507食目 ミルトレッチ砦へ
「ほい、到着っと」
「……ききき……変形シークエンス開始……芋虫モードへ移行します……」
惨劇、艦橋内はまさにその一言に尽きる。飛び散る鮮血ならぬ輝かしき『ゲロリアン』、白目を剥いて痙攣する少年少女たち。
「ここは地獄だ……」
誰かが言った、それは正しく俺たちの気持ちを言い表す。下手な鮮血など、とうに見慣れた俺たちであったが、流石に『ゲロリアン』塗れになど慣れようはずがない。というか慣れたくない。
「いやぁ、地獄絵図だな」
「……ききき……面白かった……」
この地獄を生み出した本人たちは至って平然としている。カラスの鳥人たるララァはまだ分かるが、空で活動し得ないダナンが平気な顔をしているのは納得がいかない。
「おいぃ……なんで、おまえは平気なんですかねぇ?」
彼は答えた。
「ヒュリティアに近付く度に、ララァに空へと拉致られてた」
「……そうか」
俺はダナンの答えに何も返答することができなかった。その諦めとも取れる表情に敬意を表してしまったのだ。つまり、彼はヒュリティアを諦めざるを得ない所まで既に達していたということ。
恐るべきは恋する乙女、そしてララァの策略。後でどのような手段を用いたのか、じっくりと、ねっとりと尋問せざるを得ない。きっとエロい手段も容赦なく用いたはずだ。
「ふぅ、無事に下山できて何よりです」
『まったくだ』
そして、この惨劇の原因を作った二人。彼らにはそれ相応の罰を受けてもらわなくてはなるまい。
ルドルフさんには激烈に面積が小さい『ヤヴァさMAX水着』を着ての撮影会を受けてもらう。撮影はルーカス兄にお願いすれば間違いないはずだ。勢い余って写真集にしてしまうかもしれないが、潔く黒歴史を刻んでもらう。
桃先輩には、彼に対する最終兵器たるトウミ少尉に協力願う。マトシャ大尉にも協力を願い出て包囲網を構築しておく。俺を怒らせたらどうなるか、今こそ思い知らせる日が来たのだ。
ふっきゅんきゅんきゅん……楽しみに待っていてね!
「と、取り敢えず、このロープを外してくれい」
俺はダナンにそう願い出た、が……しかし彼は首を横に振るではないか。それはこれから起こるであろう何かを告げるサイン。
「まだ、外すわけに……」
ドグワァァァァァァァァン! ボゴォォォォォォォォン!
「早ぇよ! ララァ、いもいもベース緊急発進! 後方モニターを見張ってくれ!」
「……ききき……了解……」
ダナンが理由を言い終わる前に起こった爆発音。そしていもいもベースを緊急発進させる彼の鬼気迫る表情から推測するに……。
「まさかとは思うが、今の爆発音はアクライア山を爆破している音か?」
「そのまさかだよ! 下山したばかりなのに、いきなりおっぱじめやがった! 少しはこっちのことも考えてほしいもんだぜ、あの爺さんは!」
アクライア山から転がってくる巨大な岩を、後方カメラにて捉えた映像を確認しつつ巧みに回避するダナンの操縦技術は確かなものだ。加えて前方の障害物をも避けるのだから並大抵の判断力ではないことが分かる。
しかも、いもいもベースは超巨大なのだ、コースを変更しようにも予めある程度余裕を持たせなくては容易でないだろう。
「おいおい、あの爺さんたちは何を考えているんだよ!?」
この無茶苦茶な行動に不満を漏らしたのは兎獣人の少女マフティだ。彼女もまた、キラキラと輝く何かの洗礼を受けていた。これは酷い。
「いや、彼らは間違ってはいないよ。間違っているとすれば、そのタイミングさ」
バッハ爺さんたちを擁護したのはエドワードだった。確かに山を爆破すれば鬼たちの進軍を大幅に遅らせること、そして戦力を削ぐことも可能だ。だからといって山を爆破するとか普通は考えないだろう。山には貴重な資源や動物たちだって生きているんだぞ。
とはいえ大きな声で言えないのは、俺たちがそう言えるだけの戦果を挙げることができなかったから。現実は厳しい。
「最後の最後に爆破オチって……壊れるなぁ」
どこぞのコントやゲームじゃあるまいし、という考えに至る。ただ、惜しむらくはこの爆破で全てが終わるわけではないということだ。ただ暫しの猶予がこちらに舞い込むだけなのである。
この時間をどれだけ有意義に使えるか否かでラングステン、そして世界を護れるかどうかに大きく影響を及ぼすであろう。
暫らくすると光の輪が艦橋内に突如として現れ収束、その内部に二人の人影が出現した。バッハ爺さんことバッハトルテと、筋肉兄貴のバージェスだ。
「まぁ、仕方あるまい。わしとしてもカーンテヒルの一部を破壊することには罪悪感を感じずにはいられぬわい」
「ふん、どうだか……まぁ、作戦は成功だ。大きな犠牲を払ったが、これで暫くの時間が稼げるはずだ」
「さよう、バージェスの言うとおりじゃ。我らは【ミルトレッチ砦】にて、次なる迎撃をおこなう。各自、体調を整え次なる戦に備えるのじゃ。して、姫よ……大丈夫か?」
「こ、これが、大丈夫に見えるか? おえっぷ」
このいかんともし難い惨状を見てげっそりした二人の大賢者は、何やら短い詠唱を唱えると、その手を掲げて力ある言葉を発した。
「『クリーン』」
天に掲げた彼らの手から清浄なる青い輝きが広がり艦橋を覆い尽くす。その輝きは猛威を振るっていた『ゲロリアン』たちを光の中へと消し去っていった。欠片すら残らず消え去った『ゲロリアン』たち、その名残が無いか確認した後に俺たちは戒めを解かれることになった。
「……流石にアレは堪える」
普段は愚痴など一言も言わない寡黙なブルトンが愚痴をこぼした。それに対して誰が否定できようか? できるはずがない。寧ろ、よく言ったと称えることだろう。
「まぁな、地獄の責め苦とまではいかないだろうが、もう勘弁だな」
肯定するのはげっそりとした表情のガイリンクードだ。彼の右腕から顔を覗かせているレヴィアタンは怒りの表情を見せている。
「このクソガキ、俺に吐瀉物を食わせようとしやがって!」
これは酷い、それは悪魔でも拷問だろうに。
「こんな時に役に立たないでどうするんだ」
「この悪魔めっ!」
……ガイリンクードは悪魔以上に悪魔だった? というか、大悪魔に悪魔って言わせるおまえは、いったいなんなんだぁ?
「おいおい、まだ安全区域に入ったわけじゃねぇぞ? 揺れるからしっかり掴まっといてくれ」
ダナンは戒めを解いたことに対しては否定的ではなかったが、まだ安全が確保できていない観点から警告を促した。それは、いまだに大きく振動する艦橋の状態からも把握できる。
各々は固定された椅子やテーブルを掴み、転倒してしまわないように己のみを護る。
もにゅん。
「だから……なんで、わちきの尻を掴むさね!?」
「このフィット感がジャストミート! 肉が俺の手を離さないっ! アカネのケツは更にできるよ……」
めこぉ。
「にべちょっ!?」
ごろごろごろ……ぐちゃ。
「ロフトォォォォォォォォォっ!」
「スラック、ヤツはもうダメだっ! 諦めろっ!」
いつもどおりの光景に安心感を覚えてしまう俺たちは、もう末期なのかもしれない。
「ふきゅん、何をやっているんだか」
「……そういうエルも、私に掴まっているじゃない」
俺ががっしりと掴まっているのはヒュリティアだ。掴まっているというよりは抱き付いているといった方がいい。
「ばつぎゅんのフィット感」
「……そう、しっかりと掴まっていてね」
ヒュリティアの握力と筋力であれば俺一人くらいは余裕であろう。うん、彼女のふかふかで温かい肌が実に素晴らしい。流石にふにふにすると怒られるので大人しくしておこう。
「何故だっ!? 食いしん坊は許されて、何故、俺は許されないっ!?」
「ふきゅん、掴む場所が酷いからだろ」
ロフトが血の涙を流しながら復活した。そして、己の主張を訴え始めたではないか。
「黙れ、そして聞けっ! アカネには掴む場所がケツしかなかった! 俺は生粋の『おっぱいマイスター』、掴む場所はそこだけにしたい! しかし、アカネのおっぱいはBであり! 掴むには厳しい! まだ成長とちゅべるくりん!?」
ロフトの主張は志半ばにて終焉を迎えた。アカネの尻尾による一撃で彼はヤヴァイ方向に首が曲がり、その場に崩れ落ちたのだ。
もう清々しいまでに欲望に忠実だった男の最期であった。すぐに復活しそうであるが、暫くは静かにしてほしいところである。
【ミルトレッチ砦】……かつてドロバンス帝国との間で戦争があった時代に建造された強固な砦であり、四百年経った今でもその機能を十分に活かすことができる要所である。
所在地はフィリミシアとアクライア山の丁度中間地点と言えようか。ここを突破されれば、もうフィリミシアは目と鼻の先ということになる。まさに最終防衛ラインだ。
兵の最大収容数およそ八万人。この事からラングステン王国の昔は、今よりもかなり人口が多かったことが窺えた。
それに加え広大な防御壁を建設、魔導兵器を随所に設置し難攻不落の要塞と化している。それほどドロバンス帝国に脅威を覚えていたという証であろう。それが今になって役立つ時が来るとは因果な物である。
駐屯していた兵の誘導に従って、いもいもベースを砦内に収容した後に、砦内にある治療室に負傷者を運び込む。これから本格的な治療をおこなうのである。ビビッド兄たちヒーラーの腕の見せ所だ。
俺たちは即座に休むようバッハ爺さんに促された。休むことも戦士の仕事である、その事をよく知っている俺たちに断る理由はない。宛がわれた部屋に赴きベッドに潜り込む。深い眠りに落ちるまでに、そう時間は掛からなかった。




