74. 妖々跋扈
折角の寄付金を、このうらぶれた物件に注ぎ込むのは気が引ける。
しかし、見る限り他の場所は店舗で埋まっており、贅沢を言っているわけにもいかないようだった。
カフェのテラス席が規則正しく並んだ賑やかな広場からも近いし、きちんと宣伝さえすれば悪くないのかも知れない。
私はそのように自分を誤魔化すことにした。
「不動産屋から鍵も借りているし、とりあえず中も見ておくか」
物件の内部は一応、清掃したようだが、前の店舗の残り香があった。
元ボタニカル・ショップの物件の床には片付け忘れた鉢やらジョウロやらが残されている。
「きっと以前はお洒落なお店だったんでしょうけど、やはり利益を上げるには厳しかったんでしょうね」
この先が思いやられるが、地道に足場を固めるしかない。
少なくとも周囲は、観光地ならではのブランド・ショップやカフェが建ち並ぶ通りなのだ。
「兄上が仕事でトゥーリにも立ち寄るそうだから、レイアウトは兄上にも協力してもらおう。なるべく早く改装して、観光案内所として利用せねば」
その時、ショーウィンドウの外に2つの影が現れた。
閉鎖された物件しかない通りに何の用だろうか。
「情報弱者が迷い込んだんですかね」
「エメットさん、言い方」
「情報リテラシーにデバフがかかってらっしゃる方」
配慮した結果、逆に煽りに聞こえる。
2つの影は右往左往して動かないまま、外に留まっている。
「ちょっと様子を見に行くか」
私たちは場合によっては通報する心構えで外に出た。
武器を持った不審者だったら私が命を懸けてリーズ様をお守りする。
「こんちゃんさん、本当に観光案内所ってここなの?」
「八卦ではこの路地にあると出ていたんじゃ。間違いないのじゃ」
「八卦? 当たるも八卦当たらぬも八卦の八卦?」
「そうなのじゃ。でも、わらわの八卦は200%当たるはずなのじゃ」
日本語で喋る猫と狐の獣人の女性が2名。
お困りのようだが、あまり関わりたくない困り方をしているような気がする。
1名は白いメッシュを入れた茶髪に、痩せ型で、『DiToMeter』というロゴが入ったジャンパーにジーンズ姿の猫娘。
1名は小麦色の髪に紅白の巫女服、あどけなさが残る顔立ち、そして事あることにのじゃのじゃ言う奇妙な喋り方の狐娘。
「あ、誰か出てきたのじゃ。ちょうどいいのじゃ。そこにおわす下界の者たちー、ちょっと聞きたいことがあるのじゃ」
「下界って……」
「このあたりに観光案内所があるはずなのじゃ。どこか教えてほしいのじゃ」
「今はまだ閉鎖されてますけど、観光案内所になる予定の場所ならここです」
「え?」
私の言葉に巫女服がぽかんと口を開けると、猫娘のほうが顔を片手で覆って首を振った。
「こんちゃんさん、つまりここって将来的には観光案内所ってことじゃん」
「すまないのじゃ、Uz……。でも外れでもなかったのじゃ。勘弁してほしいのじゃ」
巫女服は尻尾と頭を垂れてしまった。
「あの、すいませんが、どのようなご用件ですか?」
「えっと……私たち、トゥーリでホームステイする予定なんです。それで、周りがどうなってるか知りたくて、観光案内所に行けばわかると思って探してたんです」
「そうなのじゃ。下界の下見に来たのじゃ。是非、協力してほしいのじゃ」
かくして、私たちは開いてもいない観光案内所に現れた謎の獣人2名を案内することになったのだった。




