64. キノコ
時空の穴を越えて、最初にやってきた天文時計の尖塔に着いた途端、ロシルは力を失って膝をついた。
魔力切れのようだ。
ロシルは肩で息をしながら言った。
「巨岩まで……海を渡るには……空中歩行の魔法を……」
「そんな状態では無理だ。少し休憩しよう」
私たちはロシルを支えながら尖塔の中へと入った。
その仄暗い床には奇妙なキノコが生えている。
キノコには魔力を回復させるものもある。
このキノコもそうした効能があるはずだった。
「魔力を回復させるなら、何か食べたほうがいいかも知れません」
「ルビーさん、あえて言いますけど。大丈夫なキノコなんですか、あれ」
「大丈夫です。味のほうはオススメしませんけど……」
「トリュフだと思って我慢するしかないな。あと、アレルギーも出ないことを祈る」
イセザキは早速、キノコを採集し、腕一杯に抱えてきた。
「さっき魔法を使って、久々に魔力酔いになったからな。食べられるならキノコでも苔でも食うしかないね」
「イセザキさん、魔法使えたんですか」
「下手の横好きだよ。古代魔法に興味があって、通信教育で習った。でも、魔法が使えたって魔力酔いでふらふらになってたら、行きたくもない飲み会に参加したのと変わらないさ」
そう言いながらイセザキは毒々しい紫色のキノコから石突をむしり取っている。
その背中はなんとも寂しい。
地球の人間の中には、エルヴェツィア大陸が転移してから、魔法が使えるようになった者たちがいた。
彼らは身に覚えのない怪現象を恐れたが、それが魔法だと知ると一転して魔法を学び始めた。
今では大和撫子の嗜みとして、華道、茶道、戦車道に続いて魔道が人気になっているという。
それはいわゆる魔法を使った演技の美しさを競うもので、かつての魔法使いが争った粗野な決闘とはわけが違った。
イセザキはどうやら華やかな魔道とは違い、戦闘用の魔法を習った正統な魔法使いのようだった。
「私は要らない……以前も食べたけど……」
ロシルが虚ろな目でキノコを見ていると、イセザキは苦笑した。
イセザキは鞄から無機質なスチール製の杖を取り出し、その杖先に火を灯した。
炙られたキノコから香ばしい匂いがする。
そこから立ち上る煙は光り輝き、魔力の存在を示している。
「日本では虫食だってある。イナゴとか蜂の子とかな。それに比べれば見た目は問題無い。さてこれは……珍味だな」
貶しもしなければ褒めもしない。
イセザキは無表情のままキノコを咀嚼した。
「ロシルさんの代わりに俺が空中歩行の魔法を使う。魔法を使ったら、誰かおっさんの介護をしてくれると助かる」
「それは僕がやりますから安心してください」
シオバラの言葉にイセザキは落胆したように鼻で笑った。
「こういう時こそレディーに任せたかったのになぁ。ま、俺みたいな中年じゃ贅沢言ってられないか……。皆、俺を中心にして円陣を組んでくれ」
イセザキは鞄から絹製の長い帯を取り出すと、円陣になった皆の足首の周りに帯を掛けた。
「お互いに手を繋いで。呼吸を整えてくれ」
イセザキの詠唱とともに、杖が彼の手元で小さく脈動する。
「【REBIFATE】」
かつてエルヴェツィア大陸の人間たちが作り上げた独自の魔法体系。
足がじんわりと優しい熱に包まれる感覚があった。魔法は成功したようだ。
吸血鬼の観光ガイド、エルフの聖堂騎士、ノームの遺跡荒らし、エンプーサの大主教、人間の魔法使い、人間の観光ガイド。
私たち即席スクワッドはいよいよグラープ城の隠しダンジョンから逃れることになったのだった。




