267食目 僕が守るからね
◆◆◆ エドワード ◆◆◆
エルティナの誕生日まで後二日と迫った。
会場のセッティングで場内は大忙しだ。
特に警備の配置にかんしては、
勇者タカアキを始め、手練れの強者を惜しむことなく配置する予定だ。
エルティナの誕生パーティーは、城の大広間でおこなわれる予定である。
だいたい二百人程度を、余裕を持って招くことができる広い部屋だ。
それ故に、警備を効果的に且つ、効率よく配置しなくてはならない。
エルティナは魔法攻撃及び毒に異常な耐性を持っているが、
物理攻撃にはまったく耐性がない極端な存在だ。
よって、僕達が注意を払うのは投擲武器と、
エルティナに近付く者への警戒だ。
といっても、彼女に近付ける者は国の要人ばかりなので、
最も警戒するべきは投擲武器だろう。
「はぁ……竜巻の件がなかったら……もう少しの間、
エルとわいわいしながら誕生パーティーが楽しめたのになぁ」
彼女は正式に世界に向けて『ラングステンの聖女』と発表されてしまった。
もう、以前のような隠れた存在ではなくなってしまったのだ。
尤も……彼女の態度は以前とまったく変わらないのだが。
そこがエルティナらしい、といえばそうであるといえよう。
僕はそんな彼女が眩しく見え、そして堪らなく大好きなのだ。
将来、自分の正室に迎え入れることを諦めるつもりはない。
聖女は結婚できない、という決まりはないからだ。
だが……それは他国の王子達も同様の条件である。
間者の話によれば、
ドロバンス帝国のラペッタ王子。
南西の諸島連合国家、ブレバム統一王国のムー王子。
北東の小国ながらも『闘神』の活躍で内乱を鎮め、
今は安定しているティアリ王国のリマス王子ですらも
エルティナを狙っているそうだ。
結婚してしまえば、エルティナはその国の者として扱われることになる。
ラングステン王国とは違って、
他国は封鎖的だったり差別的であったりするので、
彼女は恐らく馴染めないだろう。
でも国を動かす者にとっては、個人の感情などどうでもいいのだ。
『聖女』という、看板があれば何事も有利に進めることができる、
と大抵の者がそう考えているだろう。
後は身内にも一人、エルティナを付け狙っているヤツがいる。
叔父のグラシ・ベオルハーン・ラングステンだ。
彼は大変な女好きで浪費家であり、お爺様も手を焼いている人物だ。
良い噂はまったく聞かない。
そのような者がエルティナを狙っているというのだから堪ったものではない。
身内でなければ、即座にこの世から去ってもらったものを。
このような連中に、エルティナを渡すわけにはいかない。
彼女は僕がいただく。
常に傍にいてほしいんだ。
その笑顔で僕に力を与えてほしいんだ。
一緒に歩んで行きたいんだ。
だから……。
「エルに近付くヤツは皆殺す!」
「エドワード様……またお勉強中に、エルティナ様のことをお考えですか?」
……怒られてしまった。
レイドリックとの勉強が終わり、少しの間休憩を取る。
彼の淹れてくれた爽やかな紅茶が、
荒ぶる僕の心を僅かながらも静めてくれた。
この後はグロリアとの剣の稽古が控えている。
彼女は叔母上と呼ぶと怒るので名前で呼んでいるのだ。
僕としては爪で戦いたいのだが、
王家の習わしとして剣を使った稽古が優先される。
僕は剣も扱えるが、どちらかといえば爪で相手を引き裂く戦い方が得意なのだ。
何より思う存分に五体を使用して戦えるのがいい。
そんな僕だが、グロリアには勝てたためしがない。
得意の爪を使ってもだ。
グロリア・フィル・ラングステン……彼女は強い。
これでも僕の強さは城内でも上位の方だ。
それでも手も足も出ないほどの強さを誇っている。
というか、この城に居る殆どの兵士が強者ばかりだ。
魔族戦争を生き抜いた兵のほぼ全てが、何かしらの力を得て帰ってきている。
グロリアも兵との模擬戦中は、
少しでも油断したら形勢をすぐにひっくり返される、と笑っていた。
僕にも、そのような強さを得ることができるのだろうか?
いや、必ず得ねばならない。
お爺様は仰っておられた。
力無き者は全てを奪われると……
その悲し気な表情は、今でも僕の心に焼き付いている。
あのような顔を僕はしたくはない。
だから、強くなるんだ。
全てを護れる力が欲しいわけじゃない。
ただ一人、愛する人を必ず守れる力があればそれでいい。
「だから……エルに近付くヤツを叩き潰す力を僕に!!」
「また物騒なことを妄想してたのかい!?」
……怒られてしまった。
グロリアとの稽古が終わり、僕は誕生パーティーの会場を下見していた。
設備は既に完成しており、微調整が進められている最中だ。
「やぁ、ゴードン。父君の手伝いかい?」
「よぉ、エドワード。まぁ、そんなところだ」
クラスメイトのゴブリン族、ゴードンが会場の飾りを入念にチェックしていた。
彼は僕に対しても媚び諂うことなく、接してくれる貴重な人物だ。
「後は細かい部分の修正だけだから楽なものさ。
大部分は親父がやっちまったからな。
少しくらいは任せてくれてもいいのによぉ……。
まだまだ繊細さが足りねえっ、て言われちゃあ引っ込むしかねぇぜ」
そう言った彼の顔は不満で満たされていた。
きっと、父親に対する不服ではなく、
自分の能力のなさに苛立っているのだろう。
その気持ちは僕にも十分理解できるものだった。
僕は常に亡き父上と比較される。
僕は父上のことを殆ど知らない。
物心付く前にこの世を去ってしまったからだ。
ただ……文武に長け、勇敢で心の広い人物であったと皆は言う。
それを皆は僕に要求するのだ。
理解はしている。
皆は僕に亡き父上の姿を重ねているのだと。
僕も皆の期待に応えようと努力を続けてはいるが、
父上の存在は想像以上に大きなものだったらしい。
「リチャード様でありましたら、そのような……」
たとえ肉親であっても、知らない人間を超えるのは容易いものではない。
それに僕はリチャードではなくエドワードなのだ。
誰しもが僕をリチャードを見る目で接してくる。
期待に応えなくてはならないのは理解しているが、
それでは僕は疲れてしまうんだ。
僕はリチャードの息子、エドワードなのだから。
「お願いだから僕をエドワードとして見てほしい!」
「何言ってんだ? おまえがエドワードでなかったらなんなんだよ?」
……ツッコまれた。
どうも最近は、心の中で思っていることを口に出してしまうようだ。
かなりストレスが溜まっているのかもしれない。
「いけないなぁ……なんとかしないと」
ベッドの上でシミのない白い天井を見上げていると、
僕付のメイドからエルティナが城にやってきたことを告げられた。
これはチャンスだ。
僕はベッドから飛び降り、
急いでエルティナが居るという誕生パーティーの会場を目指した。
そこに彼女は居た。
会場を下見している彼女に狙いを定めて、
流れるような動作で頬擦りを実行する。
この洗練された動きは誰にもマネできないだろう。
僕に迫る動きとしたら、クリューテルだけだ。
だが、彼女は頬擦りする時に若干の照れが残っている。
それではエルティナのほっぺを堪能し尽すことはできない。
よって、僕が一番だ。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
エルティナは鳴きだすが気にしてはいけない。
この鳴き声は照れ隠しなのだから。
いや、それよりもこの肌の感触と温もりを堪能しなくては!
ふにふにふに……。
あぁ……どんどん荒んだ気持ちが鎮まってゆく。
ドス黒い感情が浄化されてゆくのがわかる。
やはり、彼女は僕に必要な存在だ。
だから……絶対にきみは僕が守るからね!




