表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
349/800

349食目 小さな星空

 タカアキ様のお宅での、穏やかなひと時を過ごした私達は玄関ホールにて、

 見送りに来てくれた彼らにお礼を言って別れを告げた。


 しかし、エルティナちゃんが遠ざかって行くと、

 ヒカル様が泣き出してしまい、なかなか帰るに帰れない事態になったのである。

 何故ならば、その泣きっぷりがまるで今生の別れのように激しく、

 道行く通行人にあらぬ疑いを掛けれられかねないので、

 ヒカル様の下へ戻らざるを得なかったのだ。


 尚、戻るとピタリと泣き止み笑顔を見せる。可愛い。


 しかしながら、これではいつまで経っても帰れない。

 どうすればいいものかと思案に暮れていると、

 気を利かせてくれたエレノアさんが、

 先にヒカル様を家の中に連れて戻ってくれたので、

 その隙にその場を離れ、なんとかヒーラー協会に戻ることができたのだ。


 エルティナちゃんは随分とヒカル様に気に入られたようで、

 彼女は「うー、うー」と、しきりに短い手をエルティナちゃんに伸ばしていた。

 その様子がとても可愛らしくて思わず頬が緩んでしまったものだ。




「ふむ、彼女も変わりなくて安心した」


 戻る途中で寝てしまったエルティナちゃんを

 特製のベッドに寝かしつけたスラストさんは、

 エレノアさんの元気な姿を見て安心したようだ。


 彼は彼女の授乳の際の豹変ぶりに気が付いていない。

 部屋にいなかったのだから当たり前なのだが、

 その時の彼女を見たものなら、在りし日のエルティナちゃんのように

 白目痙攣してしまうことは明らかであった。


「え、えぇ、まぁ……元気でよかったですね」


 私はなんとか口を合わせることに成功していた。

 まさか事実を彼に伝えるなんて酷な事は、とてもじゃないができない。

 というか口が裂けても言いたくない。


「エルティナも寝たことだし、俺は書類を纏めてくる」


「国王様に提出する書類ですか?」


「あぁ……レイエンは十分働いたからな。

 そろそろ、ゆっくりさせてやりたい」


 ギルドマスターのレイエンさんは、

 フィリミシア城に怪物が襲って来た際に負傷した人達を放っては置けず、

 体の負担になることがわかっているにもかかわらず、

 無理をとおして負傷者を治療し続け……遂に倒れてしまったのだ。

 現在は自宅にて療養中であるが、再び現場に復帰するのは無理だろう、

 というのがスラストさんの考えであった。


 確かに、これ以上無理をさせれば命にかかわるだろう。

 だが彼はこのヒーラー協会にとって、いなくてはならない大黒柱だった。

 にもかかわらず、スラストさんが決断した要因には……

 とある人物の急成長があったのだ。


 ビビッド・マクシフォード。


 彼はいつの間にか、私達の世代の出世頭にのし上がっていた。

 現在はサブマスター補佐という地位にいるが、

 スラストさんがギルドマスターに就任すれば、

 間違いなくサブギルドマスターに収まるだろう。


 ティファニーさんと結ばれ、子を授かった時を境に彼は何かが変わった。

 それまでは弱気であった彼は、しっかりとした信念を持ち、

 一本筋が通った固い意思を示すようになったのだ。

 しかもヒーラーとしての腕前も、私では到底敵わないほどの上達ぶりである。

 昔は『どんぐりの背比べ』だったことが嘘のようだ。


「今までは無理だったが……ビビッドがいてくれる今を置いて、

 あいつを休ませてやれる機会はない。

 このままでは最悪の結末しか見えないからな」


「……そうですね」


 レイエンさんは私達にとって頼りになるリーダーであると同時に、

 私達を優しく諭し、手を引いて導いてくれる

 お兄さんのような存在であったのだ。

 彼がいなくなってしまうことを信じられない自分がいるのも確かであるが、

 本当に彼のことを想うのであれば、

 ここは心を鬼にしてでも送りださねばならないだろう。

 失ってからでは遅いのだ。


 私達はデイモンドさんが亡くなってしまった時に、

 それを嫌というほど思い知らされたのだから。


「……そんな顔をするな、レイエンが死ぬわけではないんだ。

 たまには紅茶を淹れに来るだろうさ、ここにはエルティナがいるのだからな」


 私の頭に彼の大きく硬い手が載せられ、わしわしと撫でられた。


 そんなに私は情けない表情をしていたのだろうか?

 自分では確認できないことにモヤモヤしたものが心に充満し掛けたが、

 彼の手から伝わる優しさが、それを払い除けてくれた。


「……はい」


「うむ、それではエルティナを頼む」


 スラストさんは、そう言い残して静かに部屋を後にした。

 部屋に残ったのは、私とエルティナちゃんだけだ。


 ルドルフさんは、別の部屋で女性用の服に渋々着替えていることだろう。

 その着替えを手伝うチゲは、着付けがとても上手になったそうだ。

 なんとも器用な子である。


 相変わらずエルティナちゃんは、ルドルフさんが女性用の服以外を着ると、

「ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん」と鳴きまくり不満を訴える。

 赤子にしてこだわりを追求するのは、呆れを通り越して見事と言えよう。


「はぁ、仕方がないとはいえ……結構キますね」


 わかってはいるが納得はできない。

 暫くの間はレイエンさんの後姿を探してしまいそうな自分がいる。

 でもある意味、エルティナちゃんが何もわからない時に引退できるのは、

 女神様の計らいなのかもしれない。


 エルティナちゃんがこんな状態でなければ、

 確実に一悶着あったに違いないからだ。


「エルティナちゃんが来てからというもの……

 立て続けに色々なことがあったなぁ」


 この子が来てからヒーラー協会は変わった。もちろん良い意味でだ。

 そんな中、来る者、去る者……さまざまな人達が入れ替わり、

 ヒーラー協会は大きくなっていった。


 若手ヒーラーだった未熟な私にも多くの後輩ができた。

 教わる側だった時間は過ぎ、今では教える側に立っている。

 きっとこれからもっと後輩は増えてゆくことだろう。

 そして、去って行く人達も増えてゆくのだ。

 時が経てば、私もレイエンさんのように引退し、

 このヒーラー協会を去って行くことだろう。


 その時……私は笑顔で立ち去ることができるだろうか?

 大切な思い出が多く詰まり過ぎた、この第二の我が家を……。


 私は光るキノコに「明かりを消して」とお願いした。

 キノコは私の心情を察してくれたのか、

 プルプルと身を震わせた後に、すっと輝くのを止めてくれた。

 部屋に点在するヒカリゴケだけが暗闇の中で優しく輝き、

 そこに満天の星空が突如現れたかのような錯覚に陥る。


「……綺麗」


 その美しさに目を細めると目から滴が流れ落ちた。

 こんな情けない顔をエルティナちゃんに見せるわけにはいかない。

 私は心が落ち着くまで、小さな星空の中に身を預けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ