517食目 いもいもベース出撃
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
「ふきゅん! いもいもベース発進!」
「了解、いもいもベース発進します。微速前進、ヨーソロー」
ゴーレムギルドからゆっくりと発進する芋虫型巨大戦艦いもいもベース。それを見送るのは非戦闘員たる幼い子供たちだ。彼らは小さな小さな手をぶんぶんと振り、声を張り上げ、戦場へ向かう戦士たちに送りだす言葉を伝えた。
「いってらっしゃい!」
「がんばってね!」
「いもむし! いもむし!」
そんな彼らに、俺たちは必ず帰ってくる、と笑顔で応える。神聖歴千六百三年、十二月二十四日、午前十一時二十三分。俺たちはアランと決着を付けるべく、フィリミシアを出発した。
「……フィリミシア城から……〈テレパス〉による連絡……」
出発して暫く経った頃、フィリミシア城にいるデュリーゼさんより連絡が入った。いもいもベース発進までに少しばかり時間が掛かってしまっていた。なので、彼からの連絡に少し嫌な予感が過る。
杞憂であってほしいが、俺の嫌な予感は的中率九割、という恐るべき確立をほこっているのだ。マジ勘弁。
今回は個人的な会話ではないので、全員が聞くことができるようにスピーカーを通しての会話のやり取りをおこなう。
ドクター・モモは本来、モニター画面にも相手が映るようにしたかったらしいが、生憎時間が取れなくて断念したらしい。こだわるなぁ。
『こちらデュリンクです、残念ながら先発隊は壊滅。移動要塞はフィリミシアに向けて移動中』
「なんだって!?、タカアキは……エレノアさんは無事なのか!?」
早速、嫌な予感がドヤ顔をしているではないか。殴りたい、その笑顔!
『生死不明です。我々の準備が整うまでは確かに応答があったのですが、こちらの準備が整ったことを伝えた後、音信不通になってしまいました』
「くそっ! あのタカアキが! 滅多なことはないと思うが……」
『エルティナ、気持ちは分かりますが今は……』
「分かっているよ、デュリンクさん。いもいもベース隊は真っ直ぐ移動要塞に向かう」
『はい。それと不確かな情報ですが、近辺に魔族が出没しているそうです。注意を払ってください、以上です』
これは穏やかではない情報だ。ラングステン王国との間に休戦が結ばれているとはいえ、ラングステン王国領に魔族とか、明らかに『ゆえあらば奪うのさ』状態で「ふぁっきゅん」と言わざるを得ない。
このクソ忙しい時に魔族たちに構っている余裕なんぞない。もしも攻撃してくるようであればいもいもベースでの轢き逃げも辞さない覚悟だ。ただし、罪はダナンが償う。
「今、ものすっごく邪悪な考えをしていなかったか?」
この俺の邪悪な企みにダナンはいち早く反応した。ちぃっ、この俺の完璧な企みに反応するとは……ダナン、更にできるようになった!
「気のせい」
もちろん誤魔化す。なんでもありませんよ、とそっぽを向き、何事もなかったかのように振る舞うのだ。ふっきゅんきゅんきゅん、完璧過ぎる。
ぺろっ。
「この汗の味は……嘘を吐いている味だぜ」
「な、なにぃ……!?」
ダナンは俺の頬を伝う一筋の汗をえろろんと舐めると、そう俺に告げた。こいつ、いつの間に接近をっ!? ヤツの能力なのかっ!?
尚、ネタバレをすると、俺が余所見をしていただけ、であることは言うまでもない。
ドドドドドドドドドドドド……!
この謎の緊迫感の正体は決して俺とダナンとのやり取りからではない、このやり取りを見ていたララァの嫉妬から来るものだ。彼女に【じと目】で睨まれるとマジで怖いっしゅ。
「……ダナン……汗……」
嫉妬に駆られたララァは、スッと汗の場所示した。そこはまさかの、己の胸の谷間、この歳で色仕掛けを覚えた彼女はいったい……!? というか、そこには汗が見当たらないんですが?
そして、それにホイホイ惹き寄せられるな、ダナン。あぁもう、男って悲しいなぁ。
「はっ!? 待て待て! ここじゃ、まずい!」
辛うじて正気に戻ったダナンは、ぶんぶんと首を振って誘惑から逃れようとした。
「ほぅ……ここじゃなければいいのか?」
「そりゃもう、って言わせんな」
恐ろしいまでのラブラブ度だ。どうやらダナンは、いつの間にかララァに完全攻略されてしまったらしい。
まぁ、ダナンにヒュリティアは攻略できなかったろうから、良い選択だったと思う。そんなおまえらに祝福を奢ってやろう。おめでとう。
「ぎぎぎ……憎しみで人を殺せるならっ!」
「ダナン、死すべし!」
「そんなことより、ララァのケツ肉を滅茶苦茶に揉みしだきたい。というか揉む」
血の涙を流しながら嫉妬する三バカを華麗にスルーした俺は、そろそろ戦闘準備を開始すべくハンガーデッキへと向かう。
今、後ろで何かが潰れる音が三回ほど聞こえたが決して振り返らない。振り返ったら負けだと思う。うん、間違いない。
ハンガーデッキでは大勢の戦士達が静かに出撃の時を待っていた。最大収容数を大幅に超える千名もの戦士たちを運ぶいもいもベース。この戦いが終わったら盛大に労ってあげなくてはなるまい。
「いよいよですね、エルティナ様」
「あぁ、ミカエル。ミレニア様のためにも、この戦い……負けられねぇ」
天使の翼を生やした三人の騎士が俺に跪く。それに続くのは戦いを生き抜いた六十名の聖光騎兵団の騎士たちだ。彼らも激戦によって、その数を大きく減らしてしまった。
「我ら、いかなる結末を迎えようとも聖女エルティナと共にあり。この命、いかようにもお使いください」
「おまえら……分かった、では命ずる。必ず生きて帰れ、以上だ」
「ははっ!」
それ以上の言葉など不要だ。生きて帰る、それはこの戦いで散っていった者たちに報いることになるのだから。必ず生きて勝利を分かち合おう。
「御屋形様」
続いて俺の声を掛けてきたのは忠臣のザインだ。いつもの武者鎧に家宝の刀を携えている。
「ザイン、頼むぞ」
「御意、最後まで御屋形様の刀としてお供仕ります」
俺たちはミルトレッチ砦での数ヶ月間で見違えるほど成長していた。それはこのザインも例外ではない。亜人ではない彼は肉体的な成長はそれほどでもないが、内面的な成長が著しい。甘さが消えて戦士足り得る心構えを持つに至っていたのだ。
「さて、魔族ですか……あまり良い思い出はありませんね」
巨大なモンキーレンチを軽々と持ち上げて呟くのはピンク色の鎧を身に纏う自由騎士、ルドルフさんだ。あ、ルフさんと言った方がいいのかなぁ。
彼の写真集は戦時下にあっても、初版百五十冊、定価大金貨二枚、が完売という恐るべき売れ行きを示した。今もって再販希望が後を絶たない。
しかも、女性の購入者が結構多い、というのには驚きを隠せない。
いや、マジで本の内容が凄い。あんな恰好や表情、ギリギリを攻め過ぎだろう、という写真がてんこ盛りなのだ。しかも、モデルが超乳美人とくる。
撮影は僅か一日であったにもかかわらず、ルーカス兄はとんでもない激写をやってくれたものだ。
尚、監修はルドルフさんの奥さんであるルリティティスさんである。これは酷い。
「……エルティナ、何を考えているのですか?」
「ふきゅん、な、ナンデモナイデスよ? ルフさん」
「ルフ?」
「あ……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
彼の圧倒的なプレッシャーに、俺はジョバリとやらかしそうになるも気合いで持ちこたえる。人の黒歴史に安易に触れてはならないという戒めを心に刻み、さり気なく話題を変えようと試みた。俺とて命は惜しいのである。
「と、ところで雪希はどこかなぁ?」
「ここ」
俺の声に反応したのは白いワンピースを着た見知らぬ幼女であった。年の頃は三歳くらいであろうか? 水色の癖っ毛に気の強そうな目が印象的だ。
「ふきゅん? ど、どちらさまでしょうかねぇ?」
「ゆき」
幼女はにぱっと笑った。可愛い……というか雪希ともうしたか? 俺の知っている雪希は水色の毛玉であり、このような美幼女ではない。
「あぁ、人型に変化できるようになったみたいなんですよ」
「ぱぱー」
ルドルフさんが雪希と名乗る美幼女を抱き上げると、その美幼女は嬉しそうにルドルフさんの頬をぺろぺろと舐め始めたではないかっ! あの舐め方は雪希の必殺技〈爆裂ペロペロ〉に相違ない!
「これっ、人型ではペロペロしてはいけないって言っただろう?」
「わぅん」
その微笑ましい様子を見ていたうずめが、俺の頭の上でぷるぷると身体を震わせ始めた。
ま、まさか……彼女も人型へとエボリューションする気なのかっ!?
ぴこぴこ、でっで、でっで、でっで……。
またこのBGMだ! これは間違いない、いける……いけるぞ! うずめっ!
「おぉぉぉぉい! エルっ! 腹減った! 何か食う物もってねぇか!?」
びょくっ!
あれ? うずめの へんかが とまった!
「ん? どうしたんだ?」
「おいぃ……ライオットぇ」
「ちゅん、ちゅんぇ……」
こうして、うずめの貴重な進化は、ライオットのバカでかい声によってキャンセルされてしまったのであった。ふぁっきゅん。
「ところで、雪希はそんな状態で戦えるのか? 俺にはとても戦えるようには見えないけど」
可愛さで戦闘能力が決まる世界であれば、ぶっちぎりで最強だと思うが、生憎この世界はそんなに優しくはない。可愛かろうがなんだろうが、容赦なくぶち殺されてしまう非情な世界が、ここカーンテヒルなのだ。きびちぃ!
「そうですね……人型では人の装備が身に纏えるのが強みですが、現段階では無意味ですね。さ、雪希」
「あいー」
雪希はふるふると身を震わせる、と次の瞬間には水色のもこもこ綿毛の姿へと戻っていたではないか。
人型だった時の名残である白いワンピースを回収したルドルフさんは、雪希の背を押して俺の下へと向かわせる。
「これでエルティナについて行けるでしょう。桃師匠は言っておられました、雪希、炎楽、うずめと常に共にあれと。貴女に娘を託します。その代り、私が貴女を必ずや護り抜きましょう」
「ひゃん、ひゃん!」
俺の足下を元気に走り回る水色の毛玉、雪希。いつもの見慣れた光景に安心感を覚える。
「あぁ、頼んだよルドルフさん」
俺は相棒であるGD・X・リベンジャーの下へと向かう。腹が減ってうるさいおバカにゃんこにはバケツ高菜チャーハンを与えて黙らせた。
高菜のシャキシャキ感と、チャーハンの塩っ辛さがマッチして堪らない美味しさだ。具材にはシンプルに玉子のみ。肉など不要らっ!
「おかわり」
「早ぇよ」
渋々、第二弾であるバケツ【ひつまぶし】をエントリーする。ラングステン王国ではウナギによく似た魚【ニョルゲラ】が、そこら辺の川で簡単に釣ることが可能だ。
それを捌いてウナギよろしく秘伝のタレを付けて炭火で炙れば、ウナギの蒲焼ならぬニョルゲラの蒲焼の完成である。尚、タレは自分で作った。結構、自信ありだ。
あとは蒲焼を小間切りにして、一段、一段、ご飯と蒲焼の層を作ってゆけば、美味しいひつまぶしの完成だ。ただし、入れ物がバケツなので風情はない。
「おう、来よったか。いつでも出れるようにしておいたぞい」
「ありがとう、ドゥカンさん、ドクター・モモ」
全身を機械油でギトギトにした老科学者ドゥカンさんと、ドクター・モモのコンビがスキップをしながらやってきて、ハンガーに寝かされているGD・X・リベンジャーの胸部装甲をペシペシと叩いた。明らかにテンションがおかしい、いったい何があったんだぁ?
「ふぇっふぇっふぇ、でき得ることは全てやっておいた。しかし、しかし時間が足りん。不測の事態が起こりえないとは断言できんぞい」
疲労に疲労を重ね過ぎて若干テンションがおかしくなっている彼は、そう俺に忠告した後に懐から板チョコレートを取り出し、ムシャムシャと食べ始めた。
「ふきゅん、分かった。その際は無理しないで、いもいもベースに戻るんだぜ」
「うむ、分かっとればええ。パーツの代わりはあっても、おまえさんの代わりはないんじゃからな。ぽりぽり」
ドクター・モモは言うことを言うと、すぐ傍の空いているハンガーに横たわり眠りに入ってしまった。しかも、食いかけのチョコレートを口に入れたままでだ。
「おいぃ、チョコを食い終わらない内に寝るんじゃねぇ」
というか……何故、そこで寝る? あ、ほら見ろ。SN・フォトスが自分の寝場所を取られて恨めしそうに見つめているじゃないか。可愛そうに。
「まぁまぁ、お祖父ちゃんもドクター・モモも疲れていたんだから仕方がないよ」
「むむむ」
プルルに諭され、俺は仕方なくムクムクとハッスルする怒りを心の片隅へと追いやる。
ああっ!? 今度は俺の怒りが恨めしそうに俺を見つめているではないかっ!?
「これが負のメビウスの輪というものか……」
「何を言っているのか分からないよ、食いしん坊」
プルルは呆れ顔を俺に向けつつも、自身の相棒であるGD・デュランダを身に纏う。
「システムオールグリーン。早く戦いを終わらせてゆっくりしたいよ」
「ふきゅん、まったくだ。俺も心ゆくまで料理がしたいもんだぁ」
これから世界の命運を掛けた戦いに臨むというのに、あまりにも呑気な会話内容である事に気付き、俺と彼女は思わず笑ってしまった。
「はぁ、久しぶりに笑ったよ」
「そうだな、白目痙攣は何度もしたが、笑ったのは久しぶりだ」
「エル、おかわり~」
「もうねぇよ」
ぎゅむっ。
「おふぅ」
放っておけば、いくらでもお代わりしそうなおバカにゃんこの尻尾をギュッと握り制裁した。あまり俺を怒らせない方がいい。
最近は料理もまともにできないため、あれが最後のストックだったのだ。それを僅か三分で完食されてしまってはどうしようもない。ぷんすこ。
『……ききき……戦闘区域突入まで……五分……』
ララァの艦内放送にて、あと数分で戦闘区域に侵入することを伝えられる。その放送を受けて戦士たちに緊張が走った。
いももっ、いももっ、いももっ、いももっ、い~も~い~も~い~も~。
スクランブルを告げる呑気な警告音。少しばかり気が抜けてしまうが、気を引き締めX・リベンジャーを身に纏い出撃体勢に入る。
これから始まる戦いは、もう後には引けない戦いだ。ここで俺たちが破れれば、フィリミシアは完膚なきまでに叩かれてしまう。そして桃先生の大樹も……。
「負けられねぇ」
俺はカタパルトに乗り出撃の時を待った。




