59. 静謐なるヴェンゼスラスの間
何の装備も無しでダンジョンに放り込まれて、生き残れる確率は低い。
砂浜から遠ざかった陸地側には森林が広がっていたが、下手に入り込めば出てこれなくなる可能性があった。
「あそこに何かいる」
リーズ様が指差した先には、這いずるように動く一匹の巨大な巻き貝がいた。
「あれは多分、シェル・クラブを食ったグリーン・スライムですね。巻き貝の外にシェル・クラブが出てこないで移動しています」
「なんとかしてあれを倒して、有用な武器や防具を得られないだろうか」
「任せてください」
私は護身用の呪鈴を懐から取り出した。
ごく簡単な魔法しか使えないが、今はそれでも十分だ。
「【KATINO】!」
白い霞みが巻き貝を覆う。
グリーン・スライムは魔法によって眠りに落ち、そして動かなくなった。
さらに、こういう時こそ吸血鬼の腕力が役に立つ時だった。
私は砂浜の真ん中で寝ているグリーン・スライムに近寄り、素手で巻き貝の殻を叩き割った。
驚いたグリーン・スライムは一瞬飛び跳ね、殻を捨てて森林へと逃げていった。
残された殻を漁ると、中にはシェル・クラブが中に隠していたと思しき道具の類が残っている。
「本当に倒したな……本体は逃げたが」
「これくらいは序の口です」
素手でスライムを相手にすることはできないので、好都合だった。
さっそく道具を確認する。
「剣……か?」
「こっちは金槌……ですかね?」
未鑑定の道具を扱えるほど、ダンジョン探索は楽ではない。
誰かに鑑定してもらわなければ、武器や防具を拾ったところで荷物が増えるだけだ。
「念のために持っておくか。折角拾ったし」
砂浜を当てもなく歩いていくと、高台の上に見覚えのある尖塔が見えてきた。
見間違えるわけがない
「グラープの天文時計……!」
私とリーズ様は高台へと向かった。
傾いた尖塔に設置された文字盤は、確かに天文時計だった。
「どうしてこんなところに」
「わかりません。ダンジョンですから、やっぱり外の影響を受けているのかも。でも……もしかしたら罠かも知れません」
「罠か……」
好奇心を刺激して、侵入者を陥れる罠はいくらでもある。
私たちは躊躇い、高台の一角から一歩も進めなかった。
「あの針、なんだかおかしいぞ」
時計の針を眺めているうちに、リーズ様が言った。
「動いていないわけじゃないが、物凄く遅い」
よく観察すると、確かに時計の針はごく僅かにしか動いていない。
「まさか、このダンジョンは時間が歪んでいるんじゃ……」
「なんだって」
この天文時計が外と連動しているとしたら。
外の時間と比べて、ダンジョン内では時間の流れが早いということになる。
「そんなことがあるのか」
「少し調べてみたほうがいいですね」
私たちは意を決して尖塔に歩み寄っていった。
「誰かいる」
尖塔のたもとに座り込んだ1つの影。
その横顔は美しい女性のものだった。




