318食目 竜対吸血鬼
黄金の竜との戦いは始まった……のだが。
「アワビュッ!?」
「お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
金色トカゲの丸太のような尾がしなり、油断していたお父様を引っ叩いた。
頭部は見るも無残に弾け飛んでいる。
このことから吸血鬼の頑強な肉体を、
容易に破壊するだけの筋力を備えていることがわかった。
というか……お父様は油断し過ぎである。
いくら肉体が再生するとはいえ、
今は満月でないので痛みは伝わってくるのだ。
肉体をバラバラにされても滅びはしないだろうが、
精神が参ってしまっては結局のところ滅びてしまうのである。
ものの数秒で頭部を再生したお父様は、お手製の櫛で髪を整えながら言った。
「あいたたた……超再生能力が発動していても、痛いものは痛いな。
きみ! 私が吸血鬼でなければ死んでいたぞ!」
「HEY、ヴァンパイア! 悪いがツッコませてもらうぜ!
お宅……元々死んでね?」
「おっと、これはうっかり」
「「HAHAHAHAHAHAHA!」」
「戦闘中のノリツッコミとボケはご法度ですわ! お父様!
それに厳密に言えば、わたくし達は死んでいませんことよ!」
「ええい、真面目に戦わんか! マイクもいちいち構うな!」
なんという緊張感のなさであろうか。
数十年はまともな戦闘をおこなっていないと言っていたお父様であるが、
ここまでおつむに、お花畑が咲き誇っているとは思わなかった。
「おぉ、娘に怒られてしまった。
しかし、きみとは戦場で出会いたくはなかったな。
別の出会いを果たしていれば、良い友人になれただろう」
「俺っちもだよ、ダンディヴァンパイア。
でも、出会っちまったからには、互いの信念と誇りを掛けて、
戦うしかないよなぁ?」
ここでようやく真面目に戦う気になったのか、油断なく身構えるお父様。
その様子に不覚にも安堵してしまう。
さぁ、わたくしに格好良いお父様の姿を見せてくださいまし。
「それではブラドー・クイン・ハーツ、参りますぞ!」
「その娘ブランナ、ここが貴方の墓場ですわ!」
「怒竜のシグルドだ! 汝らを踏み越えて我は先へと進む!」
今度こそ互いの信念と誇りを賭けた戦いが始まった。
怒竜のシグルドと肉弾戦をおこなうのはお父様だ。
ああ見えても、わたくしでは及ばないほどの肉体的強さを持っている。
私は〈呪詛〉を用いてお父様を援護するのが役割だ。
この呪詛は言葉どおりの能力で、
相手を呪って不都合なことを起こさせるスキルである。
要は相手の能力の低下を確率で発生させる博打じみたものであるが、
発動させてしまえば一定時間こちらが有利になることは言うまでもない。
呪詛の発動には魔力の代わりに〈呪い〉を使用する。
これは恨みや、嫉妬、憎悪、殺意といった、
負の感情からエネルギーを取り出したものを、
わたくし達吸血鬼の体内にて熟成させたものだ。
取り出したばかりでは量は多いいが質が悪く、
呪詛の成功率が著しく低下してしまう。
残念なことに呪詛は成功率が低いので、
なるべく熟成させて成功率を高めてから使用するのがセオリーなのだ。
「呪われろ! 呪詛〈虚弱〉!!」
わたくしの右てより呪われし紫色の光の束が生れ出て、
黄金の竜へとそのおぞましい触手を伸ばした。
「うおっ!? パパはそんな気はないぞ!!
あ……でも、新境地に目覚めそう」
「何故、そこに避けてくるのですか!!」
なんということだろうか。
お父様の〈ドジっ子〉スキルによって、
わたくしの呪詛はシグルドに届くことはなかった。
彼の攻撃を避けたお父様に命中してしまたのだ。
「あふん、なんか……もの凄くだっる~い」
挙句の果てに、お父様は呪われてしまい能力が低下してしまう。
こういう時だけ呪詛が成功するのは、本当にやめて欲しい。
「うぬ、どうやら厄介な能力を持っているようだ」
「あぁ、ブラザー、アレは能力低下系の特殊スキルだ。
当たるんじゃないぜ? レジストはするけど全部防げるかはわからないぜ」
レジストは勘弁して欲しい。
せっかく発動しても抵抗されたら悲しくなる。
「ブランナ~、パパ怠いから土の中で寝てもいいかな?」
「あぁもう! 元気印の一本を飲んでくださいまし!」
「おぉ、そうだった。元気がない時はこの一本」
お父様は、もそもそとやる気なさそうに、懐から一本の試験管を取り出す。
その試験管の中には月夜に照らされて美しく輝く、
葡萄酒のような液体が入っていた。
そして、蓋であるコルクを引き抜き、お父様は一気に喉に流し込んだ。
「効くぜなぁぁぁぁぁっ! やはり、滋養強壮にはエル様の血だ!」
すると、まるで嘘のように人が変わったではないか。
というか、本当に変わり過ぎである。
オールバックにしていた髪は逆立ち、
パンフアップされた身体は服を引き裂き見事な肉体を覗かせていた。
身体から溢れる青白いオーラは、肉体に収まりきらない魔力だろう。
「あー!? 秘蔵の一張羅が!!」
両手で顔を覆い悲しみに暮れる筋肉ダルマ。
破れてしまった服は長年大切に扱ってきた思い出の品であるらしい。
どこまでも締まらない人である。
「おのれ、絶対に許さん……絶対にだ!!」
「汝の自爆ではないか」
あ、突っ込まれてまた塞ぎ込んだ。
どうもお父様はメンタルが弱過ぎる。
ここはわたくしも前衛に出た方が良さそうだ。
「お父様! しっかりなさってくださいまし!
二人で攻撃を仕かけましょうですわ!」
「あ、うん。よ~し、パパがんばっちゃうぞ~!」
取り敢えずはわたくしに良い恰好を見せようと、
やる気を取り戻してくれたようだ。
わたくし達は左右に分かれてシグルドに攻撃を加える。
流石に素手での攻撃は無理と判断し、
わたくしは、〈フリースペース〉より大ぶりの鎌、
〈ブラッディクレセント〉を取り出す。
暫く庭の草刈りにしか使っていなかった血の滴るような赤い刃も、
久々の獲物とあって嬉しそうである。
これはわたくしが亡き母より譲り受けた逸品で、
知る人ぞ知る名刀であるのだ。
多くの名刀には特殊能力が備わっており、
このブラッディクレセントも例外ではない。
この赤き刃は相手の血を吸うことによって、さまざまな効果を発揮する。
つまり……血を吸わせなければ、ただの鋭い刃でしかない。
一方、お父様は拳を『握った』。
ようやく本気になったらしい。
彼はいつも「自分はスロースターターなんだ」と言っていた。
わたくしは、その言葉を信じたい。
「さぁ、受けよ! 我が必殺の拳を!
本当に久しぶりの本気だから当たってくれ!」
「最後のセリフがなければ最高でしたわ」
お父様の拳は黄金の竜の右肩に命中し、頑強な鱗を容易く砕いた。
できれば骨まで砕けていて欲しいものだが、そう上手くはいかないだろう。
わたくしはシグルドの左側から切り掛かるも、
赤い刃は残念ながら黄金の鱗に阻まれ、肉体を切りき刻むには至らなかった。
その鱗を砕くお父様の拳は、やはりとてつもない威力をもっているのだろう。
「見たか! 私の拳の威力を! ブランナ、パパやったよ……たわばっ!?」
「だから、油断し過ぎですわ! 一撃で手を休めないでくださいまし!」
ガルンドラゴンの前足による一撃で、
地面にめり込んだお父様を素早く引き抜く。
戦いはこれからだ。
かなりお間抜けなお父様を支えながら、上手く立ち回らなければ。
わたくし達の戦いは、いよいよ佳境を迎えようとしているのであった。




