99. エルフの碩学 ヨルゲン
日記は魔界が地球に転移する時代へと近づいていく。
一体、ヨルゲンの研究はどうなったのだろうか。
「"収穫の月。転生の時まで魔王が安全に過ごせるように、魔王の器を眠らせた館の地下にダンジョンを造営した。そして、エルヴェツィア大陸全土に回復魔法の魔法陣を張り巡らせるように指示した。
この大規模な魔法陣が完成すれば、あらゆるダンジョンで回復魔法が増強される。そして、ミュスターのダンジョンが魔力の集約地点がとなるのだ。
あとは転生の秘法だけ。私は神に誓って、転生の秘法を完成させる"」
「やっぱり、あの館には隠された遺構があったんですよ!」
エメットが興奮気味に叫んだ。
まさか館にダンジョンが隠されていたなんて、本当だろうか。
「"薪木の月。私の研究は最大の壁に突き当たった。人間の数が減り過ぎた。今や魔族対人間の数は8:1から96:1になった。このまま実験材料に事欠くようでは研究は進まない。
しかし、ここまで来て諦めきれない。何とかして実験を進める方法を確立するのだ。どれだけ命を捨てたとしても、優先すべきは研究の成功のみ。
それが私が選んだ道なのだ"」
「平和になったのに、ヨルゲンは研究に執着していたようじゃのう」
「ヨルゲンはそこまで魔王に忠誠を誓っていたってことなんですかね。それとも、単に研究を続けたかっただけ?」
恐らく後者なのだろう。
転生はヨルゲンが人生を賭けた試みだったように読める。
「"降霜の月。勇者が負けた理由。勇者が転生しなかった理由。そして、人間が減り続けている理由。それは一本の線で繋がっていた。この恐るべき事実を私はここに書き記すことができない。
研究の方針も全面的に変えねばならないだろう。人間と同じ過ちを繰り返してはならないからだ。しかし、私はあまりにも老いている。残された時間は少ない。
私も、研究を引き継ぐ者が必要をしている"」
「あれ? この日付ってエルヴェツィア大陸が魔界にあった頃ですよね。この時点で老いているってことは……」
「エルフの寿命は200年くらいだから、戦争前からヨルゲンが生きていたとすれば、既に死んでいるとしてもおかしくはないだろう。それで、研究はどうなったんだ」
この後、日記は1964年、エルヴェツィア大陸の地球への転移について記されていた。
その記述は現在知られている事実と一致している。
しかし、それ以降の記述は思いも寄らないものだった。
「"1971年。エルヴェツィア共和国が建国されたが、状況は芳しくない。地球に転移して以来、政情は依然として不安定だ。そこで、枢密院は魔王を匿う計画を実行した。
魔王を処刑したように見せかけて、ミュスターのダンジョンに移送したのだ。先にダンジョンを造営しておいた甲斐があったというものだろう。
他の問題が起こるだろうが、少なくとも、これで暗殺の危険は無くなる"」
「魔王がダンジョンに……。まさか、生きている……?」
「しかもルビーさんの館のダンジョンで、ですよ! 早く帰って探しに行きましょう!」
大はしゃぎするエメットを宥めて、日記を読み進める。
ヨルゲンは秘匿された歴史を語っているのだ。
「"1979年。研究はノアクに引き継がせることにした。彼はミュスターに移り住み、ダンジョンを護りながら研究を続ける。
もう思い残すことは何もない。研究の完成を見届けられないことは残念だが、ノアクが果たしてくれるだろう。
魔王と魔族に神の御加護があらんことを"」
そこで日記は終わっていた。




