55. 天文時計
私たちは新市街にある博物館駅で下車した。
文字通り、すぐそこには国立博物館の本館がある。
ここは200年前に博物館として創設され、100年前にエルヴェツィア王国の建国とともに国立博物館となった。
調和のとれた左右対称の正面に、巨大な円柱とアーチが特徴的な、荘厳な外装が見る者を圧倒する。
今年は、王国建国100周年記念の特別展示が行われていた。
共和国となった今でも、魔族は魔王と王国の面影を忘れてはいない。
博物館には古くは化石や鉱物、剥製などの自然科学に関する展示から、エルヴェツィア王国の歴史にまつわる古物が収蔵され、統一の栄光を今に伝える。
統一前、グラープとその一帯はチェーヒ王国として独立していた。
国立博物館の正面の広場にはチェーヒ王ヴェンゼスラス1世の騎馬像が立っている。
騎士にして守護聖人。
英雄と称えられる君主は魔王カレル4世にも影響を与えた。
カレル4世はチェーヒ王国の王冠を新たに作り、それをヴェンゼスラスの王冠と名付けた。
彼は国民にヴェンゼスラス1世の正統な後継者という印象を持たせようとしたのだ。
「騎士の王か。惚れ惚れするな」
リーズ様は珍しく自撮り棒を取り出して、何枚も騎馬像の写真を撮っている。
エメットはその姿を撮っている。
「博物館から次の地下鉄駅まで、この大通りはグラープで最大の繁華街です」
「色んなお店がありますね」
かつての馬市場も、今では飲食店からブランド・ショップまであらゆる店が揃っている。
通りにはテラス席を設けたカフェも多く立ち並んでおり、どこも客で満員だ。
大通りを真っ直ぐに進んでいき、そのまま旧市街を目指す。
通りの突き当りには旧市街広場があり、ここにも観光スポットがある。
グラープの天文時計。
旧市庁舎の尖塔に、豪奢な装飾とともに設置された大型の時計。
600年余り前に造られたこの天文時計は、今でも古エルヴェツィア時間を刻み続けている。
当時、発明されたドワーフの機械式時計を元に設計され、ドワーフの時計職人ミコラーシュが完成させた。
上部には天体盤と呼ばれる天体移動を示す天文図文字盤、下部には四季盤と呼ばれる季節を表す暦表盤が並んでいる。
文字盤の両脇に立つ魔族の像はそれぞれ魔本記者、悪魔、天文学者、哲学者を表す。
「そろそろ時間ですね」
この時計のショーを見るため、人々が自分の腕時計と天文時計に注目し始めている。
周囲ではストリート・パフォーマーも賑やかさに華を添える。
悪魔の像が提げている鐘を鳴らし、正午時を知らせた。
すると、天文時計の上部にある窓の扉が開き、魔族の十二使徒が行進を始めた。
先頭に君主が立ち、竜人、悪魔、吸血鬼、ゴブリン、鬼人、ノーム、グラスランナー、ドワーフ、狼人、獣人、そして最後にエルフ。
十二使徒は時計上部を半周し、時計の中へと戻っていく。
使徒の順番の意味は分からないが、チェーヒ王国の国民はこれが世界の理を示すものだと理解していたようだ。
十二使徒の行進を動画に収めようと、人々は皆、スマホを掲げている。
「明日はここから北西に進んで……カロルヴァ橋を渡ってグラープ城に行けばいいんですよね」
「そうです。すぐですよ」
「明日も楽しみだな」
一通り観光を済ませると、私たちは地元のビア・レストランへと向かった。
古い教会で醸造されていた独自製法の黒ビールが飲める。
「これこれ、これですよ!」
口の周りを泡だらけにしながら、エメットはひたすら地ビールを頼んでいた。
「瓶に数字が書かれているが、バリング数ってどういう意味だ」
「バリング数っていうのは発酵前の麦汁の糖分濃度です」
エメットが瓶を指差しながら説明する。
「10%ならアルコール度数4%くらい。12%以上なら混じりっけ無しの麦芽100%ビールです」
言いながらもエメットはどんどん呑んでいく。
明日、起きられるのか。
私たちはその後、酩酊しきったエメットを背負って、民宿へと戻った。




