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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第四章 穏やかなる日々
230/800

230食目 クリューテル・トロン・ババル

 ◆◆◆


 エルティナ様が好きだ。

 それは決して聖女だから、といった理由ではない。

 わたくしは彼女の分け隔てのない、その優しさに惹かれているのだ。


 その優しさ故か、彼女の周りには沢山の人が集まってくる。

 それは人ばかりではなく、獣……果ては命を持たないゴーレムまでもが、

 彼女の下につどってくるのだ。


「ちょあ~! ふぉぉぉぉっ! ふきゅん!」


「へや~! ほあぁぁぁっ! ふえいっ!」


 話は変わるが……現在、わたくしは学校の授業を利用して、

 エルティナ様とメルシェ委員長のレイピアの指導をおこなっている。

 スティルヴァ先生の担当する武器を使った授業では、

 大半は自習のようになるからだ。


 スティルヴァ先生は、ベンチに横になって具合悪そうにしている。

 お酒臭かったので二日酔いなのだろう。

 少し自重してほしい。


 少し話が逸れたが……彼女達の貧弱な筋力でも扱える武器の一つが、

 わたくしが得意とするレイピアなのだ。


「はい、はい。姿勢がぶれておりますわよ?

 さ……もう一度、姿勢を確認してくださいまし!」


 わたくしはパンパンと手を鳴らし、彼女達に姿勢を確認するように促す。

 今、彼女達が手に握っているのは軽い木の枝を削ったものだ。

 残念ながら、練習用のレイピアですら彼女達はまともに持てないのだ。


 なので、筋力は各自に鍛えてもらい、

 取り敢えずは基本的なレイピアの型を覚えてもらっている。


 ……のだが、軽い木の枝を使っていても、

 彼女達のへっぴり腰は改善されなかったのだ。

 これは完全に癖になってしまっている。


「ふきゅん! 銀ドリル師匠は、厳しさが半端ないんだぜぇ……」


「ぜひー、ぜひー……す、少しは、ぜぇ、ぜぇ、上達、したっ! ひぃひぃ……」


 エルティナ様はここ最近、飛躍的に体力が上昇しつつあるが、

 メルシェ委員長の体力のなさは酷いものがある。

 筋力やレイピアの型の前に、

 まずは体力を付けさせた方がいいのかもしれない。


「エルティナ様は、随分と体力が付かれましたわね?」


 以前はメルシェ委員長と大差なかったエルティナ様の体力の向上に、

 興味を持ったわたくしは、それとなく彼女がおこなっているであろう

 訓練方法を聞き出そうとした。


 それは思惑どおり、メルシェ委員長の興味も誘うことに成功する。

 エルティナ様でもできる簡単なトレーニングであれば、

 彼女にでもできるはずだからだ。


「ふっきゅんきゅんきゅん! 毎朝ランニングしているからな!」


 なんとも普通の答えが返ってきたものだ。

 しかし、体力を向上させるには、もっとも効率がいい方法でもある。


「ふぅ、ふぅ……よく、毎日……続きますね?」


 ようやく、呼吸が整ってきたメルシェ委員長。

 エルティナ様を見つめるその瞳には、彼女に対する尊敬の念が籠っていた。

 これはいい傾向だ。

 メルシェ委員長のやる気に火が点き始めている。


「一人で走っているわけじゃないからな。

 なんだったら、皆で毎朝ランニングするか?」


「エルティナさんが続けれるのでしたら、私にもできるかもしれませんね!」


「では……わたくしも、ご一緒させていただきますわ」


 思わぬところで、エルティナ様とご一緒できる時間が増えた。

 これは、いい自慢話になることだろう。

 羨ましがるお父様の顔が目に浮かぶ。




 次の日の朝。

 集合場所であるヒーラー協会前の『イシヅカ農園』に向かう。

『イシヅカ農園』はプルルさんのホビーゴーレムが耕している畑で、

 規模こそ大きくはないが、立派な野菜達が収穫を待っている状態だった。


 オーバーオールに麦わら帽子を身に着けた

 ストーンゴーレムのイシヅカの姿はとても愛嬌がある。


 その『イシヅカ農園』の前には、数人の人が集まっていた。

 その殆どが見知った顔だ。


「おっ、きたきた。クー様で最後だぞ~?」


 手を振って私を呼ぶエルティナ様。

 わたくしは小走りで彼女達の下に急いだ。


「おはようございます。エルティナ様、皆様方」


 そこには、エルティナ様とメルシェ委員長以外に、

 ザイン君とフォルテ副委員長、そして筋肉隆々のお年寄りが立っていた。


 この方の名はジェームスというらしいのだが、

 現在は『桃師匠』という、桃先輩の同僚の方が体を借りているのだそうだ。


 どうやらエルティナ様が、毎日ランニングを続けてこられたのも、

 彼の指導の賜物だったようだ。

 これなら、期待してもよさそうである。


「よし……皆集まったし、そろそろ『逝く』か」


 何故か、白目を剥いて痙攣しながら出発するエルティナ様。

 理由はこの後……すぐに判明した。




「このバカ弟子共がぁぁぁぁぁぁぁっ! きりきり走らんかぁ!!」


「ふきゅーん! ふきゅーん! ちぬるぅぅぅぅぅ!!」


「はひー! はひー! ま、まってくだ……きゃいん!」


 竹刀を片手に物凄い剣幕でエルティナ様と

 メルシェ委員長を追いかける桃師匠。

 彼に追いつかれようものなら、その竹刀で容赦なくお尻を叩かれるのだ。


 その竹刀には痛覚を敏感にさせる術式が付加されているようで、

 軽く叩かれても物凄く痛いと感じるのだそうだ。


 楽しいランニングだと思っていたのは、わたくしの思い込みだった。

 そこには、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていたのだ。


「ふひー! ふひー!! はっ、走れ! 死にたくなければ、走るんだぁ!」


「ほひー! ほひー!! じ……じぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!! あひぃ!!」


「ペースが落ちておるぞ! 自分に甘えるでないわぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 これは酷い。

 これを毎日続けているというのだから、

 体力の向上も、なるほどなと理解ができる。


 容赦なくバシバシと、メルシェ委員長の大きなお尻に竹刀が飛ぶ。

 この分だと、彼女のお尻は更に大きくなりそうだ。


「御屋形様も随分と体力が付き申した」


「それに比べて、メルシェは酷いね。

 暫くは、引きずってでも連れてこないとダメかな?」


 ザイン君とフォルテ副委員長の会話が、保護者同士の会話にしか聞こえない。

 かれこれ十五分ほどランニングをしているが、彼らの呼吸に乱れはなかった。

 よく鍛えられている証拠だろう。


 ザイン君はともかく、フォルテ副委員長がここまでとは思っていなかった。

 わたくしは体力には自信がある方だったが、呼吸が少し乱れてきている。

 彼はなかなか侮れない存在のようだ。


「わん! わん!」


 ランニングをしているといつの間にやら、

 野良犬達が集まってきてランニングに加わり始めた。


「め~」


「も~」


 ……何故、羊と牛まで加わっているのかはわからない。

 最早、わけのわからない集団と化し始めていた。




 ランニングは三十分ほどで終了した。

 走り終えたエルティナ様とメルシェ委員長は顔面から倒れ込んでいる。


「ワシはリリーちゃんとジュリアンちゃんを送ってくる。

 きちんと朝食を食べるのだぞ?」


 そう言うと、桃師匠は羊と牛を連れて出かけていった。

 動物達に懐かれている分、悪い人ではなさそうだ。


 ……容赦はないようだが。


「おごごご……取り敢えずは汗を流すんだぁ。

 いくぞぉ、メルシェ委員長。ぜぇ、ぜぇ」


「お、お尻がヒリヒリするぅ……ぜひー、ぜひー」


 ふらつきながらもなんとか立ち上がり、彼女達はヒーラー協会を目指した。




 ヒーラー協会には温泉が設置されており、誰でも使用可能なのだそうだ。

 なので関係者ではない私達でも利用できる。


「ク、クー様の頭……凄い状態だな」


「本当に……凄いことになってますね」


「え、えぇ……まぁ、わたくしの髪は長いですからね。

 仕方がありませんわ」


 自分では気にもしていなかったが、人に言われて初めて気付くこともある。

 今のわたくしの頭は長い髪を纏め上げて、

 小さな銀色の山のようになっていたのだ。


 わたくしの髪の長さは最大で八メートルにも及ぶ。

 日常魔法『ヘアメイク』でロール状にして地面に付かないようにしているのだ。


 偶に髪型を短くしたいと思うこともある。

 しかし、この髪の毛には切れない理由があるのだ。


「ふきゅん、まぁいいんだぜ。

 俺も人のことを言えないしな」


 そう言うエルティナ様のタオルで纏めた頭は……

 失礼ながら、とぐろを巻いたうん……げふん、げふん!

 流石に、これ以上はいえませんわ。


「その髪の長さだと洗うのも大変だろう?」


 わたくしの髪に興味を持ったのか、

 エルティナ様がそのようなことを聞いてきた。


「いえ、そこまでは大変ではございませんわ。

 こうやって髪を『髪』で洗っておりますので」


 わたくしは『ヘアメイク』を発動し、自由自在に自分の髪を操ってみせる。

 その様子にエルティナ様は感心していた。


 この六束の髪の毛を同時に操って洗っていくのだ。

 基本『ヘアメイク』で操れる髪は一束が限度だ。

 しかし、私は六束を同時に操ることができる。


 これが、わたくしの特技の一つ『同時魔法起動』だ。

 通常は魔法を同時起動することは困難である。

 それは、精霊達に正確に指示ができなくなるからだ。


 無理に同時起動させてしまうと暴発や最悪、

 魔力の逆流現象が起こって命にかかわるため、

 殆ど同時に起動させる者は少ない。


 これをおこなえる者は、特殊な思考回路が必要になるらしい。

 そして、わたくしはその思考回路をもって産まれてきたのだ。


 しかし、上には上がいる。

 その者とは他でもない、わたくしの担任教師アルフォンス先生なのだ。


 彼は魔法を同時に、八つも起動させることができるらしい。

 いったい彼の頭の中は、どのようになっているのだろうか?

 普段は頼りない感じなのだけれども、やはり凄い人物なのだろう。


 ……きっと。


「ふぅ……それにしても、この温泉は気持ちがいいですね。

 ついつい、うとうとしてしまいます……ぶくぶくぶく……」


「ここで寝るなぁぁぁぁぁぁぁっ! 死ぬぞっ!?」


 慌ててメルシェ委員長を引き上げる、わたくしとエルティナ様。

 なんという手のかかる少女なのだろうか?

 フォルテ副委員長の気持ちが、嫌というほどわかってしまう。


 メルシェ委員長を引き上げたわたくし達は、

 彼女を着替えさせて朝食を摂りに食堂へと向かうのだった。




 ……それから一週間ほど時間が過ぎた。


「はふゅん、はふゅん! しぬるぅぅぅぅぅ!」


「ひっひっふー、ひっひっふー! こ、この呼吸法では!

 いけないのですね!! はひー! はひー! ああんっ!!」


「このバカ弟子共がぁぁぁぁぁぁぁっ! 昨日よりペースが遅いぞっ!!」


 相変わらずメルシェ委員長は桃師匠に、

 その大きなお尻をバシバシと叩かれている。


 気のせいだとは思うが、

 最近は悲鳴に色気が出てきているようにも感じる……まさかね?


「ふむ、あれから一週間でござるか。

 メルシェ委員長は、なかなかにがんばっているようでござるな」


「まぁ……毎朝連れてくるのが、大変なんだけれどもね」


 そして、ザイン君とフォルテ副委員長の会話も相変わらずだった。


 一方、わたくしはというと……体力がどんどん上がっていっている感じがした。

 今ではザイン君達同様、呼吸に乱れは生じなくなっている。


 そう、いつの間にやら、わたくしの日課にランニングが加わっていたのだ。

 あれから、休むことなくわたくしはランニングを続けている。

 彼女達と共に。


「きりきり走らんかぁ!」


「ふきゅ~~~~~~~~ん!!」


 死にかけの彼女達が同時に鳴く。

 その声は澄み渡る青い空に吸い込まれていくのであった。

 ◆クリューテル・トロン・ババル◆


 人間の女性。

 ミリタナス神聖国男爵クリスライン・トロン・ババルの長女。

 ちょっとキツメの顔。銀色の綺麗な髪。

 銀色の細く長い眉。鋭い目には金色の瞳。

 後ろ髪に計六個の縦ロール。通称銀ドリル。


 一人称は「わたくし」

 エルティナのことは「エルティナ様」


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