515食目 勇者タカアキ
◆◆◆ 女神マイアス ◆◆◆
神聖歴千六百三年、十二月二十四日。ラングステン王国とドロバンス帝国軍との決戦は白い雪が降る中、フィリミシア西部に広がるフスクラント平原にて開始された。
ラングステン王国軍先発隊五百名は、午前九時十八分に鬼の部隊およそ三万と交戦。先発隊を率いるのはラングステンの勇者タカアキ・ゴトウ。ラングステン王国は、もう出し惜しみをする気はないようだ。
『ぬぅん!』
それは勇者たる彼も同様。秘めたる能力を解放し鬼神のごとく暴れ回る。僅か十分で三万もの鬼たちが輪廻の輪の中に還ってゆく。まさに獅子奮迅、歴代の勇者の中でも最強と認めざるを得ない強さだ。
「タカアキさん……」
私と天使ミレットは、その光景を天界にて、特殊魔法〈ウォッチャー〉を通し見守る。
「こんなはずじゃなかった。魔王を退治して、ハッピーエンドだったはずなのに……どうして、こうなってしまったの」
傷付き血を流しても、彼は決して倒れない。彼の後ろには護るべき者たちがいるからだ。
『大丈夫ですか? エレノア』
タカアキさんの傍らには妻エレノアの姿。マイアス教の若き司祭にして治癒魔法の使い手。幼い我が子をフィリミシアに残し、彼女もまた、夫と共に戦場に立っていた。
『えぇ、貴方と一緒なら、私はどこまででも、お供いたします』
三万もの鬼を退治した、とはいえ相手は五十万を超す軍勢だ。そして本命はその膨大な数の兵士たちではない。
大地を揺るがす巨足、その一歩一歩が滅びを告げるタイムリミット。超移動要塞【デスマッドニング】が勇者タカアキたちの前に姿を現した。
『来ましたね。エレノア』
『えぇ、心得ております。全ては……未来を生きる子供たちのために』
勇者タカアキは防御を捨てて攻撃に専念。一撃一撃が必殺の破壊力を秘めるつっぱりを移動要塞デスマッドニングへ放つ。
つっぱりから放たれる衝撃は、立ちはだかる鬼たちを砕きながらデスマッドニングへと到達。しかし……。
『効かねぇなぁ。このデスマッドニングにゃ、勇者様の攻撃であっても届きはしねぇんだよぉ!』
デスマッドニングの背にある居城からアラン・ズラクティの下品な声が響き、全戦場に伝わる。明らかに動揺を誘うのが目的。事実、ラングステンの兵たちは動揺し鬼の軍勢に圧され始めた。
『ふむ……硬いですね』
されど勇者タカアキ、一歩も引かず。渾身のつっぱりを放ち続ける。ここに、勇者を捨て石に使う、という暴挙が露見した。
「ま、まさか……勇者を捨て石同然に!?」
ミレットが驚くのも無理はない。魔王を倒し世界に平和をもたらした勇者を、このように扱う。それがどういうことなのか、ウォルガング君も知らないわけでもあるまい。
しかし、タカアキさんは承知の上で引き受けたのだろう。護る者の為であるなら己を顧みない、彼はそう言う人だから。
優し過ぎますよ、タカアキさん。
「足止め、でしょうね。鬼の軍勢は北から、そして南側にも展開して包囲網を築きつつあります。少ない兵でそれに対応するために、本命を足止めしているのでしょう」
激しいつっぱりの乱れ撃ち、それはダメージこそ与えられないものの、確実にデスマッドニングの歩みを止めていた。
彼のつっぱりは異常だった。ちっぽけな存在である種族【人間】が放てる攻撃ではない。何よりも私は彼にあのような能力を与えてはいないのに。
いったい、どうやってあれほどの能力を得るに至ったのだろうか。
『何をやっている!? 前へ進めんのか!』
『ダメだ、兄貴! 損傷こそないが押し戻されている!』
デスマッドニングを操っているのはアランの義弟マジェクト。なるほど、この巨大な兵器を上手く操っているものだ。
城の王座にふんぞり返るアランは、巨大モニターに映るタカアキさんを見て忌々し気に言い捨てた。
『なら、あのデブを始末しろ!【アレ】を使っても構わねぇ!』
兄の言葉を受けたマジェクトはギョッとした顔を覗かせた。鬼である彼にそのような顔をさせる【アレ】とは、いったいなんなのか。
『あ、あれをっ!?』
『そうだ! 急げっ!』
アランに急かされたマジェクトは強化ガラスで出来たカバーを叩き割り、震える指で中の真っ赤なスイッチを押した。
けたたましく鳴るサイレン、そして何かが起動する音。それはとてつもなく不吉なものに聞こえる。
『恨むぜ、スウェカー博士……!』
勇者タカアキに特別な想いがあるマジェクトは小声で恨み言を吐露した。その直後に何かが打ち出される音がして少しの間を置き、勇者タカアキの手前に着弾。それはゆっくりと立ち上がった。
『くっくっく……スウェカーも面白れぇもんを作ったもんだ。いけ、再生【三角鬼】』
それは以前、ティアリ解放戦争時に鬼穴から現れた下級の鬼【三角鬼】であった。
鬼ヶ島本島の下級の鬼はカーンテヒルの鬼の中級クラスに匹敵するという。そのような存在を再生し運用するとは。しかし、あれは……。
「そんな、あの鬼は輪廻の輪の中に還ったはずでしょう!?」
「ミレット、あれは……あれに魂なんて入っていない。肉の塊を機械で動かしているのよ。」
命に対する冒涜以外の何ものでもない、決して許されてはいけない行為に私は慄く。
確かに三角鬼は非道の限りをおこなった存在。しかし、彼には誇りがあった。己で決めたルールに従い戦う。それは紛れもない戦士であった。
「クローン技術……! 細胞を回収して培養したとでもいうのっ!?」
激闘、その末に誇り高く散っていった彼を、こんな形で蘇らせ機械で支配するだなんて!
『コウゲキヲ、カイシ。コウゲキヲ、カイシ』
再生三角鬼が勇者タカアキに向けて拳を繰り出す。しかし、彼はそれをかわさず、甘んじて受け入れた。
「何故、反撃をしないのですかっ!?」
「反撃している余裕がないのよ」
タカアキさんが攻撃を中断する度に、先発隊はじりじりと後退していた。移動要塞デスマッドニングの歩幅が大きいため、一歩でも進まれると大幅に後退するハメになる。
それを阻止するためには、どうしても他は構わずにつっぱりを放ち続けるしかないのだ。
『うぬっ!』
ボキリと骨が砕ける音がするも、彼はつっぱりを放ち続ける。彼は己の役目を誰よりも理解していた。彼がここをどれだけ維持できるかで、ラングステンの未来は変わってしまうのだ。
「タ、タカアキさん……!」
見てられない、でも……目を逸らすわけにはいかない。彼をこの世界に呼んだのは私、彼を戦わせているのは他ならぬ私なのだ。
『〈ヒール〉!』
『助かります、エレノア。あまりヘイトを稼がないように注意してください』
三角鬼の攻撃を受けつつもつっぱりを放つ勇者タカアキは、まさに難攻不落の砦。そんな彼の前方に着弾する影三つ。
『コウゲキヲ、カイシ。コウゲキヲ、カイシ』
『コウゲキヲ、カイシ。コウゲキヲ、カイシ』
『コウゲキヲ、カイシ。コウゲキヲ、カイシ』
その全てが再生三角鬼。この光景に顔を青ざめさせるのは勇者タカアキの伴侶、エレノア司祭だ。
いくら彼女の治癒魔法が優秀であっても、治療が追いつかなければどうしようもない。それをよく理解しているがゆえに、彼女は武器を手に取った。
『エレノア、手を出してはいけません! 治療に専念を!』
『で、ですがっ!』
『大丈夫です。何故ならば……私は勇者ですから』
その言葉にはなんの根拠もない。でも、彼は不退転の決意を籠めて言い切った。その言葉は覚悟の証、彼は勇者として、どんな絶望にも屈しない。屈することが許されない。
私はなんという残酷な運命を彼に背負わせてしまったのだろうか。
三角鬼たちが一斉に勇者タカアキに襲い掛かる。飛び散る鮮血、砕ける骨、にもかかわらず彼はつっぱりを放ちデスマッドニングの歩みを止め続ける。
『タカアキさん、タカアキさん……!』
もうエレノア司祭の治癒魔法は追い付いていない。このままでは勇者タカアキの命が尽きてしまう。五百いた先発隊の兵たちもどんどん数を減らしている。このままでは……。
「全滅……!」
私の噛みしめる音が口から洩れた。何もできない、この事実が私を苛ませる。
『ぬぅんりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
しかし、勇者タカアキ折れず、倒れず。運命に抗う姿にアラン・ズラクティは業を煮やし、更なる再生三角鬼を送り込んだ。
その数、六。計十体の三角鬼が勇者タカアキに襲い掛かる。彼らはどれほど命の冒涜を犯してきたのか。断じて許すまじ。
『タカアキさんっ!』
致命的な一撃が勇者タカアキに向かって放たれる。いくら彼でも耐えられないであろう一撃は左胸に向かって突き進む。
しかし、それは何者かによって阻まれた。
『ああぁっ!!』
『エ、エレノアっ!!』
勇者タカアキを庇ったのは彼の妻エレノア。彼の命と引き換えに、彼女は右腕の肘から先を砕かれ失った。鮮血が吹き出し彼女を赤く染める。
『くっ! しっかりしなさい! エレノアっ! 治療を!』
『……はぁはぁ、私ではなく、あなたです!』
勇者タカアキに逆らい夫の治療を続ける。彼女は彼に微笑みを投げかけ宣言した。
『貴方は死なせない』
か細い声、しかしその赤い瞳は強い輝きを放ている。しかし、彼女の魔力は逆に弱々しくなってゆく。魔力の残量がもう底を尽きかけていたのだ。
『私の最後の魔力を全て貴方に……!』
『いけません! エレノア!』
彼女は残った魔力を全て勇者タカアキの治療に注ぎ込んだ。そして、力無く大地に倒れ伏す。
勇者タカアキの怪我が癒されたのは微々たるもの。それは決して満足な回復量ではない。
『……初めてですよ。私をここまで怒らせた人は』
倒れ伏す己の妻を優しく抱き上げる。彼の分厚い眼鏡が音も無く砕け、その素顔が露わになった。実は私は彼の素顔を見たことはない。興味が無かったこともあるが。
「ひっ!?」
私は思わず悲鳴を上げた。恐怖、ただひたすらに彼が怖いと思ったのだ。それは三角鬼たちも同様だったのか動きが止まっている。
尚、ミレットは泡を吹いて白目痙攣していた。割と危険な状態なので正気に戻す。
『くははははは! ようやく、へばったか? とどめをさせ、三角鬼ども!』
アランの命令で再び三角鬼たちが勇者タカアキに襲い掛かった。満身創痍、そしてエレノア司祭を抱きかかえた彼に迎撃などできやしない。万事休すか?
ヴシャッ。
何が起こったのか理解できなかった。彼に飛び掛かった三体の三角鬼が下半身を残して消滅していたのだ。
そこにあったのは【赤い霧】、これが意味する事は言わずとも理解できる。だが、何をしたのかが分からない。
彼はただ、三角鬼たちに左手をかざしていただけなのだから。
『あぁっ? なんだ、何が起こった!?』
三角鬼が一瞬にして砕けたさまを見て、アランはただ事ではないことを察知。マジェクトにデスマッドニングの防御システムの起動を命じた。
『あなた方に慈悲はいらないようですね。さぁ、暴れましょうか、我が友よ』
勇者タカアキの左腕からドス黒いオーラが放たれ始めた。バカな、私は彼にあのような能力を授けた覚えはない。だって、あの能力は!
「魔王……コウイチロウの能力!? そんなっ、タカアキさん!!」
光と闇、二つの大いなる力は勇者タカアキを包み込み、そして……爆ぜた。




