292食目 シャイニングレオ
意識が戻ると、泣きそうな顔をしているエルの顔が目に映った。
同時に体中に走る痛みもだ。
特に胸の痛みは尋常ではない。
「ライオット、おまえ……なんて無茶を!」
こんなんじゃいけないな、彼女を護るのであれば心をも守らなくては。
そうだ、この手でエルの全てを護ってみせる。
理由はわからない。
いや、わからなかった。
俺の中にいるもう一人の俺との対話を終えた時、
何故、俺がエルを護ろうとしていたのかはっきりとわかった。
『ぼくは「彼女」との約束を守るために、何人もの獅子の獣人の魂に宿った。
何人もの獅子の獣人達に力を貸したけど、
ぼくの下にまでやってきたのは……ライオット、きみだけだ。
今こそ話そう、ぼくの……ぼく達が存在する意味を』
俺は……いや、俺達は彼女の『永遠の守護者』。
この拳は、今も昔も大切な人を護るためにある。
「ライオットッ!!」
プルルの叫び。
「ライ! 手を離して避けろ!!」
エルの叫び。
「にゃ~~~~~~~~~~~~ん!!」
シシオウの叫び。
全ては俺に力がなかったが故に上げさせてしまっった。
だから、もう……上げさせはしない。
目覚めの時は来た、約束は再び……ここから始まる。
「燃え上がれ、『ライオンハート』! 獅子の咆哮を今ここに!」
俺は深い闇の中で体得した『ライオンハート』を使用し、
もう一人の俺の力を引き出した。
『さぁ、行こう。ぼく達の大切な人を護るために!
今こそ、ぼく達「シャイニングレオ」の力を示すんだ!』
俺の身体から黄金に輝く光が溢れる。
その光は命の光、闇に染まる世界を照らす希望の力。
胸からは赤く燃え盛る炎が溢れ、俺の冷え切った肉体を瞬時に温める。
温まった肉体は、最大限の力を振るうに最適な状態を保つ。
損傷した肉体は一瞬にして再生してゆく。
元々獣人が持つ自然治癒能力は人間の比ではないが、
それを凌駕する超再生能力だ。
めきめきと音を立て、筋肉が膨張する。
俺の眠っていた肉体が俺達の呼びかけに応え、
その秘めたる力を解き放ったのだ。
ここに至り、俺の全ては俺達の意思に従い、
ただ一人の女性を護るために、その力を解放したのである。
俺は……『俺達』は、力の限り叫んだ!!
聞け!『輝きの獅子』の産声を!!
「シャァァァァァイニング・レオォォォォォォォォォォッ!!」
俺の咆哮と共に『シャイニングレオ』はこの世に再誕した。
先祖返りなど比較にならないほどの力が溢れ出てくる。
これが、俺の……『俺達の力』だ!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺は体に満ちる力を一気に放出し俺に向かってくる触手や、
エルに絡まっている触手を粉々に砕いた。
「これは……陽の力!? 桃力以外に、このような力が!!」
桃先輩の声がエルの小さな口から発せられた。
当然だ、この力は元々そのための力なのだから。
さぁ、反撃開始だ!
今まで、好き放題やってくれた礼はさせてもらうぜ!!
「うおぉぉぉぉぉ!『獅子咆哮波』!!」
俺は鬼に向けて『獅子咆哮波』を放つ。
今まで放っていたものとは比較にすらならない。
その巨大な黄金の竜巻が鬼を飲み込んだ。
「いぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
鬼の肉体の二割ほどが吹き飛び、黄金の光の粒となって天に昇ってゆく。
恐らく、この鬼は今の俺なら倒すことが可能だろう。
「エル! ここは俺が引き受ける! モウシンクの丘に急げ!」
「でも、ライオットとプルルだけじゃ……いや、違うな。
鬼を……グラシを滅ぼさないでほしい。
こいつは、桃使いとして救ってやりたい」
エルは敵である鬼を救うと言ったのだ。
今しがた、殺されかけていた相手に向かって救うと言う。
普通なら考えられないだろう。
「あぁ、わかった。任せてくれ。
この状態で手加減は、少し骨が折れるけどな」
でも、俺はエルの頼みを聞き入れる。
この先、何度も無茶な頼みを聞くハメになるだろう。
この程度のことで、断るなどできようはずがない。
「さて、どうやって食い止めようか?」
俺が加減しながらどうやって鬼を食い止めようと思案していたその時、
燃え上がる獄炎の壁が鬼に迫り、不定形の醜い肉体を焼き焦がした。
悲鳴を上げて歩みを止める鬼。
なんという炎だろうか。
この世の物とは思えないほど熱く、そして暗く感じた炎だった。
「では、私も協力いたしましょう」
包装された小箱を片手に現れたのは、赤いローブを纏った中年の男だった。
その顔には見覚えがある、確かカサレイムの獄炎の迷宮で遭遇した……。
「モ、モーベンのおっさん!? どうしてここに!」
そう、彼は『獄炎のモーベン』だ。
フードを取り払ったモーベンの顔が露わになる。
そこには、とても悪党とは思えないほどの優しい顔があった。
黒髪で黒い目。
でも、その優しさの中には、
消え去ることができない苦悩も刻まれていたのだ。
眉間の深いしわ、それは苦しみを何度も体験してできたものだろう。
何故、そう思ったのか思い当たる節があった。
彼は……獄炎のモーベンはどことなく親父の雰囲気に似ていたのだ。
「ふふ、用事のついでに寄り道をしようと思いましてね。
今日は貴女の誕生日だと聞いたので『手作りケーキ』持って来ました」
そう言って、綺麗に包装された小箱をエルに渡す。
「ありがとう、モーベンのおっさん。こいつは後で頂くよ。
今はあの鬼をなんとかしないといけない」
「そのようですね。
あれもまた、迷い子ですか。なんと哀れな……」
鬼を見た獄炎のモーベンは酷く悲しそうな表情を見せた。
それは、心から鬼を哀れんでいる顔だ。
「私の力をもって、彼を食い止めましょう。
聖女エルティナ……彼を救えるのは貴女だけのようですから」
「……事情を知っているのか?」
獄炎のモーベンの言葉にエルが反応する。
どうやら、あの鬼が何者だか知っているようだ。
「カオス教団の情報網を侮ってはいけません。
私は清掃員としてフィリミシア城に潜入し、日々の糧を……ごほん!
情報を得ていたのです」
それを聞いたエルは、じとっと獄炎のモーベンを見つめた。
獄炎のモーベンは手で顔を隠し蹲った。
「部下が増えて……仕送りだけでは……ううっ」
エルはそっと獄炎のモーベンの肩に手を置いた。
なんなのだろうか? この緊迫した状況でこの間の抜けたやり取りは?
いつもどおりといえば、いつもどおりなのだが。
「何やっているんだい!? 鬼が来るよ!
食いしん坊、早くモウシンクの丘へ急いでおくれ!」
プルルに叱られた俺達は、わたわた焦りながら行動に移った。
「彼女は将来、強い女性になりそうな予感がします」
「あぁ、そう思うぜ。うちの母ちゃんにそっくりだ」
「ふきゅん、プルルは肝っ玉母ちゃんになるのかぁ……」
「早く行く!」
プルルに叱られたエルは「ふきゅん」と鳴き、
モウシンクの丘目指して再び羽ばたいていった。
俺達の役目は鬼をここでできる限り足止めすることだ。
「ここで、できるだけ鬼を足止めする。
時間を稼げれば、エルがその分だけ楽になるはずだ」
モウシンクの丘までは後五~六キロメートルほどだ。
何をするかまではわからないが、準備する時間だって必要になるだろう。
「わかりました、全力で足止めをいたしましょうか、輝く獅子の少年」
「ライオットだ、ライオット・デイル。それが俺の名だ」
獄炎のモーベンは少し驚いた表情をした後、穏やかな笑顔を見せた。
「それでは、ライオット、改めてよろしくお願いします」
そう言った彼は、鬼を見定めて奇妙な構えを取った。
確か蟷螂拳の構えだ。
「プルル、いけるのか?」
俺は煙を上げるGDを身に纏ったプルルに、まだ戦えるかどうか訊ねた。
無理であるなら、彼女はフィリミシアに帰還してもらわなくてはならない。
俺達の戦いはここで終わることはないのだから。
「イシヅカが姿勢制御をしてくれているよ。
大丈夫、まだいける!」
「そっか、無理はするなよ? じゃあ、行くか!
獄炎のモーベン、エルの敵になるのであれば、俺は容赦しないぜ!」
俺はそれだけを獄炎のモーベンに伝え、迫り来る鬼に突撃した。




