73. 寄り道
私たちはグラープからの帰りにトゥーリ州へ寄ることになった。
新たに開設する予定の観光案内所を確認するためだった。
「長く車の中にいるのも辛いですよね」
「ずっと運転しているリーズ様はエメットさんより辛いと思います」
「ルビーさんも運転していないじゃないですか」
普段は空を飛んで移動してきた私に車は不要だった。
運転免許を取るだけのお金もないし。
「私のことは気にしないでくれ。まだ時間がかかるし、寛いでいていいから」
「ありがとうございます。リーズ様」
「それなら、また予行演習やりましょうよ。グラープでイセザキさんとシオバラさんが倒れていた時みたいに、緊急事態があったケースの練習」
「それは言う通りだと思いますけど、誰かが倒れていたらどうすればいいんですか?」
「お見本を見せましょう。焦らず騒がず救急車を呼ぶんです」
エメットは倒れた方を見つけたところから予行演習を開始した。
「だ、誰か倒れてる! 大丈夫ですか! 大丈夫ですか。そうですか、はい。大丈夫ですって」
「そこから先をどうするか練習するんでしょ!」
「すいません。今は大丈夫だったんで」
「大丈夫じゃないですよ」
「それじゃもう一回。倒れてる♪ 人が倒れてる♪ ふふっ」
「なんでリズミカルで半笑いなんですか」
「救急車を呼ばないと! 救急車! えっと……117と」
「それ時報! 救急車は119に掛けるんですよ」
「1192……」
「2は要らない! 1192って鎌倉幕府じゃないですか」
「今は1185らしいですよ」
「嘘……?」
「鎌倉幕府はいいんで、ルビーさんが救急隊員の役やってください」
「……」
「もしもし!」
「はい。消防です。火事ですか。救急ですか」
「三ツ沢です」
「名前を聞いてるんじゃない! 火事か救急か答えて!」
「きゅきゅきゅ救急です」
「焦りすぎじゃないですか。どんな状況ですか?」
「身長192cmで検問って書かれた黒Tシャツを着た人間が倒れてます」
「設定が細かい……。出血はありますか?」
「見た感じ出てないですけど、出したほうが盛り上がりますよね?」
「盛り上げなくていいから!」
「うーん、難しいですね。救急車呼ぶのって」
「難しくしてるのは主にエメットさんのほうじゃないですか」
「なんかもうパナ〇ニックになっちゃって」
「パニック」
「パニックになっちゃって♪」
エメットの茶番に付き合っているうちに車は目的地に到着した。
トゥーリ州の州都トゥーリは空の玄関口があり、外国からの観光客が最初に降り立つ場所でもあった。
街自体は湖畔の小さな歴史都市で、時を重ねた建物と機能的な現代の建物が混在している。
道路は隅々まで舗装され、ゴブリンの建築士たちがヨーロッパで学んだ新古典主義建築が各ブロックに敷き詰められている。
ゴブリンたちの地球の文化への憧れと都市計画は、一つの街を飲み込むには十分だった。
市内は市電と市バスがくまなく走っている。
株分けした世界樹の並木が続く大通りを、市電とすれ違いながら南下していく。
「地図だとこっちのはずなんだが」
「こっちの通りは車両通行止めですね」
レンタカーを駐車し、徒歩で観光案内所の予定地を目指す。
広場へと繋がる石畳の表通りには婦人服店やブティックが軒を連ねている。
「裏道……ですね」
「ここまで来るのに案内が必要なんじゃないですか?」
人通りのない裏道。
その奥に件の物件はあった。




