いが、それとはまた別の能力であることを理解する。

 いずれにせよ危険な能力であることには変わりないだろう。気を引き締めなければ。


「行くぞ、フォルフィリア! 我らの力を見せてくれよう!」


「ウオォォォォォォォォォン!」


 瞬間、とんぺー、いやフォルフィリアと呼ばれた白い狼から突風が起り我を包み込む。この一瞬の出来事に我は深く反省をした。


 トラクマドウジ相手であれば、既に我は死んでいた可能性があるからだ。こんな為体ていたらくでどうするというのだ、愚か者め。


 我は風の戒めを破ろうともがくも益々身体を拘束されてゆく。どうやら力技ではどうにもできないらしい。


「マイク!」


「OK! 桃力特性〈散〉! 俺っちの桃力はあらゆる力を散らす!」


 風の戒めはマイクの桃力によって霧散、我は風の束縛から逃れることに成功する。


「やるではないか! では、これならどうじゃ!!」


 巨大な熊が前足を大地に叩き付け力を籠めた。するとどうだ、幾本もの太い木の根がそこより這い出てきたではないか。

 それらは、あろうことか意志を持つがごとくうねり、巨大な熊の指示に従い我に襲い掛かってきたのである。


「我が名は【風の殉ずる者】フォルフィリア!」


「我が名は【土の殉ずる者】グレオノーム! ガルンドラゴンのシグルド、我が妹には指一本触れさせぬ! 覚悟せい!」


 強大な力、野生をも怯ませる理不尽なまでの殺意。こんな力に飲み込まれてはどうにもならない。鋭き風が我を切り刻み、巨大な木の根が我の命を吸い上げんと絡み付いてくる。


「ブ、ブラザー!? しっかりしろ! くそっ、なんだこの木の根は! 生命力どころか桃力も吸い上げてゆくだと!?」


「マ……マイク……!」


 抵抗しなければ、だが身体が動かない。動け、動け、動け!!


 目の前が真っ暗になってゆく、我はこんなところで朽ち果てるというのか? 


 そんな暗闇に浮かぶのは奇しくも昨日のエルティナの姿。

 そうだ、我は何をしているのだ。約束をしたではないか、決着を付けようと。彼女は約束を守った。なのに、我が約束を破ってどうするというのだ。

 自分の不甲斐なさに怒りが込み上げてくる。抑えつけることなど、どうしてできようか。


 暗くなってゆく視界に光が差し込む。我が本質は怒り、純粋なる怒りだ。解き放て、解き放て!


「我は純然なる怒りを解き放つ! 我はエルティナとの約束を果たすのだ!」


 我は咆哮した。全ての理不尽を打ち砕かんと。我が咆哮は岩を木々を粉砕せしめ、白い絨毯をも吹き飛ばし大地の地肌を晒させた。我の怒りはそれほどまでに高まっていたのだろう。


 怒りを解き放った瞬間、自分でも信じられないほどの力を感じ取る。怒りの力でも、桃力でもない。別の何かだ。

 砕かれてゆく鋭き風、朽ち果ててゆく巨大な樹の根。それを見たグレオノームとフォルフィリアは目を見開き驚愕した。


「ま、まさか……そなたっ!?」


「ちっ、だとしても、やることは変わらん。俺たちの【真なる約束の子】はエルティナだけだ!」


 巨大な熊と白き狼は再び襲いかかってきた。我はそれをただ見つめている。まるで自分が自分でないかのように。

 彼らの動きが異様に遅く感じる、彼らの行動が手に取るように分かるのだ。だから、この場合はこう動けばいい。

 速やかに、そして滑らかに我が肉体は行動に移った。






 ◆◆◆ エルティナ ◆◆◆


「なんでギャラリーがこんなにいるんですかねぇ?」


「バカ野郎、おまえの身体は、もう自分だけのものじゃないんだぞ!?」


 ぽこん、とアルのおっさん先生にげんこつを頂戴した。どういう理由かは知らないが、俺とシグルドが決着を付けることをクラスの皆が知っていたのだ。

 まったくもって謎の現象に俺はプルプルと生まれたての小鹿のように痙攣せざるを得ない。


 本来であれば、俺はシグルドと二人っきりで決着を付けたかったのだ。誰の邪魔もなく自分の力でもって戦いたかった。

 だが、こうなってしまっては後のカーニバルだ。俺たちの戦いを見届けてもらうとしよう。


「あれは……ダーリン?」


 ユウユウの声に確信しきれない迷いが生じた。無理もない。

 果たして、シグルドはそこにいた。だが、本当に彼なのだろうか、と錯覚させるその姿に俺たちは圧倒された。


「来たか……宿敵」


 黄金の身体に纏わり付くは命の脈動を感じる木の根。そこから生じる枝には瑞々しい若葉が色を添える。そして、彼を護るように渦巻く緑色の風。まるで鋭い刃に囲まれているかのようだ。


「……シグルド!」


 シグルドに感じる違和感、それは彼の中に俺の知りうる気配を感じ取ったからだ。まさかという嫌な予感が俺の全身を駆け巡り、一瞬にして体温を奪い去って行く。


「汝には伝えておく。今朝方、グレオノームととんぺーが訊ねてきた」


「……」


「彼らは己の意思で我に戦いを挑んだ」


 嫌な予感、それは正しく的中する。シグルドが生きている時点で結果は見えているのだから。


「結果、彼らは敗北した」


「食ったのか?」


「……あぁ、そうだ」


「そうか」


 俺はシグルドの報告を淡々と聞き続けた。だが、怒りは込み上げてこない。ただ、悲しさのみが心に留まるのみであった。

 早まった真似を……そう思わざるを得ない。だが、大切な仲間を失った怒りをシグルドにぶつけるのは筋違いである。


 グレオノーム様ととんぺーは、戦士としてシグルドに【野生の戦い】を挑んだ。その結果、敗北してシグルドに食われたのだ。

 シグルドは汚い手など使わない。全力でぶつかり正面から堂々と二人を破ったのだろう。その身体に刻まれた傷跡を見れば容易に想像できる。

 そんな彼に、どうして憎み事をぶつけられようか。できるはずもない。


「皆は決して手を出すな」


 俺は一人、決戦のバトルフィールドへと歩を進める。その俺の歩みをシグルドはじっと見つめていた。まるで恋人が自分の下へ来るのを見守るがごとく。


「この時をずっと待っていた」


 シグルドの声は驚くほど穏やかで優しかった。


「あぁ、俺もだよ、シグルド」


 対する俺の声も穏やかで優しい。自分が出した声とは思えないほどに。


 俺は手を天に掲げ、力ある言葉を発した。この因縁に決着を付けるのは俺だけではない、彼もまたシグルドとの因縁に浅くはないのだから。


「おいでませ! 桃先輩!」


 俺のパートナーたる桃先輩トウヤの果実を呼び寄せ、それをたいらげる。


「ソウル・フュージョン・リンクシステム起動、シンクロ率92%、システムオールグリーン。いけるぞ、エルティナ!」

 

「応! 勝負だ、シグルド!」


 ここに役者は揃った、あとは行くのみ。


「望むところよ! 行くぞ、マイク!」


「あぁ! 行こうZE、ブラザー!」


 ここにシグルドとの最後の戦いが始まった。最早、後戻りのできない野生の戦い。生き残るのは一人だけ。その生き残った者がカーンテヒルの未来を背負うのだ。


 俺たちは己の信念と譲れない想いを胸に秘め激突する。戦いの予想など誰もできようはずがなかった。

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