530食目 勝ってこい
強烈なGに晒されつつも耐え忍ぶ俺たち。小さなケイオックが潰れてしまわないか心配だ。
「お、俺なら、だ、大丈夫。それよりも、あれじゃないか?」
健気にも大丈夫だ、ということを笑顔で伝えてくる彼は、ルレイズ号のモニターに映る城を指差した。
「あぁ、あれだ。あそこを目指して、なんど失敗したことか」
見えたのだ。移動要塞……その背にある居城が。今度こそは辿り着いてみせる。
「さ~て、腕の見せ所ですね~! いきますよ~ルレイズ号~!」
やはり当然の権利だ、と現れる赤黒い大蛇。ヤツは進路を防ぐように立ち塞がった。
だが、今の俺に【ザ・セイヴァー】はない。よって、全てを喰らう者もどきをどうこうすることはできないのである。
しかし、俺はなんの心配もしていなかった。何故なら、このルレイズ号には【もう一人】戦士が乗っているのだ。
「……」
ルレイズ号の船首に立ち、【ザ・セイヴァー】の黄金の剣を構える一体のロストヒーロー。初代セイヴァーの骸骨騎士だ。
よく落っこちなかったな、とかは言いっこなしだ。きっと、謎の【不思議ぱぅわぁ~】で、なんとかしてしまっているのだろう。
こういうことは、最近ちょくちょく起こっているので気にしてはいけない。でないとストレスで禿げる。
「くわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
全てを喰らう者もどきが咆えた。そして憎しみを籠めてルレイズ号に襲いかかってきたではないか。
それに対して黄金の剣を携えるロストヒーローは臆することなく闇夜を切り裂く。その黄金の軌跡は赤黒い大蛇を意図も容易く切り裂いてしまった。
『な、なんだそれは!? さっき、てめぇが使っていた剣と違うっていうのかよ!』
いや、同じだ。違うのは使い手。つまり、俺はヘッポコだったということだ。
「俺とは違うのだよ、俺とは!」
……。
「いやいや、何を凹んでいるんだよ? リーダー」
「リック、やっぱり俺は騎士になれないや」
「そっか」
何かを納得したリックは物凄く優しい眼差しを送ってきた。それに対し、俺は「ふきゅん」と鳴き、顔を覆って声なき嗚咽を漏らす。あぁ、短い騎士人生であった。
「下からの攻撃がくるぜ!?」
ケイオックがそう叫んだ途端に魔導キャノンの雨あられが飛んできた。魔導装甲兵と移動要塞からの砲撃だ。
そう、俺たちが突入に失敗した理由がこれである。回避などさせん、と言わんばかりの弾幕。これにことごとくやられてきたのである。
お願いだから回避する隙間を作ってくださいおねがいします。
「被弾~!? 高度が下がって……ルレイズ号~がんばって~!」
ルレイズ号は激しい揺れに見舞われた。ガンガン砲撃が命中しているためだ。この攻撃によって船の高度がどんどん下がってゆく。
ドクター・モモはルレイズ号の装甲を限界まで強化したとは言っていたが、流石にこの激しい攻撃に晒されてはいつまで持つか分からない。
反撃して攻撃の手を緩めたいところであるが、この小型飛空艇ルレイズ号には攻撃手段はなかった。飛ぶことだけに全てを注がれて作られた船であるためだ。
「おいぃ! このままじゃ、移動要塞の真正面に激突してしまうぞ!」
「だ~め~で~す~! 一度~、高度が下がると~、自力で~上がれません~!」
おう、じーざす。そう言えばそうだった。ルレイズ号はいわゆるロケットなのだ。高度が下がってしまったら自力で上がることができない。
こうなったら、俺がラスト・リベンジャーでルレイズ号を持ち上げるしかない!
「俺がラスト・リベンジャーでルレイズ号を持ち上げる!」
「エル様、無茶ですわ! 下は魔導キャノンの砲撃の雨! いくら新しいGDでも耐えきれる保証はございませんわ!」
「ブランナ、それでもやらなきゃ全滅だ! ラスト・リベンジャーは伊達ではない!」
俺はルレイズ号を持ち上げるべく外に出ようとした。その時、一際大きい揺れがルレイズ号を襲う。いったい何が起こった!?
「……え? ルレイズ号の高度が上がっているぞ!?」
計測器を確認したケイオックが驚きの声を上げた。確かに徐々にではあるが、ルレイズ号の高度が上がっているようだ。
だが、相変わらず砲撃は船に命中している。下から持ち上げるなど至難の業であろう。
「こ、これは~?」
ウルジェがルレイズ号のモニターを見て驚いた顔を見せる。というか、驚かないヤツはいなかった。
「この乗り物を、あそこまで届ければいいのだな?」
外から聞こえてくる声。それはルレイズ号の真上からだった。重々しく堅苦しい喋り方、そこには厳しさとちょっぴりの優しさがブレンドされている。
そう、あんにゃろめぇ、の声だ!
「シグルドか!?」
「掴まっていろ!」
加速するルレイズ号。それを可能にするのは、船の背を掴んで飛ぶ黄金の竜シグルドの力だ。
『エルティナ! この飛空艇を無事に城まで送り届けてやる!』
『その声は、オオクマさん!?』
〈テレパス〉で連絡してきたのは行方の分からなかったクリーニング店の店主オオクマさんであった。
なるほど、彼はシグルドとコンビを組んで独自に鬼と戦っていたのだろう。
『おうよ! 青き竜使いと黄金の竜にできないことは割とないぜ!』
『ひゃっはー! 任せちゃっておくれYO!』
当然、シグルドがいれば、桃先輩のマイクもセットでついてくる。堅物のシグルドに、おちゃらけたマイク。なるほど、釣り合いが取れた良いコンビだ。
『俺たちだけじゃない! 世界中の連中も動いた!』
『そうさ! 嬢ちゃんの諦めない姿勢が皆を遂に動かしたんだZE!』
『ふきゅん!? それって……』
魔導キャノンの砲撃が緩んだ。そして轟音が立て続けに起こっている。これは遠距離からの砲撃!?
モニターには爆撃を受けて吹っ飛ぶ魔導装甲兵の姿が映っていた。それも一発や二発ではない、雨あられのごとく降り注がれているのである。
こんなことができるヤツはモモガーディアンズにはいない。いったい誰が……。
『我が軍のぉぉぉぉぉぉっ! 魔導技術はぁぁぁぁぁぁっ! 世界ぃぃぃぃ、いちぃぃぃぃぃぃぃぃっ!』
おぎゃぁぁぁぁっ!?〈テレパス〉で叫ぶんじゃねぇ!
「うおっ!? どうしたんだ、リーダー!?」
あまりの大声に、俺はショックで白目痙攣状態になった。もうビクンビクンして危険だ。リックが心配してくれているが、頭がキンキンしていて言葉が出てこない。
『だぁぁぁっ! うるせぇぞ! シュトルー少尉! おおっと、こちらルラックだ!』
そんな中、随分と久しぶりの声を聞いて俺は正気を取り戻す。
『ふきゅんっ、ルラック記者!? 今まで、どこに行っていたんだ!?』
なんと〈テレパス〉で連絡を寄越してきたのは、モモガーディアンズ専属記者ルラック・ケインズであった。そして〈テレパス〉で叫ぶ非常識な男の声も記憶にある。
たしか、グランドゴーレムマスターズに参加していた、チーム【エンペラーズ】のシュトルーという少年だったはず。相変わらず叫び癖が直っていないようだ。
『へっへっへ……いやなに、あんたに借りを作っておこうと思ってね? はるばるドロバンス帝国にお使いに行っていたんですよ。お陰でスクープをいくつも取り逃がしちまいやしたがね』
『聞こえますか!? ラペッタです!』
俺とルラック記者の〈テレパス〉に割って入ってきたのは、行方知れずだったラペッタ皇子であった。無事である、とは分かっていたが声を聞いて本当に安心した。
『ラペッタ皇子! 無事で何よりです!』
『再会を喜ぶのは終わってからで! 我々で貴女を援護します! ルラック記者が届けてくれた桃力変換器で、我が軍の【ゴーレムタンク】部隊は鬼に対抗する力を得ました!』
『いかにも! 我らは敗北という屈辱に耐え雌伏の時を強いられてきたが、今こそ屈辱を雪ぐときなのであぁぁぁるっ!』
『シュトルー、うるさい!』
『はっ! 申し訳ございません、ラペッタ殿下っ!』
『ですから、貴女は貴女の成すべきことを!』
『撃て撃てぇぇぇぇっ! 撃ちまくれぇぇぇぇぇい!』
『バルシャーク被弾! バルシャーク被弾!』
『メーデー! メーデー!』
『てめぇら、あのクソッタレどものケツに鉛玉をぶち込んでやれ! いけ! GO、GO、GO!』
『おい、プランBってなんだ!?』
『あぁっ? んなもんねぇよ!』
『あ~ルラックだ。すまんねぇ、エルティナさん。【テレパスピーカー】が、この指揮官機にしかないんだわ。音声が入り混じるが我慢してくれ』
もう入り混じるってレベルではなかった。しかも、シュトルーの叫び声のインパクトがあり過ぎて、なかなか内容が入ってこない。
取り敢えずは、俺に任せて先に行け、ということでいいのだろう。うん、把握した。
『ありがとう! 必ずこの戦いを終わらせてみせる!』
『ご武運を!』
〈テレパス〉を終えた俺は、ルレイズ号のモニターを確認した。所々で起こる爆発、それに混じって沢山のロストヒーローたちが映っている。
やられては地面からにょっきりと生えてくる姿に鬼たちも困惑気味だ。
「すげぇ……これがエルティナの起こした奇跡なのか」
「ケイオック、あの勇敢な骸骨騎士だけではございませんわ。今や、全ての命が鬼に立ち向かっておりますのよ」
ブランナの言うとおりであった。モニター画面にはロストヒーローズだけではない。多くの戦士たちが入り混じり鬼との激闘を繰り広げていたのだ。
「あ、あれはっ!」
なんと南からはハンティングベアーの大群が。きっとグレオノーム様が率いているのだろう。あ、やっぱりそうだ。あの一際大きい体のハンティングベアーは彼で間違いない。
グレオノーム様の突撃に呼応したように、さまざまな種類で結成された動物たちの軍団が鬼たちに突っ込む。
先頭の白いわんこは……とんぺーだ! それを、ぶちまるが支えている!
そして、あの緑色のわちゃわちゃした集団は!
「ラングステンゼリーですわっ!」
「おまえらは無茶すんなっ!」
なんと、地上最弱と誉れ高い? ラングステンゼリーまでもが鬼に立ち向かっているではないか! お願いだから、無茶しないでお家で待ってなさい!
俺たちが無茶をするラングステンゼリーに白目痙攣させられていると〈テレパス〉による通信が入った
『こちらレイヴィ、忘れ物を届けに来た』
『えっ!? 忘れ物? って、ルレイズ号に追従しているぅぅぅぅぅっ!?』
〈テレパス〉で連絡してきたのは、愛機GD・ノイン・セラフで、ルレイズ号に追従する非常識なレイヴィ先輩であった。後部ハッチを開き彼を招き入れる。
「確かに届けたぞ」
彼は手にしていた頑丈そうな大きな箱を床におろすと、休む暇もなく戦場に戻っていった。
箱の中身を確認すべく蓋を開けると、中から獰猛な三匹の獣が飛び出し俺の顔を凌辱し始めたではないか! くっ! 志し半ばで倒れることになろうとは!
「ひゃんひゃん!」「うき~!」「ちゅんちゅん!」
箱の中から飛び出したのは雪希、炎楽、うずめであった。彼らは戦闘で負傷しヒーラー協会で治療を受けていたはず。こんな危険を冒してまで俺の下に参じるとは……!
「こんなところまで……ありがとう、俺はおまえたちに出会えて本当によかった! これからもよろしくな!」
「ひゃうん!」「うっきー!」「ちゅん!」
心の底から力が湧きあがる! もう負ける気がしねぇ!
「シグルドさん~! 一度、旋回してください~! 突入角を調整します~!」
「心得た」
シグルドによる支えと援護攻撃によって余裕が生まれたので、ウルジェは旋回をおこない突入角の調整をおこなった。いよいよだ。
「ここです~! お願いします~!!」
「エルティナ! 我が譲ってやるのだ! 勝ってこい!」
シグルドはそう言って、思いっきりルレイズ号をぶん投げた。このままいけば移動要塞の背にある城への突入コースだ。
「衝撃に備えて~!」
そこに、侵入を阻止せん、と全てを喰らう者もどきが最後の抵抗を試みる。迎え撃つは初代救世の騎士。彼の一閃は二体の全てを喰らう者もどきを仕留めた。
しかし、残りの一体は体の半分を崩壊させながらもルレイズ号に向かってきたではないか! このままではやられるっ!
「やらせねぇ!〈光牙烈激〉!」
全てを喰らう者もどきとルレイズ号が接触する刹那、裂帛の掛け声と共に、巨大な輝ける獅子が赤黒い大蛇を大いなる牙で噛み砕き霧散させる。
輝ける獅子が役目を終えて霧散すると、そこからライオットが姿を見せた。
「ライっ!」
すれ違いざま、ライオットは確かに俺たちに向かって微笑んだ気がした。勝ってこいよ、と。
「突入します~!」
激しい衝撃音と振動。流石に女子たちは悲鳴を上げた。地味にケイオックが「きゃ~」とか悲鳴を上げていたが、彼は声が女声なので違和感がまったくなかった。
俺? 俺は悲鳴の代わりに鳴いた。ふきゅん!
ルレイズ号は城に突き刺さり貫通。ガリガリと船底を削りながら減速し、壁にぶつかってようやく停止した。なんとか生きて城へと侵入できたようだ。
それにしても、流石はヒヒイロカネの船首だ、なんともないぜ。というか、なんともなかったら俺たちは死んでいた。
恐ろしく無謀な作戦だった、と今になって震えてきたのは内緒だ。
あれ? 初代セイヴァー様はどこだ?
俺は気になってルレイズ号のモニターを確認するも、衝撃で殆どのモニターがご臨終しており、バチバチと火花を散らしながら黒い画面を映すのみであった。
凄まじい衝撃を物語るものであるが、船の外にいた初代セイヴァー様はこれの比ではない衝撃を受けていたはずだ。
彼は、大丈夫だから任せろ、と俺に伝えてきたが……これでは流石の彼でも無事では済まないのではないのだろうか?
にょきっ。
「……」
すると、ルレイズ号の床から非常識な登場をするロストヒーローが一体現れたではないか! もちろん、初代セイヴァー様である。
別に復活には土とかは関係なかったようだ。概念こわれるなぁ。
「マジ半端ねぇっすよぉ、骸骨騎士様」
「全員揃いましたね~? 後部ハッチを解放します~! さぁ~最後の戦いですよ~!」
ウルジェが役目を終えたルレイズ号の後部ハッチを開ける。ここは既に敵の腹の中、何が出てきてもおかしくはない。
俺たちは意を決して最後の出撃をおこなう。
さぁ、派手に行こうじゃないか! 待っていろよ、アラン!!




