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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十二章 真なる約束の子
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555食目 宴ー4

 フィリミシア中央公園からは少し外れているが、ここでも宴が催されていたのだ。それは修理中のいもいもベースの下でおこなわれている小規模の宴。そこに集っている面々も変わり種ばかりである。


「おっ、きたきた。エル、こっちだ」


「おう、待たせたな、ダナン」


 そこにはダナンを始めとするいもいもベースクルー、そしてシングルナンバーズを始めとするゴーレムたちが集っていたのだ。

 更にはビースト隊やグレオノーム様までもいる。当然、多くのハンティングベアーたちも思い思いの場所で桃先生の果実に舌鼓しているではないか。


「わんわん!」


「ふきゅん、美味いか? とんぺー。遠慮はいらんぞぉ、たんとお食べ」


 桃先生を夢中で平らげるとんぺー。彼もこの辛い戦いの中、随分とがんばってくれた。そのせいで自慢の白い毛並みも煤けてしまっている。

 時間ができたら、うんとお手入れしてあげよう。そうしよう。


 時折パチパチと音を立てる焚き火の周りには串に刺されたフレイベクスの無限お肉が並べられており、ジュッジュと魅惑的な音を鳴らしながら、その身を焼き焦がしている。


 というか焦げてるじゃないですかやだー。


「あれ? デュリンクさんは?」


 俺はそそくさと串肉の面倒を見つつ、この場にいるはずの白エルフの大賢者デュリーゼさんの所在を訊ねた。


「あぁ、あいつなら【友人】に酒を振る舞いに行く、と言って一人で出ていったぞ」


 俺の問い掛けに答えたのは筋肉兄貴バージェスさんであった。俺の作った鶏ささみの味噌漬けをつまみにして焼酎の梅干し割りをグビグビと飲み干している。かなりピッチが速いが大丈夫なのだろうか……心配だ。


 とはいえ、この組み合わせを彼に教えたのは何を隠そうこの俺である。なるべく脂肪が付きにくい酒のつまみは無いかと尋ねられたので、俺の簡単ささみ料理と、それに合うお酒を教えてあげたのだ。


 しかしながら、バージェス兄貴は変態的な料理の下手さであった。

 ただ、ささみをお湯で茹でて味噌に漬けておくだけだというのに、ささみを沸騰したお湯に入れた途端にささみが爆ぜるという怪奇現状を引き起こす。

 更に味噌に漬けると何故か化学反応を起こして味噌がチョコレートになってしまうという不具合を発生させた。もう彼は邪神に魅入られているに違いない。


 仕方ないので俺がチャチャっと作り上げバージェス兄貴に進呈することになった。皆も摘まむことを考えて多めに作ったのだが、もう半分以下になっている。なかなかに好評であるようだった。


「友人か……そっか。なら、その内帰ってくるだろう」


 バージェス兄貴の答えに俺は一人納得する。器用なのに不器用なデュリーゼさんの行動に表情が緩むのを感じた。


 おまえを想ってくれる者は鬼以外にもいたんだよ。アラン……よかったな。


「ふん、相変わらず不器用なヤツじゃて。じゃが、これで我らも鬼に対抗できると証明できたわけじゃ。これほど嬉しい事はない」


 バッハ爺さんは年代物の赤ワインをちびりちびりと飲みながら静かに涙を流していた。

 彼らのここまでの経緯を把握している俺は、その涙の意味を理解していた。間接的ではあるが彼らの仇に一矢報いることができたのだ、嬉しくないわけがない。


「でも、これからだ。俺たちの倒すべき相手はいまだ健在。しかも、その強大さは俺たちの国を滅ぼした時よりも更に大きくなってやがる」


 ラガルさんはオレンジジュースを片手に真剣な表情で虎熊童子の脅威を語る。どうやら彼は下戸であるようでお酒は飲めないらしい。

 その代りに食欲は人一倍旺盛であり、彼の前には空いた皿が塔のように積み上げられている。どうやら、まだまだ食べ足りないようなので、俺は〈フリースペース〉から追加の料理を取り出す。


 この日のために簡単な料理を大量に制作して〈フリースペース〉にストックしておいたのだ。見よ、この機能美に溢れた俺の〈フリースペース〉の姿を。

 長年の修練によって俺の〈フリースペース〉は陳列棚のごとく、一目でどこに何があるのか分かるように進化したのだ。


「うおっ!? 姫さん、なんだそれは? 随分と見事な〈フリースペース〉だな」


「ふっきゅんきゅんきゅん。長年の研鑽によって誕生した俺自慢の〈フリースペース〉だぁ」


 取り敢えずはフライドポテトにカレールーを掛けた物をラガルさんに手渡すと、彼は早速フォークを使用して料理を口に運んだ。

 カレールーは辛さを抑えてあるので、程よい辛みが刺激となって食欲を増進させる。そこにお腹に満腹感を与えるポテトで止めを刺そうというわけだ。

 これならラガルさんも満足することであろう。白エルフの彼は俺とは違って無限に食べることはできないからな。腹八分が丁度良いというものだ。


「おかわり」


「ふきゅん! 早い、もう食べたのか!?」


 なんということだ、ラガルさんは白エルフ版、ライオットだった……? これでは俺がストックしてきた料理たちが皆殺しになる! だが、ここで引くわけにはいかない!


 謎の闘争心に駆り立てられラガルさんに次々と料理を手渡してゆく。気分はまるで、わんこ蕎麦を空いた椀に入れる従業員だ。


「これこれ、ラガルもそこいら辺にしておけ。さて……エルティナよ、こちらへ参れ」


 人に化けたグレオノーム様の隣に腰を下ろす。彼の話の内容は、やはり【殉ずる者】についてである。


 やがて、内容は俺の母親の事に移行してゆく。このキーワードに俺の大きな耳はぴょこんと立った。

 この話の内容が気になるのか、白エルフの賢者たちの耳もぴょこんと立ったではないか。どれほど歳を重ねても、こうした突発的な反応は抑えられないそうな。


「そなたの母親……すなわち、わしの育ての親は白エルフの女王エティル。かつてはラングステン王国を統べたこともある偉大な存在じゃ」


 この答えに白エルフの賢者たちは飲んでいた飲み物をぶばっと噴き出したではないか。きちゃない。


「げほっ! げほっ! そ、それは、まことですか、グレオノーム様」


 バッハ爺さんが盛大に咽ながら、なんとか言葉を絞り出す。鼻からもキラキラしたものが流れ出ていた。なので俺はさり気なくハンカチをバッハ爺さんに差し出す。


 んもう、おじいちゃんったら。


「いかにも、わしも母よりその話を聞かされし時は大変に驚いた。わしを育ててくれた時は既にラングステン王国、そして白エルフの国の女王を辞していたがの」


 グレオノーム様は立派なあご髭を撫でながら昔を思い出し。とても柔らかな表情を作った。大切な思い出である事は間違いないだろう。


 兄との記憶のリンクの際に母親の記憶を得ようと試みるも、それは叶わなかった。

 俺からは情報を与えることはできない、と規制されてしまったのだ。きっと、自分の力で辿り着けということなのだろうと納得し、それ以上踏み込む事はなかった。


「ふきゅん、俺の母ちゃんはエティルっていうのか……エティル?」


「さよう、現在のそなたの父ヤッシュ殿は、かつてエティルに忠誠を誓い武勲を立てた者の末裔。武勲を立てた際に【エティル】姓を承り、現在まで脈々と受け継いできたのじゃ」


「パパンはそのことを知っているのかな?」


「いや、知らんじゃろうな。エティル家はその後、政敵との争いに敗れて地位を剥奪され、ラングステン王国から追放されたと聞く。その後、ヤッシュ殿が単身、ラングステン王国に舞い戻り、武勲を立てて今の地位を築いたそうじゃからな」


 俺はグレオノーム様の情報量に驚愕した。巨大な熊さんなのに、なんと博識であろうか。

 話を聞けば、この情報は町に放っているネズミたちから得ているそうだ。この方法はかなり使えそうである。俺も【マウス隠密隊】を組織しようかと本気で考えた。

 まぁ、これについては後でじっくりとプランを練るとして、今は別の気になる点をグレオノーム様に聞くとしよう。


「ところで、俺の母ちゃんってどんな人なんだろう」


「そうさなぁ……容姿はそなたとよく似ておる。肉付きはかなりいいのう」


「肉付き……つまり、ボインボインなのかぁ」


「ふむ、その認識で構わぬであろう」


 グレオノーム様の答えに俺は戦慄することになった。つまり、俺が成長するとボインボイン姉貴になる可能性があるからだ。

 おっぱいは他人の物を堪能するからいいわけで、自分に付いていても意味などまったくない。ただ重いだけの脂肪に堕するのだ。

 ここは父親の遺伝子に期待するしかない。どうか乳とケツが成長しませんように。


「性格は穏やかで慎ましやかであったな。包み込むような愛情に溢れる方であった」


「ふきゅん、そうなんだ」


「おぉ、それよ。【ふきゅん】は母の口癖であったな」


「ふきゅん!? つまり、ふきゅんは遺伝だった……!?」


 衝撃の事実が次々と明らかになってゆく。俺の伝家の宝刀【ふきゅん】は母から受け継がれたものであったのだという。というか、別にいらない。


「あとはそうじゃの……怒らせると凄かったことかのう」


「おっかなかったの?」


「うむ、恐ろしいというよりは危険という言葉が当てはまる」


「うおぉ……」


 やはり俺の入った桃は、母にぶん投げられて大気圏を突破したのではないだろうか?


 グラマラス美女の「どっせい!」という掛け声と共に大気圏を突破する巨大な桃。想像したら物凄い光景になって思わず白目痙攣状態になる。どうしてくれるの、これ?


「それで、今エティル様はいずこに?」


 バージェス兄貴の問い掛けにグレオノーム様が影を落とした。その姿に地雷を踏んだと焦る筋肉兄貴。


「母は桃使いに覚醒した後に秘術を用いて多くの鬼を道連れにして、この世界から消えてしまった」


「つまり、もうこの世界にはおられないと」


「そうじゃ、もう会いたくても会えぬ場所へと行ってしまわれた」


 グレオノーム様は焚き火の炎をジッと見つめ深いため息を吐いた。そして、今度は俺の顔を見つめてきたではないか。しかし、その表情は優しいものへと変わっている。


「だが、エルティナが現れたことによって、叶わぬであろうと思っていた願いに光を見いだすことができた。彼女に寿命はないからの」


 そう言ってグレオノーム様は手にした蜂蜜酒を一口飲む。ふう、とため息を吐き、その大きな手で俺の頭を撫でた。


「エルティナはわしの希望じゃ。意味をなさなくなった我が使命は、おまえが現れたことによって再び意味を持つようになったのだからな」


「グレオノーム様……」


 彼は【土の殉ずる者】。即ち、いつか俺に食われる定めにあるというのだ。だが断る。


「ふぁっふぁっふぁ、そなたの母も同じことを言うたわ。やはり、親子じゃの」


「ふきゅん」


「わしの事は気にするな、生ある者必ず滅する時が来る、というだけのこと。その時がくれば、自ずとそなたの魂に還るだけのことなのじゃから」


 と語り、今はまだ死ぬつもりはないとのこと。それを聞いた俺は安堵し緊張を解いた。


「そうそう、グレオノーム様に死んでいただいては私の仕事が増えて困ります」


「こやつめ、帰ってくるなり年寄りをこき使うことばかり考えおって」


 ふわりと空気が揺れるのを感じ、麗しき白エルフの賢者が空間を渡って姿を現す。大賢者デュリーゼの帰還である。


「弔いは済んだの?」


「えぇ、お気遣いいただきありがとうございます、エルティナ」


 彼は隠すことなく弔いは済んだと述べた。心の整理が済んだ証であろう。

 デュリーゼさんが戻ってきたことによって、難しい話から武勇伝へと移行し、ここも宴の様相を呈してきた。


 だが、ダナンの武勇伝は却下だ。どう聞いてもララァとのいちゃいちゃにしか聞こえない。

 彼は現在、ララァに膝枕を使用するよう強要されている。既に尻に敷かれていることが易々と窺える。

 だが、これもララァの策略だ。横恋慕する者に対しての牽制の意味もあるのだろう。


 しかし、今更ダナンを狙う女子なんていないだろうに。クラス公認のカップルとして認識されているというのに。


「ぎぎぎ……」


 ああっ!? キュウトから謎の嫉妬オーラがっ!? これはいったい、どういうことなんですかねぇ?


 小さな宴は一人の狐獣人の少女の嫉妬の炎で包まれ、極めて危険な領域へと突入しようとしていた。

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