317食目 吸血鬼二人
◆◆◆ブランナ◆◆◆
「お父様、来ましたわ」
「うむ、わかっている。
我が種族を衰退せしめた宿敵が、遂にやって来たな」
眼前には手負いの黄金の竜が、ギラつく眼光をわたくし達に向けている。
彼ら竜は我々ヴァンパイアにとって忌々しき存在。
ただでさえ忌々しいというのに、
よりにもよってエル様を付け狙うとは言語道断!
理由など聞くまでもない、肉片も残さずこの世から消えてもらう!
「そこを通してもらう」
驚くことに、知能の欠片もなさそうな黄金のトカゲが人の言葉を操った。
よくよく見れば、その瞳には知性の輝きが見て取れる。
他の低脳トカゲ供とは違うようだ。
「お断りいたしますわ」
「そのとおりだ。
エル様に害をなす者は、このブラドー・クイン・ハーツが許さぬ」
お父様のいうとおり、いかなる理由があろうとも、
エル様に害をなす者は許すわけにはいかない。
主人を守るのが臣下である我らハーツ家の使命であるのだ。
加えてこの月夜での活躍を逃せば、もう出番がなくなるかもしれない。
わたくし達もいろいろと崖っぷちなのだ。
この絶好のチャンス、必ずやものにしてみせる!
「やはり、話し合いでは済まぬようだな。
ならば⋯⋯押し通る!!」
黄金の竜より放たれたのは凄まじいまでの闘気。
それは今まで感じたことのないものであった。
これほどまでに強い決意と覚悟を持った闘気など、
わたくしは知り得ない。
「ブランナ⋯⋯パパ、チビりそう」
「しっかりしてくださいまし!
誕生パーティーを寝坊して遅れた分をここで取り戻さないと、
エル様に合わせる顔がございませんことよ!」
そう、我が父ブラドーはエル様の誕生パーティー前日に、
着て行く衣装を吟味し過ぎ、朝遅くまで起きていたのである。
その結果、うっかり寝過ごしたため誕生パーティーに遅刻し、
慌てて駆け付けた時には大騒動の真っ最中。
わたくしがお父様に、エル様がデクス山に向かったとの情報を与えると、
山に到着はしたものの、今度は遭難していまうという醜態を晒してしまった。
そう、お父様は究極の〈ドジっ子〉スキルを持っているのだ。
お父様はいつも真剣で真面目で一途であるが、
このスキルのせいでいつも失敗ばかりだ。
何も良いことなどない、これは女神マイアスの呪いと言ってもいいだろう。
「う、うむ。そうであったな。
ここで竜退治を完遂させ、汚名を挽回する!」
「汚名は返上するものですわ! お父様!」
わたくしがそう指摘すると、お父様は顔を手で覆って塞ぎ込んでしまった。
あぁもう、お母様が生きていてくれたら、こんなことには……。
「漫才は終わりか? そろそろ仕掛けさせてもらう!」
そして、場の空気を読まない金色トカゲ。
場の空気を読んで、ボケてくれるエル様のありがたみを改めて知る形となった。
「来ましたわよ! お父様! ほら、いじけてないで迎撃してくださいまし!」
「うぐぐ、パパ、ショックで立ち直れない」
だが時間は待ってはくれないのだ。
お父様を無理やり立たせて格好だけは付けさせる。
まったく、世話が焼ける人だ。
でも……わたくしが物心付く前は、
きっとこれ以上に、お父様達に世話を掛けていたのだろう。
それならば、これくらいの世話など小さいことだ。
「汝らに時間を掛けている余裕はない。
小さき強者エルティナが、我を待っていてくれているのだ!
滅せよ! 不死者共よ!!」
金色トカゲが、こともあろうに魔法を放ってきた。
しかも、対アンデッド用に開発された、
光属性下級攻撃魔法〈シャイニングボール〉である。
冗談ではない。
こんなものが直撃したら、わたくし達は体を維持できなくなってしまう。
なんとしても回避しなくては。
放たれた光の玉の数は多くはない。
だが……時間差で放たれている光の玉は非常に回避しにくかった。
避ける方に、避ける方に光の玉が飛んでくるのだ。
このままでは、直撃するのも時間の問題である。
「あばばばばばばばばばばばば!?」
「お、お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
避けるどころか全弾命中しているのはお父様だ。
しかも避ける方向に光の玉があるので、
自ら当たりに行っているように見える。
「芸人根性、極まれりってヤツだな」
「そんなものは知らぬ」
金色トカゲの口から別人の声が発せられた。
わたくし達はこの現象を知っている。
ダナンからの報告は本当だったのだ。
信じたくはないが……この金色トカゲはエル様と同じ桃使い!
「ぐおぉぉぉぉぉぉ……!!」
お父様の断末魔の叫びが、人気のないデクス山に響いた。
なんてこと、こんな何も結果を残せず消えてゆく雑魚キャラのように、
お父様が消滅してしまうなんて!
「ぉぉぉぉぉぉぉ……あれ? 痛くないぞ?」
「へ?」
強力な〈シャイニングボール〉が全弾命中したにもかかわらず、
お父様の肉体はまったく損傷していなかった。
これはいったい、どういうことなのだろうか?
もしかしたら、デイライトウォーカーになるための訓練が、
光属性の攻撃魔法の耐性を高めたのであろうか?
攻撃を放った金色トカゲも驚いた表情を見せた。
「ええい、この異世界の法則も当てにならないぜ。
楽に勝てると思ったのになぁ。
ブラザー、桃力で浄化しちまおう!
桃力は陽の力! 不浄なる者にとっては最悪の力だぜ!」
「わかった、我が咆哮に陽の力を載せて放たん!」
続けて金色トカゲは咆哮に、ピンク色に光る力を載せて放ってきた。
それは広範囲であり速度も速く、回避は困難であったのだが……。
「……あら? この力は感じた覚えがありますわ」
「うん、パパもだ。
あ~わかった、エル様の力に似ているな」
やはり金色トカゲの攻撃は、わたくし達には通用しなかった。
この攻撃も不死者にとっては致命的であることは理解できる。
しかし、どうやらわたくし達は護られているようなのだ。
偉大なるエル様の血の力によって……!!
「くっくっく……だったらいける!」
「急に強気になりましたわね、お父様」
吸血鬼の最も苦手とする攻撃が無効化できている。
加えて月の加護による超再生能力が発動中である。
満月でもないのに何故、超再生能力が発動しているかはさておき、
わたくし達に運が味方している、ということだけはわかっている。
これは間違いなく、エル様を護れと月が言っているのだろう。
それならば……!
「金色トカゲ! 月に変わって……成敗して差し上げますわ!」
「あー! それ、パパも言いたかった!」
油断なく身構える黄金の竜。
さぁ、わたくし達の時間はこれからだ。
その黄金の身体を赤い、赤ぁい血で染め上げて差し上げますわ。
神秘的な三日月が我らを照らす中、
吸血鬼の威厳と、エル様を護るための戦いが始まるのであった。
◆ブラドー・クイン・ハーツ◆〈本格的な登場は238食目から〉
吸血鬼の男性。187歳。ハーツ家当主。
ブランナの父親。
妻のリアンナはブランナが三歳の時に死別している。
黒髪のオールバックにちょび髭が良く似合う中年の紳士。
瞳の色は赤。
基本的におっちょこちょいで、落ち着きがない。
非常に娘想いであり、彼女のためであれば苦労も厭わない。
黙って大人しくしていれば、
威厳ある古き良き時代のヴァンパイアである。
得物は業物のレイピアであったが、金を工面すべく売り払ってしまった。
最近は〈もやし〉を育てているらしい。




