275食目 戦闘服
「王様! フィリミシアに鬼が現れた!」
色々と衝撃的な光景を見せられて遠い目をしていた王様が、
俺の声で再起動を果たした。
俺の報告内容に目を見開き驚いている。
「な、なんじゃと!? それはまことか!
して数は? 現在はどこにおるのかわかるか!?
いや、それよりも被害状況はどうなっておる!?」
やはり王様も桃先生の大樹の加護があるフィリミシア内に、
鬼が出現するとは思っていなかったようである。
彼は少しばかりパニック状態になっていた。
「鬼一体をフィリミシア北部、グラシ邸付近にて確認。
更には取り巻きに、小鬼約百体の存在を確認。
現在はフィリミシア城に進行中のもよう。
統率が取れていないのか、小鬼達は散り散りに移動を開始。
被害状況は現在のところ不明だが、
ヤツらを放って置けば甚大な被害になると思われます」
桃先輩の低く落ち着き過ぎていて冷たく感じる声が、
成長を果たした俺の口から発せられた。
どうやら、成長しても違和感は払拭されなかったようだ。
事情を知っている面々以外は微妙な顔をしている。
「ウォルガング国王、これは緊急事態です。
各国の要人達に、この場から退席しないようにさせてください。
エルティナ、おまえもここに待機だ」
「おいぃ……ぱぅわぁアップを果たした俺を待機させるなんて、
いったいどういうことなんですかねぇ?」
どういうわけか、普段なら率先して現場に向かえという桃先輩が、
今回に限っては俺に待機の指示を出してきた。
「エルティナ、今回の作戦は桃大佐考案による大規模なものになる。
現在、フィリミシアの各所に小鬼達が散らばり始めているが、
その他にも生物兵器の存在が今確認された。
全体の数を合わせれば、三百近い数の敵と戦うことになる。
もう、モモガーディアンズのみで対処できるレベルではない。
万が一のことを想定して、おまえは各国の要人を護るんだ」
「なんだって!? 生物兵器って……」
俺がその言葉を聞いた途端、
慌ただしくドアが開け放たれ伝令兵が駆け込んできた。
「ほ、報告いたします!
スラム地区の最奥より、大量のゾンビが出現しました!」
「な、なんと!? ゾンビじゃと!」
「はっ! その他にも見たことのないような、
異形の生物も多数確認されております!」
その報告に会場にいた人々は衝撃を受けた。
堅牢な守りで知られているフィリミシアに、
魔物が出現するなど夢にも思わなかったのだろう。
まさに悪夢の始まりといってもいいと思われる。
各国の要人達も顔を青くして怯えていた。
「緊急脱出用の『テレポーター』を起動させよ!
各国の要人達を最優先で国内から脱出させるのだ!!」
「それが……『テレポーター』が起動できないのです! 原因は不明!
只今、強制起動作業をおこなっておりますが、起動までにかかる時間は……」
その言葉を聞いた要人達の中から、不調を訴える者が次々に現れた。
いずれも女性達ばかりである。
きっと精神的なストレスからくる不調なので、
治癒魔法も意味はなさないだろう。
「もうよい、皆の者聞いてのとおりじゃ、
現在、我が国は敵の攻撃を受けておる。
そなたらの身の安全は、我が国の誇りを掛けて保証しよう。
申し訳ないが、今暫くはここに身を隠しておいてほしい!」
王様は皆を安心させるために、わざと語気を強くして話した。
それは一部の者を安心させたが、逆に上げ足を取ろうとする者も現れる。
「ウォルガング王、これは問題ですな。
それ相応の対応をしていただくことになりますぞ?」
そう言ったのは嫌味な顔をした中年の男性であった。
確か謁見したけど印象が薄くて覚えていない。
「そういった件は後でいくらでも聞こう。
今はこの事態を収めることに全力を尽くす。
誰ぞ、ワシの武具を持てぃ! 出陣する!!」
王様の怒声を聞き、各国の要人達が竦みあがった。
それほどまでに、
王様の放つ怒りと闘気がとてつもないものであったからだ。
王様の近くにいた、
上げ足を取った要人が腰を抜かして無様な姿を晒してしまった。
はっきり言って、彼には同情はしない。
そんな根性で、よく王様相手に上げ足を取ったな。
後でどうなっても知らんぞ?
やがて、王様の武具を運んできた兵が彼の装着を手伝い、
ここに戦う王がその姿を見せたのであった。
年老いても尚、衰えを見せない彼の姿に、
誰もが目を奪われ、畏れ、敬意を表したのである。
「ウォルガング国王、私だ」
「その声は……桃大佐か」
またしても俺の口から別人の声が発せられた。
今度は老人の声。しかし、その声には溢れんばかりの力が漲っていた。
竜巻の件でお世話になった桃大佐である。
「ウォルガング国王は騎士団を率いて、
ゾンビ及び生物兵器の対応をおこなってほしい。
鬼は桃使いである我々に任せてもらおう」
「途中で遭遇した場合は、こちらで対応するがよろしいか?」
「貴君の判断に委ねる」
二人は手短に用件を伝え合うと会話を終了させた。
王様は赤いマントを翻し、タカアキ達を率いて戦場へと向かう。
ヤッシュパパンやリオット兄もそれに従った。
なんだろう、この格好のいい会話は?
俺にはできなさそうである。
「さて、モモガーディアンズ諸君。私は桃大佐だ。
エルティナの上司、つまり君達の総司令官と思ってくれればいい」
突如現れた謎の総司令官に、
我らがモモガーディアンズは戸惑いを見せる者が……いなかった。
きっと、いつも突然のことなので慣れてしまったのだろう。
慣れとは怖いものである。
「現在、フィリミシア内部に複数の鬼の存在が確認されている。
これを諸君らに退治してもらう。
勝利条件は鬼達の殲滅。
きみ達の中には、既に鬼と直接対峙している者がいるとは思うが、
今回の鬼は通常の鬼とは異なる存在のようだ。
くれぐれも注意してほしい。
作戦の指揮はトウヤ少佐に一任する。
彼の指示に従い、鬼達からフィリミシアを救うのだ!」
「皆、聞いてのとおりだ。指揮は俺が執る。
今回の敵はとにかく数が多い。
竜巻の一件より数が少ないが、その分強さが段違いに高いと推測される。
各員は戦闘準備を終了次第出撃してくれ。
決して一人では戦わないように!
アルフォンス先生、現場の指揮は任せます」
「あぁ、任せてくれ! おまえら、急いで支度しろよ!」
桃先輩とアルのおっさん先生の言葉を受けて、
皆は一斉に戦闘準備をし始めた。
俺もそろそろ服を着なくちゃ……って、
今気付いたのだが、俺に合う服がないのではないだろうか?
一気に体が成長してしまったため、おパンツですら食い込んでいるのだ。
俺に『たまたま』があったら即死していたぞ!(苦情)
「桃先輩、大変だ」
「どうした? エルティナ」
「着る服がない」
「だろうな、少し待っていろ」
桃先輩がカタカタとタイピング音を鳴らし、
それが終わると同時に俺は桃色の光に包まれた。
その光は次第に形付いてゆき……光が収まると、
俺はいつの間にか衣服を身に纏っていたのである。
それは、まるで巫女が着ているような紅白の衣装であった。
というかこれ完全に巫女服だ。
少しアレンジしてあるようだけど、完全に一致している。
まさか……これは、桃先輩の趣味なのかっ!?(まさかの発覚)
「変な勘繰りは止せ、それは女性の桃使いに支給される戦闘服だ。
陰の力に対して高い防御力を発揮する衣服で、
数千年に渡って改良を繰り返しながら使用され続けてきた、
由緒正しいものなのだぞ?」
ということらしいが、実際はどうなのだろうか?
まぁ、いいか。
変なドレスを着せられるよりは遥かにマシだ。
「ももせんぱい、たいへんだよ~!
ゆうゆうちゃんがひとりでいっちゃったぁ!」
たぬ子がユウユウの姿がないことに気付き、俺達に報告してきた。
いつものことであるが、今回は相手が鬼だ。
彼女であっても、下手をすれば命を落としかねない。
「ええい、あの子はどうして……エルティナ、『ソウルリンク』を起動!
桃先生の加護が効いているから鬼に攻撃はできるが、
攻撃を無効化するまでの力はないはずだ! 急げ!」
「お、応!『ソウルリンク』起動!
対象は……モモガーディアンズ全員で設定!
続いて『桃の加護』をフィリミシア全域指定で発動!」
俺は急ぎ『ソウルリンク』を起動しモモガーディアンズとリンクを果たす。
今はモモガーディアンズのみだが、
いずれは鬼と戦う者達全員とのリンクを果たさなくてはならない。
これだけでもがっつりと桃力が失われた。
戦う者全員となると、どれだけの桃力が必要になるのだろうか?
これができれば、いちいち桃の加護をしなくて済むようになる。
それには莫大な桃力が必要になるわけで……。
うん、頭が痛くなってきたぞっ! 考えるのを止めよう!(白目)
「ええい、もう戦闘を開始している!
治癒魔法を習得している者は急ぎ現場へ向かってくれ!」
流石はユウユウ閣下だ。
もう作戦もへったくれもなくなっている。
やはり、俺達に作戦なんて無理だったのだ。
フォクベルトは泣いていい。
準備を終えた者は慌てて戦場へと駆けていった。
再びフィリミシアの町が戦場になる。
せっかく復興してきたというのに、なんてことをしてくれるのだろうか?
鬼……断じて許すまじ! 徹底的に退治してくれるわ!
……皆が(小声)。
俺は皆の無事を祈りつつ、
失われた桃力を補充するためにテーブルの料理を食べ始めたのであった。
……おいちぃ!(歓喜)




