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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第三章 アルフレッドの世界
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アルフレッド・無償の愛

2018/11/19・20に投稿した『無償の……』『英雄の王』の2話を結合し表現を中心に改稿しました。

「助けてくれるなら、もっと早く助けて下さいよ」


 感謝よりも先に、思わず悪態をつくボクに先生が薄く笑った。

 ホント、この人の前だと強がるとか格好付けるとか、全くその気にならなくなる。

 自分がただの子供だと思い知らされて、思わずわがままを言ってしまう。

 恐らくは子供が父や母にそうするみたいに。


「アルフレッド……よくぞ無事に生き残った」

「無事って言うには、もう限界ですけどね……あ、66階層で助けてくれたのは先生ですよね? 助かりました……」

「ここよりも遙かな上層に居たゆえ、全盛期を疾うの昔に置き去りにしてきた私の斬撃が届くかは賭けだったがな。お前が無事で良かった」

「ハハ、アレで全盛期に劣るとか流石です。貴方のおかげでボク達は生き残れました……あ、いや、今はボクなんかよりもリョウです……」


 先生が来てくれた安心感に溺れている場合じゃない。

 良を守る純水晶結界(クリスタルウォール)に触れ、トンと我ながら情けないほど弱々しい力でノックする。

 魔術は術者に忠実だ。

 そんな力無いノックでさえ、ボクの意思に呼応して純水晶結界(クリスタルウォール)は粉々に砕け散る。

 感謝するよクローディア……お前がボクの呼びかけに応えてくれたおかげで、良を守ることが出来た……


「はぁ……はぁ……リョウ……」


 握りしめた良の拳は力無く、そして、人肌とは思えぬほどに冷たい。

 生者とは思えないその冷たさに、ボクの心臓が悲鳴を上げる。

 生きている、生きているんだ!

 死ぬはずがない……

 まるで呪詛みたいに自分に言い聞かせ、その胸に手を当てる。

 かすかな、辛うじて動いているとしか言いようのない弱々しい心音。

 酷い重傷だ。

 これほどの傷を癒やせるほど、ボクの癒やしの力は強くはない……


 くそ……


 また、後悔するしかないのか?

 いや、ここにはボクだけじゃ無く先生がいる。


「先生、貴方の力で、どうか助けて下さい。お願いします!」


 気が付けばボクは先生の前でひざまずいていた。

 人生で初めての土下座。

 だけど屈辱はない。

 もし、これで良が助かるならプライドなんていらない。


「アルフレッド……」


 それは、いかなる時も泰然自若とした先生らしからぬ声音だった。

 その声音に不安が募る。

 まさか、全能なる神のごとき力を持っている先生でさえも救えないと言うのか?


「アルフレッド、もしお前がこの娘を救いたいと願うのなら手を貸そう。だが、この娘の命はすでに潰える寸前だ」

「そ、そんな! それでは助からないと!?」

「落ち着け、手を貸すと言っただろう。ただ、この娘の肉体は損傷が激しく、なまなかな蘇生術では癒やすのは叶わない。だが、触媒があればそれは可能となる」

「その触媒とは一体?」


 掴みかかるボクに、先生が能面の如く無表情になる。

 元々感情豊かに表現する方じゃなかったが、ここまでの無表情は見たことがない。


 一体、その触媒には何を要求されると言うんだ?

 心臓の鼓動が、見えない絶望を前に悲鳴を上げたみたいに跳ね上がる。


「アルフレッド、この娘の生命はすでに燃え尽きる寸前だ。無くなったものは治しようが無い。だが、無いのならどこからかその寿命を譲り受ければ良い」

「……それって」

「この娘と最も近しい距離に居るのはお前だ。この娘が大切なら、その命、この娘に無償で譲り与えることが出来るか?」


 ああ、何だ……

 そんなことで良を救えるのか。

 ボクは静かに頷いた後、だが、頭を振ってしまった。


「先生、ボクの命を分け与えることでリョウを救えるのなら喜んで差し出します。でも、無償は……無理です」


 先生は無償と言った。

 この高潔なる男の言葉に、歪みや偽り、妥協は無い……

 先生の双眸に鋭い光が宿る。


「その程度の利害関係だったと?」

「ある意味、そう、かもしれません……ただ、ボクはこの命をリョウに上げるのはかまわない、それに恐怖はありません。でも、ボクは……ボクはリョウと生きたい、もし、共に歩むことが叶わなかったとしても……」


 冷たい良の手……

 握ればいつも温かく握り返してくれたその手はもうピクリとも動かない。


「それでもリョウの中で生きられると思えるのなら、リョウが死ぬ時までその魂に寄り添えるのなら、ボクは……それで十分に幸せだと思ってしまうボクがいるんです。それは無償なんかじゃ無い。ボクはこの期に及んで……未だ無くした愛情にすがろうとしている……ボクは……何て情けないんだ……」


 気が付けば、ボクはうなだれ泣いていた。

 良の顔が涙の向こうで滲んで歪む。

 もうダメなのか?

 助けられないのか……

 本当に、これで終わりなのか?

 ゴメン……良……ボクが、余計なことをしなければ……

 後悔ばかりが胸を貫く。

 そんなボクの頭が優しく撫でられた。

 

「せ、先生……」

「お前は頭が良いくせに馬鹿な男だな。愛する者のために己を顧みず捧げられる心、人はそれを無償の愛と呼ぶのだ」

「先生、それじゃ!!」

「だが、アルフレッドよ忘れるな。自分の命を省みぬ愛は一見すれば尊い。しかし、それは残された者の心を顧みぬ行為だ。先ほどお前は『ボクなんかより』と言ったな」


 先生が話しながら、地面に魔術陣……いや、魔法陣を描いていく。


「それは、何の気無しに放った一言だったのかも知れない。だが、そこにこそお前の弱さがある」

「アハハ、先生は全部お見通しだったんですね……」

「アルフレッド、生きようと思う気持ちは死を覚悟する気持ちより遙かに強い。良いな、安易なる死など受け入れるな。格好悪くとも生にしがみつけ、その命が燃え尽きる最後の瞬間までな」


 この人は本当に底が知れない。

 いや、ボクの弱さってヤツが分かりやすいだけなのかも知れない。

 でも、出来れば……こんな逝く間際に教えて欲しくはなかったな……


「アルフレッド、お前に心の強さを伝えきれなかったのは私の失敗だ。全てが終わったとき私の元に戻ってこい。長い修行の時になるだろうがお前達二人を鍛えてやる」

「先生、それって……」

「痛いぞ。だが、発狂することも死することも許さん。この世界に繋がり続けよアルフレッド! その高潔なる願いこそがお前の愛する者を救えると信じるのだ!」


 魔法陣が猛烈な光を持って輝き出す。


 全身を焼き尽くすほどの業火が身を包む。

 それは、あのエルヴァロンに全身を刻まれるよりも激しい痛みとなって全身を舐り尽くす。


「うああぁああぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!」


 こ、これで発狂するな、死ぬなって……

 アンタは鬼か悪魔か……


 ……

 …………

 ………………


 ……喉元過ぎればなんとやら。


 あの肉体を引き千切っては再生を繰り返すような絶望的な時間はどれほど続いただろうか?

 ただ、あれから数日過ぎたボクの身体は、若干の気怠さこそ覚えているがすこぶる快調だった。


「起きたか……もう、何ともはないか?」

「はい。あ、先生……リョウは?」

「まだ眠っている。時間はかかっても必ず目を覚ます。急かしてやるな」

「も、もちろんです」


 ボクの表情に今すぐ会いたいという気持ちが浮き出ていたのだろう、照れ隠しに慌てて頭を振る。

 あ、ちなみにここは恐らく30階層の僻地。

 そして、かつてボクと先生が一緒に過ごした家だ。


「それよりもミルクティーを入れた。僅かだがハチミツも入れてある、ゆっくりと呑んで弱った胃腸を整えておけ」

「ありがとうございます。でも、今度からはボクが淹れます」

「余計な気遣いはするな」

「で、ですが、先生に淹れていただくわけには」

「お前の茶は不味い。気遣いをするなら人並みに茶を入れる技術を身につけてから言え」

「う、うぐぐ……そ、それを言われると」


 思わず言葉が詰まる。

 そんなボクに先生が薄く笑った。


「よくぞ乗り越えたな」

「先生……」


 言葉少ない褒め言葉。

 ボクは素直に頭を垂れた。


「聞きたいことがあるんじゃないのか?」

「ああ、貴方という人は、もう少し情緒や会話の間という物を知らないのですか?」

「お前が言うな、という精霊達の声が聞こえるのだが?」

「き、聞こえませんよ! 精霊の声なんか!!」

「そう、いきり立つな。これから多少長い話になるのだ。今からそんなんじゃ身が保たないぞ」


 くっ……

 本当に掴み所の無い人だ。


「まず、お前の仲間達は階下まで送り届けておいた」

「そう、でしたか」

「一名、異質な存在が居た……恐らくはエルヴァロンの臣下だろうが、そいつはすでに逃走したあとだった」

「ロイ……」


 ギチリと奥歯がきしみを上げる。

 端からボクはエルヴァロンの手の中で弄ばれていた。

 その最たるのが、あのクソカマ野郎だ……


「アルフレッド、心に黒い炎を燃やすな。憎しみは真実を惑わせる」

「ぐ……」


 そうだ、アイツを復讐に駆り立てたのは、ボク、なんだ……


「アルフレッド! それは憎しみの矛先を変えているに過ぎんぞ。己を許せとは言わぬ。だが、憎しみに曇った眼では真実には永久に到達できやせんぞ」

「ぐぎぎ……だったら、だったら! どうすれば! って言うか、さっきからボクの心を読まないで下さい!!」

「お前が分かりやすすぎるのだ。アルフレッド、私はかつて言ったな。お前の罪は重い。だが、世の中の全てのことには意味があると」

「はい……」

「今は何も分からず、暗中の日々だろう。だが、絶え間なく心の研鑽を続ければ、何時しか真実に辿り着くやも知れぬ。その時まで己を成長させよ」

「先生の言葉は、いつもボクには難題過ぎる」

「答えを急ぐな。だからガキなのだ」

「こ、この……」

「だが、ガキがガキらしく生きていける世界を作ってやれなかったのは私の責任だ」

「せ、先生?」

「許すな、アルフレッド」

「い、一体、何を?」

「この古の亡霊の不甲斐なさを、絶対に許すな」

「だから、何を言ってるんですか」


 変わらず淡々とした口調。

 だが、その声音に宿るのは……明らかな罪の意識。

 この人は、これからボクに何を伝えようと言うのだ?


「アルフレッド。何故、お前がエルヴァロンに襲われたのか……真実を知りたいか?」


 カラカラと乾いていく喉。

 無理矢理に呑み込んだ唾の音が、やけに耳朶に反響し続けた。


「……教えて、下さい」

「それは、この世界の全てが根底から覆ることだったとしても?」

「それでもです。そこにボクの、いや、ボクとリョウが絡んでいるのならお願いします……どうか余すこと無く、真実を教えて下さい」


 辺りを支配する沈黙。

 ややの間。

 飲み干されたカップがカチャリと置かれた。


「どこから、話すべきか……」

「どこからでも」

「発狂するなよ」

「何度も死にかけてますから、多少なら耐性はあります」


 ボクの冗談みたいな返しに先生が薄く微笑む。


「かつて、この世界は【刻喰らい】、あるいは【時食み】と呼ばれた化け物により崩壊の危機にあった」

「伝承で聞き及んでおります。それを伝説の英雄達が倒したと」

「【刻喰らい】はあらゆる時間に存在し、数多の次元の違う世界を滅ぼす存在だった。そんな化け物が誕生したのが、今から1万2千年以上も大昔の地球という星だった」

「地球って、あの空に浮いている……いや、リョウの元の世界も……」

「地球でかつて起きた世界大戦の末期、人類史は一度死滅の危機を迎えた」

「死滅の危機……」

「あるいは史滅でさえあったのかも知れない。その世界は確かに終わりを迎えつつあった。だが、ある奇跡の産物により崩壊した世界の影として生まれた世界があった。それがもう一つの地球であり、その世界は崩壊した世界とは無縁の時間軸を辿り長い繁栄をするかに思われた。あの日が来るまでは……」

「あの日?」

「地球と呼ばれた青き星が赤い津波に呑み込まれ全ての文明が失われ、生き残った人類が獣の如き日々を余儀なくされた始まりの日だ」

「そ、それって、ダ・ヴィンチとかってヤツが巻き起こしたって言う」

「ほう、よく知っているな。そうだ、ヤツは当時名前を変えていたがな。人類はヤツとの闘争の日々に明け暮れた。長く永い闘争は、人類史の崩壊から一万年以上もの間続いたよ。それに終止符を打ったのが、伝承にある【刻喰らいとの聖戦】になるのだろう」


 信心深くないボクだって知っている。

 いや、この世界に生きる者なら誰だって知っている。

 あらゆる種族が最後に手を取り合った大戦にして、全ての英雄がこの世を去った聖戦。

 そして、その戦いで最強の名を欲しいままにしたのが、【三振りの神剣】の担い手の一人にして伝説の英雄王――


 カーズだった。

お読みいただいている読者様、本当にありがとうございます!


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