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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第七章 逆襲のガルンドラゴン~シグルドの挑戦~
309/800

309食目 桃使いの資格

 ◆◆◆ シグルド ◆◆◆


 鼻腔に入ってくる血の香り。

 それは命の香りだ。


 マイクの指示どおりに動き、その結果……数頭の黒い牛の群れに遭遇した。

 我が仕留めたのは年老いた大きな牛。

 老齢で動きが鈍っていたので仕留めるのは容易であった。


 これは弱肉強食の掟。

 自然界において、身体的に劣る者は食われてゆく定めなのだ。

 特に子供と老人は率先して狙われる傾向にある。

 それは、捕食者が獲物を仕留める確率を少しでも上げるためだ。


 狩りにおいて、獲物を発見すること自体難しい。

 適当に探し回って、すぐに見つけれるというものではない。

 それに見つけたとしても、

 大半の非捕食者は逃げ足が速いので、取り逃がすこともたびたびある。

 故に捕食者は確実に仕留められる弱者を選ぶのだ。


 それは、大自然が定めたふるいであるのだろう。

 優秀な者が子孫を残し繁栄してゆく。

 それを古の時代から繰り返しているのだ。


「おまえの命、無駄にはせん……我と共に生きよ」


『ブラザー、おまえさんが桃使いになれた理由……なんとなくわかったぜ』


 我の糧になってくれた者に感謝を捧げていると、

 マイクが唐突にそのようなことを言ってきた。


『桃使いも生きるために他者の命を取り込むんだが、

 その際に深く感謝を捧げないといけないんだ。

 俺っちは、たま~に忘れるんだが……

 ブラザーは言われなくてもやっているんだな。

 それは、桃使いになる前からやっていたのか?』


 マイクに言われて初めて気付くこともある。

 今回のこともそうだ。


 我はいつから、食らった者に深く感謝を捧げていたのだろうか?

 恐らくは……幼少の頃だと思う。

 あの時は自分で獲物が仕留められず、飢えて飢えて狂いそうだった。

 そんな折、一匹の鶏を仕留めた覚えがある。


 そうだ、あの時からだ。

 我が糧になってくれた者に感謝を捧げ始めたのは。


 本当に美味しかった。

 本当に満ち足りた。

 本当に生きていてよかったと思った。


 涙が溢れて止まらなかった。


「そうだな……桃使いになる前からだ」


『そっか、やっぱ素質あったんだよ、ブラザー』


 月夜の冷たい輝きが我を照らす。

 その冷たい輝きが、戦闘で火照った身体を丁度良い温度に調整してくれた。


 あの時も、このような月だったな。

〈シグルド〉に誓った咆哮……その時も月は我らを見つめていた。


「行こうマイク。

 エルティナが我らを待っている」


『OK、行こうか、ブラザー!』


 桃力は全快とはいかないものの、半分以上は回復した。

 また一つ命を背負い、生きるために走り出す。

 我の歩みが止まる時……それは死ぬ時だ。

 今はただ、駆け抜けるのみ。




『ブラザー、ストップだ! ここら一帯にトラップが仕掛けられている!』


『なんだと!?』


 再び移動を開始してから十分程度経過した頃、

 マイクが前方に罠が設置されていることを察知し我を止めた。


 注意深く見てみると、地面が掘り起こされたような跡がそこかしこにあった。

 夜の薄暗い中では、なかなか気付きにくいような罠である。


「小賢しいマネを」


 普通の者が設置した罠であったのであれば、

 踏み付けて粉砕してやるところだが、

 今相手にしている者達は普通ではない。

 我らの想像を容易に超えてくるような少年少女達なのだ。

 よって、ここは慎重に進まなければ痛い目に遭うことだろう。


『ええっとぉ、設置された罠は……とりもち地雷? なんだそれ?』


『マイクでもわからんのか?』


『あぁ、検索してみる。

 絶対に踏むんじゃないぜ、ブラザー』


『うむ』


 我はマイクに言われたとおり、その場に待機し報告を待った。

 しかし、ただ待っているというのも退屈なものである。

 我はどうやら無意識の内に尻尾を動かしていたらしい。

 それが運悪く、地面に設置された罠の一つに当たり作動させてしまった。


「ぬおっ!?」


『ちょっ!? 何やってんの、ブラザー!』


 爆発と共に、何やらねばねばした物が尻尾に絡みついてきた。

 白くて甘い香りがする不思議な物体だ。


『あぁ~やっちまった。

 そいつは〈もち米〉を突いて柔らかくしたものだそうだ。

 ねばねばして取れにくいそうだぜ。完全に嫌がらせだな』


『うぬ、くっ付いて剥がれんぞ……それに、物凄い粘り気だ。

 我でも動かすのに苦労する』


 取れにくいというものではない、

 しっかりとくっ付いて我を逃がさんと繋ぎ止めているかのようだ。


『はぁ? そんなわけ……あったわ。

 特殊な接着剤を混ぜ込んでいるみたいだぜ。

 しょぼいトラップかと思ったらそうでもなかった。

 ブラザー、桃力で固めて粉砕してくれ!』


 我は言われたとおりに〈もち〉と呼ばれた奇妙な物体を桃力で固め、

 粉砕することに成功した。


 やれやれ、せっかく回復させた桃力をこのようなことで消費するとは。

 我もまだまだ落ち着きが足りぬな……。




 ◆◆◆ ダナン ◆◆◆


「マジかよ……桃力だ」


 俺とゴードンとウルジェの傑作、〈とりもち地雷〉が簡単に除去されてしまった。

 こいつにかかれば、強靭な戦士でさえ身動きが取れなくなるような強力な物だ。

 しかも、特殊な接着剤をもちに混ぜ込んであるので、

 そう簡単に取れないという代物である。


 この罠は時間稼ぎや、

 相手の身動きを封じて袋叩きにするために開発したもので、

 プロトタイプはユウユウとの演習で効果が実証されている。


 正直、自信作であったので、

 こうも簡単に外されてしまうのはショックであった。 

 でもまぁ、除去されるのは仕方がないとして、その方法が問題だ。


 桃色に輝く光がもちに付いた瞬間、

 もちはカチカチに固まって砕け散ってしまったのである。

 見間違いようがない……あれは桃力だ。

 つまり、あのガルンドラゴンは〈桃使い〉だということになる。

 トウヤさんの報告は本当だったということだ。


 バカな……桃使いは愛と勇気と努力の戦士。

 とてもドラゴンなんかが、なりえるような存在じゃない。

 何かの間違いではないのだろうか?


「ということは、あのガルンドラゴンは桃使いだということ?」


 地雷を器用に避けながらゆっくり進む黄金の竜を、

 油断なく監視しするフォルテが俺に訊ねてくる。


「信じられないことだが間違いないな。

 あの輝きは陽の力……桃力だ」


 誰ともつかない息の飲む声が聞こえた。

 この場にいる皆が理解したのだ。


 このままだと、桃使いと桃使いの決闘が始まってしまうと。


「冗談じゃねぇぞ。

 これから数年後に鬼との決戦があるっていうのに、

 最大の戦力である桃使い同士が殺し合いをするだなんて……!」


 ロフトのいうことはわかる。

 鬼にとって、最大の脅威は桃使いだ。


 この世界に侵入してきた鬼に対抗するためには、

 少しでも多くの戦力が必要になる。

 その最大戦力同士が潰し合いをするというのだ。

 愚痴も言いたくなるだろう。


 最大の問題は……当人達がやる気満々だということだ。

 もう説得など通用しないだろう。

 それほどまでに、覚悟が完了してしまっているらしい。


「まいったなぁ……僕達でなんとかしないといけないってことじゃないか」


 フォルテがボサボサの頭をポリポリと掻き、

 姿勢を低くして移動を開始した。


「よし、渓谷に向かった連中と合流だ。

 フォルテ、もう俺達の場所はバレてるから全力で走っていいぞ」


「えっ!? そうなの?」


 桃使いであるなら、当然〈桃先輩〉が憑いているに決まっている。

 レーダーで俺達の場所なんて簡単に把握されているだろう。

 桃仙術に位置を誤魔化す〈幻所げんしょ〉というものがあるのだが、

 俺ではまだ扱えないため隠れていても意味がない。

 それならば、いっそ開き直って全力で目的地に向かう方が賢いというものだ。


「あぁ、まったく……想定外なことばかりだぜ!」


 暗闇に紛れ、俺達は渓谷で罠を張っているであろう仲間の下へ、

 全力で駆けて行くのであった。

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