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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
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366食目 我は覇王なり

◆◆◆ ベルムート ◆◆◆


「失態だな、ベルムート」


跪き首を垂れる向こう側には忠誠を誓う陛下の姿がある。

身に着けた真紅の鎧は見る者を圧倒させる。

しかも、身の丈は二メートルを超え厚い筋肉の鎧を纏った歴戦の戦士だ。

もう四十半ばを過ぎているにもかかわらず、まったく衰えというものがなかった。


その彼だが、茶褐色の長髪をオールバックにして纏めているので、

鬼神のような恐ろしい顔が直に見えてしまう。

そんな恐ろしい顔に収まっている血のような赤い瞳に睨みつけられている、

と考えると思わず失禁しそうになってしまうのだ。


「か、返す言葉もございません」


解放軍を名乗り、我々に盾突いてきたリマス王子。

その兵力こそ少なかったものの、ヤツには闘神ダイクが付いていた。


その闘神ダイクであるが……十数年の時が過ぎかつての力は失われている、

とたかを括ったのが大きな間違いであったのだ。

リマス王子率いる『反乱軍』との決戦において、

我ら『五万』の軍は一方的に叩きのめされてしまったのである。


これに関してはワシの言い訳も通る。

何故なら……当時、陛下もダイクの強さを見誤ったのだから。


だが、今回の敗北には言い訳ができぬほどの失態だ。

二百そこそこの反乱軍を潰すのに七千五百の兵を率いて嬉々として出陣し、

その二百足らずの兵に敗れたとあってはもう覚悟を決めるしかない。

途中でラングステンの騎士団が反乱軍に合流したといっても、

たかだか千名程度であったと聞く。

何一つ、言い訳の材料が見当たらない。


リマス王子を捕らえ更なる地位を得る、という欲に目がくらんだばかりに

ワシはとんでもない窮地に立たされてしまった。

今の陛下に言い訳をするのは得策ではない。

そのようなことをすれば、この場で首を刎ねられてしまうだろう。


あぁ、先ほどから脂汗が止まらない。

ぼたぼたと流れ落ちたそれは、跪き首を垂れているワシの鼻から滴り、

謁見の間の床に小さな池を作りだしていた。


「さて、この失態をどう贖う?」


「……っ!? こ、この私めに汚名をそそぐ機会をくださるとっ!?」


意外なことに陛下はワシに機会を与えてくださった。

十中八九、ワシは磔にされるものだと怯えていたのに、

この想像にもしなかった展開に思わず顔を上げてしまった。


「このベルムート、粉骨砕身の覚悟で事に当たりまする!」


最後のチャンスだ。

これをしくじることがあれば本当にお終いだ。

今まで築き上げた地位も財産も、そして命すら失ってしまうだろう。


「よかろう、それほどの覚悟があるのであれば、おまえに『力』を授ける」


陛下の隣に控えていた『女』が静かに歩み寄ってきた。

そして、ワシの目の前で握っていた手を開いたのだ。

その傷一つ無い白い手には、小さなドス黒い『種』が収まっていた。


「その種はおまえの秘めた『力』を解放させる。

 我に忠誠を誓うのであれば、この場で飲み干すがいい」


「ははぁぁぁぁぁっ! 仰せのままにっ!!」


ここで躊躇えば、折角開けた道が閉ざされてしまう。

いささか気味の悪い種であるが噛まずに飲み込める大きさだ。

一気に飲み込んでしまうとしよう。


ワシは二人が見守る中、ドス黒い種をごくりと飲み込んだ。


「よし……行け、ベルムート。今度こそリマス王子を抹殺せよ」


「ははっ、ハーイン様の仰せのままに……」


どうしたことか? 意識が朦朧とする。

それなのに身体はかつてないほど機敏に動き、

腹の底から力が溢れて止まることを知らない。


ワシの意思を無視して動く手足をなんとかしようともがくも徒労に終わる。

いったい、どうなってしまったのだ、ワシはっ!?


『ご苦労だったな、おまえの役目はもう終わった』


頭の中にワシとは違う男の声が響いた。


『俺がおまえの後始末をしてやろう。ぐっすりと眠るがいい。

 もう、目覚めることはないがな。くっくっく……』


どういう……こ……とだ……? ワ……シは……?




◆◆◆ ハーイン ◆◆◆


「うふふ、ハーイン様も怖い方ね?

 統一戦争から、ずっと付き従っていた部下だったのでしょう?」


「あぁ」


ベルムートだった者が立ち去り、謁見の間は俺と彼女しかいなくなった。

予め他の者には入ってこぬように伝えてある。

それを知ってか知らずか、

彼女は俺の腕を自分の豊満な胸に抱き込み寄りかかってきた。

彼女の付けるバラの香水の香りが鼻腔に侵入してくる。


「アレはもう役には立たんからな。

 せめて最後くらいは役に立ってもらわなくてはな」


「まぁ、やっぱり怖いお方だわ」


そう言ってわざとらしく怯えた振りをする彼女の顎を引き寄せ、

俺は柔らかな唇に自分の唇を重ねた。

その弾みで頭に着けていた黄金の髪かざりが音を鳴らして揺れる。


「おしゃべりな口だ」


「うふふ、だって……女ですもの」


おどける彼女が愛おしくて、折れそうなほど細い腰に手を回し

彼女が壊れぬよう細心の注意を払って抱きしめた。


「おまえが望む物は全て俺が手に入れてやる。

 だから、おまえは俺の傍にいろ、エリス」


「はい、ハーイン様」


エリスの青みがかった細く長い髪を撫でる。

彼女はこれ以上ないほど幸せな表情で、その身を俺に預けた。

このひと時が俺にとってこの上ない幸福な時間であることは疑いようがない。


ティアリ王マルク、かつての友よ。おまえは俺を蔑むだろう。

だが、俺にはこの道以外を選ぶことができなかった。

それほどまでに俺の愛した女は傷付き、疲労し、孤独だったのだ。


「全ての者が我らに仇なそうとも、その全てを平伏させてみせよう。

 たとえ……それが女神マイアスであろうともな」


「……はい」


女神マイアスの名を聞き、身体を振るわせるエリスを抱きしめる。

その震えが止まるよう祈りを込めて。


「ここから始まるのだ。俺とおまえと……義兄達の望む世界がな」


「はい、はいっ!」


俺と同じ赤い瞳から涙を流すエリス。

その涙はか細い松明の光に照らされ輝いていた。

俺は堪らず彼女の顔を手で優しく包み上げ、再び唇を重ね合う。


彼女がどんなに穢れきっていると涙ながらに言っても、

また俺を利用するために近付いただけ、と言っても気にも留めなかった。

そんなことはどうでもよかったのだ。


どんなに化粧で誤魔化しても、どんなに別の自分を演じても、

俺の目には、いつも同じ姿の彼女しか映らなかった。


俺の目に映ったのは……愛に飢えて彷徨う一人の女性であったのだ。

この哀れな女を見捨てることなどできない。


彼女を満たせるのであれば、俺は『鬼』にでもなってみせる。

俺は多くの民よりも、一人の女を選ぶ。


覚悟せよリマス。この国は俺がいただく。最も『か弱き者達』のために。

それが成った暁には世界をも平らげてくれよう。


さぁ世界よ、我が前に平伏すがいい。

そして……この血塗られた道を歩む我に恐怖せよ。


我は……『覇王』なり。

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