95. 落丁爆弾(ミッシング・ページ・ボム)
「きっと、この本の中に罠を解除する方法があるはずです!」
エメットが叫ぶと、上永谷氏は近くにあった本を取った。
「"マンドレイクの粉を土鍋で煎じたものを一気に飲み干す。"……文章のフリガナが……罠だ!」
エメットが瞬時に身を屈めると、後方から分厚い本が次々と飛来した。
本は空中で宙返りし、ばたばたとページをはためかせて宙に浮いた。
「迂闊に本を読まないでください! 魔物が召喚されてしまいます!」
「くそっ!」
上永谷氏は罠の本をなぐり捨てた。
既に召喚された本の魔物は大広間を飛び回っている。
「この魔法が効くはず。【ZILWAN】!」
蒔田の持つ結晶の呪鈴から放たれた白く輝く波動が、魔本の群に投げかけられる。
無生物や死物の魂を解き放ち、冥界へと送り返す魔法。
だが、波動を浴びても魔本は崩れることなく飛び回っている。
魔本は私たち目掛けて急降下し、液体の飛沫を撒き散らした。
液体を浴びた本が白い湯気を上げながら溶けていく。
酸だ。
「あれは魔法で動く無生物ではないのか? どういうことなのじゃ?」
酸を避けながら、こんちゃんが叫ぶ。
「あの本は魔法で自律しているのではなく、他に操っている者がいるのかも知れません」
しかし、その主を探している暇はない。
先に罠を解除しなければ、リーズ様と上永谷氏が死ぬ。
「正しい本はどれ……。どれが正しい本……」
魔本の死角を移動しながら、エメットは罠を解除するための本を探している。
しかし、本の山は蠢き、次々に雪崩を打って移動する。
「私たちのことはいい! まずは君たちがここから脱出するんだ! ここは危険だ!」
檻の中からリーズ様が叫ぶ。
その叫びに、胸が締め付けられる。
確かに、このまま大広間にいても状況は悪化するだけかも知れない。
だが、外に出て態勢を立て直している間に、取り返しがつかなくなってしまうのではないか。
「罠が連鎖している可能性があります。落ち着いてください。下手に動けば思う壺です」
エメットは慎重に本を手に取る。
罠が仕掛けられていな
「何……何なの?」
「落丁です! 本のページが欠けている。消えたページの分だけ、読むべき展開を吹き飛ばされたんですよ!」
いつの間にか私たちの周りでは魔本が輪を描くように飛んでいる。
知らない間に皆を庇ったのか、私の作業服には酸で焼け焦げた跡が至るところに残っていた。
追い詰められている。
どうにかしなければ。
「こうなったら、これで何とかするのじゃ!」
こんちゃんが信号ラッパを吹き鳴らした。
ラッパの音が響き渡ると、周囲の空気がまるで水にでもなったように重くなった。
あらゆるものの動きが鈍くなる。
魔本は羽ばたきが遅くなって地面へと落下した。
落下した魔本は、まるで生き物のように、苦しげにページをばたつかせている。
生き物のように?
「破魔魔法が効かないということは……即死魔法を! 奴らは無生物を装った生き物です!」
私の言葉に、蒔田はすぐに詠唱を始めた。
「【MAKANITO】!」
呪鈴から猛毒の霧が噴出し、地面に広がっていく。
魔本は毒に冒され、僅かに痙攣した後、動きを止めてただの本に戻った。




