544食目 反動
輪廻の輪があるべき下へと帰り、機械の壁で覆われた殺風景な視界が戻ってくる。
あまりに膨大な力を使ってしまったせいで倦怠感に襲われるも、ここで倒れるわけにはいかない。急いでムセルの治療をおこなわなければ。
「チユーズ!」
『ひゃあ』『ひさびさの』『でばんだ~』『で』『どのこを』『なおすんだ~』
俺の魂から、わらわらと飛び出してくる治癒の精霊たち。それは俺が能力を取り戻したからこそ再び目にすることができる光景であった。少しばかり感動して、うるっときてしまうのは仕方のないことであろう。
『うお~』『いそげ~』『はやくしろ』『あすと』『なーじ』『こっちだ』
治癒の精霊達がわちゃわちゃとムセルに群がって損傷を修復していった。その中に二人ほど作業着を着込んでハンマーやらスパナをムセルに使用している様子が窺える。どうやら、二人は機械専門の治癒の精霊であるようだ。
というか、おまえら名前があるんかい。
『さすが』『あすと』『なーじ』『かんぺきな』『しゅうりだ』
そこには誇らし気な表情をする作業着を着込んだ治癒の精霊【アスト】と【ナージ】、そして完全に修理されたムセルの姿があった。
というか、ムセルの姿が変わっている件について。これでは緑色をした【狂犬】ではないか。
う~ん、らびどりー。まぁいいか。格好いいし。
『こっちは』『もうだめ』『しんじゃった』『かなしい』『かなしい』
チユーズたちはボロボロになり床に倒れ伏しているラスト・リベンジャーに群がり涙を流していた。
その機体には数々の傷。激闘を繰り返し、最期の最期まで俺を護り通してくれた最後の復讐者。俺の相棒。
「ありがとう、ラスト・リベンジャー。おまえがいてくれたお陰で、俺は成し遂げることができた。決して忘れない、忘れないよ」
俺は最後の復讐者に祈りを捧げた。彼と共に駆け抜けた日々が脳裏に浮かんでは消えゆく。リベンジャーがいてくれたからこそ、俺は今に至っているのだ。
彼はもう動くことはない。そして、もう戦わなくてもいい。ここに俺たちの復讐はなったのだから。
安らかに、どうか安らかに眠ってくれ、ラスト・リベンジャー。
『エルティナ、アランは退治したが、まだ鬼は残っている。何よりも、この移動要塞はいまだに前進を続けている。移動要塞をなんとかしなければ勝利とは言えないぞ』
「ふきゅん、分かっているさ。桃太郎となった俺に掛かれば、移動要塞なんてちょろいもん。まぁ、見てなって」
そう、俺は桃使いの到達点たる超戦士【桃太郎】となったのだ。陰の力で作られた移動要塞など「ふきゅん、ふきゅん」言わせて退治してしんぜよう。
だが、いざ行動に移ろうとした矢先、脳内に警告音が鳴り響く。いったい何ごとであろうか?
警告、警告。深刻なエラーが確認されました。桃太郎モードを強制解除します。
「なんですと? ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
なんということであろうか。俺は謎のエラーによって強制的に桃太郎モードから珍獣へと解除されてしまったではないか。
同時に三匹の獣臣たちも元の姿へと戻され、ぶるぶると体を震わせ緊張を解いていた。
「こ、これはいったい何事だぁ?」
だが、これで終わりではなかったのだ。更なる悲劇が俺を襲う!
てぃうん、てぃうん、てぃうん!
「ふきゅん!?」
なんと、一瞬にして俺の身体が縮んでしまったではないか。視界の高さからして、どうやら三歳児程度の大きさまで縮んでしまったようである。どういうこと?
『……どうやら、神気の特性を使用したことによる反動のようだ。同時に桃力も弱まっている。まさに諸刃の剣だな』
「おいぃ……きいてにぇぞぉ? これじゃあ、いど~ようちゃいをたおしぇない、たおちにきゅい!」
赤ちゃん珍獣まで至らなかったのが不幸中の幸いであろうか。だが、これでは完全に手詰まりである。
三歳児の白エルフなど子犬にも劣る身体能力だ、こんな状態で鬼に遭遇したら完全にアウトである。なんとかして皆と合流し、さり気なく護ってもらわなくては。
「とりあえじゅ、みんにゃと、ご~りゅうだ~!」
『『『『わぁい』』』』
俺はリックたちとの合流を目指し、ぱたぱたと走り出した。その後ろに俺と同様に小さくなったチユーズたちがわちゃわちゃと続く。
唯一、小さくなっていない輝夜が頼みの綱だ。どうか鬼が来ませんように。
「やみのえだっ」
「ふきゅおぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
久々に飛び出してきた目の無い黒い大蛇の仕事は、俺が入ってきた赤黒い門をむしゃむしゃすることである。
好き嫌いしないお利口さんな闇の枝は、瞬く間に赤黒い門を食べ尽し退路を作ってくれた。余計な部分もつまみ食いしてしまったが。
だが、頑丈で分厚い門も闇の枝に掛かればカステラみたいなものだ。なんの抵抗もなくムシャムシャし終え俺に道を造ってくれた。
「えらいじょお」
「ふきゅおん」
満足して俺の魂に戻る闇の枝、それと入れ替わるように飛び出してきたのは……なんと、在りし日のヤドカリ君であった。
「ふきゅん!? やどきゃりきゅん!?」
彼は大きなハサミで俺を摘まみ上げて、自分の大きな貝殻に載せてくれたではないか。
久しぶりに乗る彼の貝殻の上は感無量である。
「きたっ! やどきゃりきゅん、きたっ! これでかちゅる!」
『ふむ、おまえの桃力を蓄え物質化したのか。どれだけ持つかはエルティナ次第だ』
「わかったんだぜ、とーや。おれ、がんばりゅ」
俺は桃力を回す、それはまさしくヤドカリ君のエンジンと言えるだろう。
これに俄然、張り切りだしたヤドカリ君は猛スピードでリックたちが待っているであろう決闘場へとむかっていった。
というか、落ちそうで怖い。誰か助けてっ!
辿り着いた決闘場では、リックたちと鬼たちとの激しい戦いが繰り広げられていたではないか。激戦によって彼らは傷付き、今にも力尽きそうである。
「みんにゃ~!」
「その声はリーダー!? ということは勝ったんだな!」
「ご無事で何より……って、ちっちゃいですわ、エル様!」
「うおっ!? なんでヤドカリ君が!?」
「あら、あら~? 能力を取り戻せたようですね~」
「……」
説明しなくてはならない事が山ほどある。でも今はこの状況をなんとかしなくてはならない。だが、まずは治療してからだ。
たとえ体は縮んでも、魔力は失われてはいないぞっ! 見晒せ、俺の治癒魔法!
「わいどひ~りゅ!」
くっそ、上手く発音できねぇ! なんとも間抜けな治癒魔法になってしまったではないか。しかし、効果の方はバッチリ機能したので問題はない。
よかった、よかった。暫く使っていなかったものだから、僅かばかり心配であったのだ。
「さっすが、リーダーの治癒魔法は格が違う」
「そりぇほどでもにゃい」
「謙虚だな~憧れちゃうな~」
「さぁさぁ、治療が終わったのなら鬼を片付けてしまいましょう」
怪我が癒えて俄然やる気を見せるブランナたちは武器を握り直し、襲いくる鬼たちと対峙する。だが、ここで悪戯に時間を費やすわけにはいかない。
既に移動要塞はフィリミシアへと到達目前であるのだ。俺が桃太郎状態を保てていればこのまま心臓部へ突入することも考えていたが、このような幼女になってしまっては断念せざるを得ない。
取り敢えずは早急に脱出して外にいる皆の助力を仰ごう。
この移動要塞とて一つの命であり、そして鬼であるのだ。枝による問答無用で食い殺してしまうわけにもいかないからな。
きちんと退治して輪廻の輪へと還してあげなくては。
「みんにゃ~、やどきゃりきゅんに、のりゅこめ~」
「「「「わぁい?」」」」
彼らはよく分かっていない様子を見せたが素直に俺の指示に従い、ヤドカリ君の貝殻の上に搭乗した。これで準備は完了だ。
「だっちゅちゅだぁ! やどきゃりきゅん、ご~!」
「「「え?」」」
沢山の足を使い、ラスト・リベンジャーを上回る巨体が猛スピードで発進した。それを阻止せんと立ち塞がる魔導装甲兵と異形種。だが無意味だ。
ぱこ~ん! がらがら、どっしゃ~ん!
彼らは容赦なくヤドカリ君にひき殺され、あまりにも哀れな最期を遂げたのである。
だが安心してほしい、ヤドカリ君の身体は桃力で構成されているので、ちゃんと退治されたことになっている。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? ラスト・リベンジャーよりもこえぇぇぇぇぇっ!」
「捕まるところが~、ないですね~。うふふ~」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!? か、かべっ! エル様っ、ぶつかりますわっ!」
ばごぉぉぉぉぉん!
なんと、ヤドカリ君は曲がり角を曲がらずに大きなハサミで壁を破壊。直進を選択したのである。ここで彼の意図を理解した俺は、闇の枝に直進上の障害物を全て食べさせることにした。
「ふきゅおぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
最早、今の俺たちに壁など通用しない。全てを喰らって道を造ってやる。
「改めて無茶苦茶な能力ですわっ! エル様!」
「ふっきゅんきゅんきゅん! どやぁ? このみゃみゃ、いど~ようちゃいからだっちゅちゅだ!」
今の内にデュリーゼさんにアランを退治したことを伝えておこう。魔力も取り戻したことだし、力技〈テレパス〉も使いたい放題だ。
『もちもち』
『これはまた……』
デュリーゼさんに作戦の成功とその後の経緯、そして移動要塞から脱出することを伝える。彼は少しばかり苦笑していたが概ね理解を示し、即座に行動に移ってくれた。
『エルティナはそのまま脱出を。私が鬼たちに大打撃を与えます』
『よろちく』
これでいい、きっとデュリーゼさんならばうまくやってくれるだろう。あとは無事に脱出するだけだ。
長かったラングステン王国とアラン軍団との戦いも、遂に大詰めを迎えようとしていたのであった。




