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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十一章 The・Hero
523/800

523食目 桃師匠の不覚

 ◆◆◆ 桃師匠 ◆◆◆


「ふん……数が多いな。あの時を思い出す」


 多くの愛弟子たちを失った鬼との大戦。その戦いで、わしも肉体に大きな傷を作り現役を退く事となる。

 以後は後進の育成に努める日々。それが不満だったということはない。そもそもが、わしはその大戦で死ぬつもりだったのだから。


 だが……わしは生き残った、生き延びてしまった。そう、弟子の一人に救われてしまたのだ。


「今更、思い出したところでなんになるというのだ。あやつはもういない」


 迫り来る鬼を拳で吹き飛ばす。神桃の大樹には何人たりとも近付けさせん。


 だが、あまりにも敵の数が多過ぎる。そして手応えのなさに違和感を覚えるのだ。まるで、同じ相手と何度も戦っているような錯覚。殴った感触も、そして癖も同じなどあり得ない。


 終わりの見えない鬼退治をおこなっていると強大な陰の力がフィリミシアに発生したことに気付く。まずいことに、そこは弟子の一人プルルが戦っている場所ではないか。


「うぬ、これはいかん。だが……ここを離れるわけには!」


「行ってください。暫くなら、我らでも持ちましょう」


 わしが決断に迷っていると声を掛けてくる者がいた。神桃の大樹の内部に施設を構えるヒーラー協会のギルドマスター、スラスト・ティーチであった。


 彼は癒しの技術もさることながら、武術にも長けた稀有な存在だ。更にその後ろに控えるのは露店街で店を構える元冒険者たちの面々。これならば暫くの間は大丈夫であろうか。


「少しの間、任せる! とあぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 わしは神桃の大樹の高所より跳躍。プルルがいる場所を目指す。問題はこの身体が持ってくれるかどうかだ。

 今動かしている身体は、借り物の身体ゆえに無茶はできない。ジェームスのヤツは構わない、というがそういうわけにもいかんのだ。


「見えた、あれは……!」


 間違えようがない、プルル達が相対しているのは鬼の四天王、星熊童子と金熊童子ではないか。ヤツらめ、我慢ができなくなって現身を送り込んできたようだ。


 ふん、こらえ性のないヤツらよ。着地のついでに蹴りを入れてくれよう。


 わしは着地のついでに金熊童子に蹴りを見舞った。ヤツめ、嫌らしく伸びた爪を鳴らすこと夢中でわしの接近に気付かなんだ。金熊童子は、わしの蹴りをまともに喰らい壁にめり込みおった。


「大事はないか、プルルよ」


「も、桃師匠!」


 プルルは少しばかり口から血を流しているが内臓をやられている様子はない。恐らくは口の中を切った程度であろうと推測する。


「おまえは……! 桃ジジィかえ!?」


「ふん、星熊童子! なんだ、その破廉恥な姿は!」


「そちには分かるまい、この女体の素晴らしさが」


「隙あり」


 ぼにゅんっ!


「はぎゅう!? ちょっと、茨木! 今のは卑怯じゃろ!?」


 わしとの会話に気を取られた大女の星熊童子はユウユウ・カサラの拳の一撃を左胸に受けた。その大き過ぎる乳房が無ければ決着はついていたであろう。


「なるほど……攻撃力を捨てて防御力を取ったか」


「そうそう……って、違うわ! この見事な肉体を見てなんとも思わぬのか!?」


「ふむ、確かに見事ではあるが、腹筋が割れておらぬ。未熟よな」


 何か間違っていたのだろうか? 星熊童子は悔しそうに地団太を踏んだ。その様子を見たユウユウは彼女を指差して大笑いしている。


「クスクスクス、星熊、なんでも大きければ良いってものじゃないのよ。バカねぇ」


「うるさいわ! そなたとて、元はこれくらいあったじゃろうに!」


「それは昔の話よ。それに四メートルも身長はなかったわ。精々、百八十センチメートルくらいよ?」


「き~! 小さくて可愛かったからって! 調子に乗るでないわ!」


 女の痴話喧嘩には介入しないこと、これはバカ弟子に教わった唯一のことだ。よって、あちらは放置する。わしが相対するのは金熊童子の方だ。


「おっつつつ……久々に【痛み】を感じたわい。このくそジジイめ」


「やはり倒せておらんか。現身とはいえ、鬼の四天王の名は伊達ではないようだな」


「ふん……姿形は変わろうとも、その陽の力は変わっておらんようだな」


「お互い様であろう、金熊童子よ」


 ビリビリとした空気に身が引き締まる。最近は疎遠になっていた戦いの空気だ。


「プルル、下がっておれ。こやつは、わしが仕留める」


「桃師匠……」


 度重なる戦闘により疲労が抜けきれていない今のプルルでは、現身とはいえ金熊童子の相手は荷が重い。


「ひっひっひ、そんな借り物の身体でわしに敵うとでも?」


「互いに借り物であろうが」


 対峙する空間がぐにゃりと歪む、互いの闘気がぶつかり合って起る現象だ。


「死ねい、桃使いの亡霊よ!」


「亡霊が二度も死ぬか、たわけが!」


 わしと金熊童子の戦いが始まった。ヤツの戦法は百年前となんら変わっていない。爪のリーチを活かした中距離戦を得意としている。わしが近付けなければ一方的に攻撃できるが、わしに懐に入られれば一方的に攻撃を受ける側になる。


 金熊童子がこの戦法を変えないのは、ヤツが戦いを心から楽しんでいるからだ。たとえ、自身が滅ぶことになろうとも変えることはないだろう。それが純粋種の鬼であるから。


「桃師匠! その爪に触れると危険です!」


「分かっておる!」


 プルルが金熊童子の爪に恐れを抱くのはヤツの〈腐化爪〉を見たからであろう。確かに、桃力を自由に扱えない者であれば脅威以外の何ものでもない。

 だが、桃力を自在に扱えるのであれば防ぐことも可能であるのだ、このように。


「とあぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 わしは桃色の輝く帯を作り出し金熊童子の爪を雁字搦めにする。これで身動きが取れまい。


「またそれか!? 嫌なヤツじゃのう!」


「ふん、学習能力が無いヤツよ!」


 そして、そのまま帯を使い金熊童子を持ち上げて地面に叩き付ける。ヤツの爪は自在に着脱できないという欠点があった。ゆえに、この状態であれば安全かつ一方的に攻撃が可能だ。だが、ヤツとてバカではない。


「調子に乗るな!」


 体中から爪を生やし、それを伸ばして桃力の帯を切り裂いた。初見であれば回避不能の厄介な鬼戦技だ。この技に何人の桃使いたちが犠牲になったことか。忌々しい鬼戦技よ。


「相も変わらず、それか……ぐ、ごほっ、ごほっ! えぇい! こんな時に!」


 わしは咳込み、思わず膝を突いてしまった。ここ最近、あろうことかジェームスの身体が弱り始めていたのだ。軽い運動程度ならなんら問題はないが、長時間に渡る過度な戦闘は体に深刻なダメージを残す。


 ジェームスは最近、特に肺を患っていた。一度咳き込むとなかなか収まらないのだ。戦闘中に、これが起こると非常にまずい。


「ひっひっひ、肺を患っているのか? 苦しそうじゃなぁ、今楽にしてやろうぞ」


 いかん、かわさなければならないのに、咳によってソウルリンクが乱れ身体を動かせぬ。このままでは爪に貫かれて一巻の終わりだ。

 わしはともかく、身体を提供してくれているジェームスのためにも、なんとしてでも回避しなくてはならない。


「桃師匠!」


 わしの間にプルルが飛び込んできた。ばかな、そんな事をすれば金熊童子の爪に貫かれるのは明白、若者が老人よりも先に死ぬなどあってはならない。なのに……。


「ぐ……プルル!」


 金熊童子の爪に貫かれるプルル、それを見て悲鳴を上げる少女たち。惨劇の夜はまだ始まったばかりであった。

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