55 女王蜂様 寸胴の周りで踊る
紗季未と疲労子さんは、地道に煮干しで出汁を取り、分量を見て醤油を寸胴にゆっくりと注いでいく。
メンマ切って入れたり、チャーシュー入れたり、正統派のラーメンで勝負するみたい。
と言っても、僕もそんなにラーメンに詳しい訳じゃないけどね。
千里万里さんに聞こうかなと思って、振り向いたら、もう、カメラワークに集中している。
千里万里さんは夢だったテレビクルーになって集中しているなら、ここは黙って見守るべきなんだろうな。
さて、隆山先生は、いつの間にか、寸胴の仕込みを終えて、麺を打っている。
隆山先生、結構、真剣な表情。やる気になれば出来るんじゃないですか。駄目ですよ。蜂野先生と遊んでばっかいちゃあ。
で、その蜂野先生は……ぶっ!
何とちょっと目を離した隙にメイド服に変身し、「おいしくなあれ」「おいしくなあれ」と歌いながら、蜂の針振って、寸胴の周りを踊っている!
メイド喫茶ですかっ? ここはっ? いやっ、メイドラーメン屋かっ!
◇◇◇
蜂野先生、僕の視線に気づくと、
「やあねぇ、新川君。チラチラこっち見て~、このムッツリえっち♡」
ガラガラガッシャーン
後方で凄まじい音がしました。もう、何が起こったか振り返らなくても大体分かります。
でも、僕は振り返らない訳にはいかないんです。
で、振り返ると……
「紗季未ちゃん。落ち着いてっ! 今、『料理勝負』の真っ最中だよっ!」
「離して下さいっ! 疲労子さんっ! せめて一太刀っ!」
ラーメンの麺切り用の包丁を右手に持った紗季未を疲労子さんが後ろから羽交い絞め。うわあああ。
チラリと千里万里さんに救いを求める視線を流すも、紗季未の修羅場を映すことに集中し切っている様子。はあああ、見上げたテレビマン魂ですねえ。
更に視線を移すと、何と蜂野先生と視線が合って……
「お帰りなさいませー。新川ご主人様」
やめてっ! もう、やめてっ!
◇◇◇
そうこうしているうちに、紗季未は疲労子さんの制止を振り切り、こちらに向かってダッシュ。
これは…… 腹を括らねば…… 下手な言い訳は命にかかわる……
かくて、ピンクのエプロンと三角巾を身に纏い、右手に包丁を持った紗季未さん、僕の前に登場。
こういうシュチュエーションでなければ、とても可愛らしいんですけどね……
「こうちゃん。私に何か言うことは?」
「ごめんなさい」
僕は頭を下げると、紗季未にお盆を差し出した。
「全くっ! すぐフラフラするんだからっ!」
ボコッ
紗季未の持ったお盆は僕の脳天を一撃。
そして、蜂野先生が余計な一言。
「新川ご主人様、痛いの痛いの飛んでけー」
ボコッ
僕の脳天を二撃目が襲った。




