53. 告白
「そういえば調べていた件だが」
リーズ様は小さく咳払いしてから話し始めた。
「トゥーリ州の州都トゥーリに観光案内所を設立できるそうだ」
トゥーリはミュスターから北西に220kmほど行ったところにある、エルヴェツィア共和国有数の都市だった。
交通の便はよく、空港と国鉄の起点となっている。
かつて河を往来する船から税を徴収するために城砦が建てられたことから、税関が名前の語源となっていた。
今もトゥーリは国際金融都市であると同時に観光地でもあり、案内所を設けるには絶好の都市だった。
「随分と都会を選びましたね。あたしたちも引っ越しですか?」
「当分は現地のスタッフに任せたい。もし、これから等級が上がって国外でも観光案内するようになれば、こういう都市にある観光案内所は役に立つはずだ」
「それなら田舎暮らしを続けられますね。良かったですね、ルビーさん!」
「わ、私はリーズ様の命とあれば、どこへでも行きますよ」
「まぁ、それでも館の家賃は払ってもらうわけですけどね」
私がムキになって答えると、エメットは含み笑いを浮かべながら言った。
毎度のようにこんな遣り取りが続いているが、エメットが家賃徴収のため強硬手段に出ることはなかった。
「そうだ。忘れるところだった」
アルヴィがチーズを飲み込んで言った。
「可愛い妹のために、観光案内所で働いてくれるボランティアを集めておいた」
「本当か、兄上」
「トゥーリとか大きな都市に進出するんだったら、君たちが留守の間こっちに常駐してくれるスタッフも必要だと思ってね」
「すごいです! 流石、アルヴィさん!」
エメットがテーブルから身を乗り出して喜ぶ。
確かに私たち以外のスタッフがいてくれるのは非常に助かる。
これからはミュスターに付きっきりではなく、いよいよ州外に本格進出できる。
当初は地域密着型ともいえるスタイルだったが、これなら早いうちに活動の範囲を国内全域にも広げられそうだ。
有意義な夕食を終えて、私たちは全員、館に泊まることにした。
魔物が出るかも知れない以上、できるだけ一緒にいたほうが安全でもあった。
「ちょっといいかな」
私が書斎でメールを確認していると、アルヴィが扉をノックした。
「どうぞ」
「ありがとう」
アルヴィは肘掛け椅子に腰を下ろし、私を見つめた。
「……何でしょう」
「昼間、魔物が出た時、君は僕を庇ってくれたよね」
「そうでしたっけ」
「君は大胆なだけじゃなくて、見た目以上に勇気がある」
「ありがとうございます」
アルヴィは視線を逸らすことなく、ずっと私を見つめている。
私はまたアルヴィのペースに飲まれつつあるようだった。
「実は……君の気持ちを聞きたい」
「へ?」
「冗談じゃなくて、本当の気持ちを知りたいんだ」
私は目を白黒させて、言葉を失った。
これは告白なのか?
いや、私もリーズ様と急展開があったではないか。
きっと桜木家の一族はそういう星の下に生まれているのだ。
「今じゃなくてもいいんだ。でも、返事を待ってるよ」
アルヴィは連絡先を書いたメモをそっと手渡してきた。
この空気では断れない。
「は、はい……」
これはいわゆる三角関係というものではないか。
私はどうしたらいいのか分からなかった。
私に気持ちを打ち明けるような者などいなかった。
それを打ち破った最初の一言が、愛の告白とは。
もやもやした気持ちのまま夜が明けた。
食堂に下りると、アルヴィは朝食も取らずに出発していた。




