47. 東西冷戦
「日本でダンジョン生成魔法の実験開始。放射性廃棄物の処理に活用……か」
私は観光案内所に置いてあるPCでニュースを見ていた。
他にやることがない。
「日本でダンジョンができるっていうと、皆お手軽にダンジョンに入るか魔物が溢れて滅茶苦茶になって、その中で誰か1人がモテモテになるか救世主になるか、どっちかになりそう」
エメットは相変わらず漫画を読むためにバックヤードに籠もっている。
受付に立つのは私の仕事になってしまった。
観光案内所の条件にはガイドが常駐していることも含まれるが、観光客が来ない間は暇を持て余してしまう。
ネットは暇潰しにちょうどいい。
ライステイナム州での観光案内の後、ミュスター観光騎士団は4等級の観光案内所にランクアップした。
噂は広まり、ありがたいことに近所の会社や店舗からも寄付が集まるようになった。
しかし、近所でできることには限りがある。
今後、活動を広げるためには、空間の制約はできるだけ少ないほうがよい。
そこで、リーズ様はもっと集客力のある場所、いわゆるゲートウェイ機能を持つ地域に観光案内所を設置できないか調べに行っていた。
随分と気が早いようにも思えたが、外部からのアクセスの良い立地を確保するには時間がかかる。
ただ、あまりにも順調すぎた。
ダンジョン案内の実績があれば4等級に上がれるということは確認済みだったが、それも1回きりだ。
観光局の審査が適当なのか、誰かが裏で手を回しているのか。
後者のような気もするが、心当たりはない。
「クダノスダール自治共和国、エルヴェツィア共和国への編入を国民投票で可決、議会は無効を宣言……か」
60年前、ワルシャワ条約機構軍の東方ブロック――つまりソビエト連邦軍がエルヴェツィア大陸に侵攻し、魔族の住民を攻撃して死傷者を出した事件があった。
ソ連軍は人間の保護を理由にそのまま居座り、ソ連に近い北西側の地域がクダノスダール自治共和国として独立、ソ連の支配下に置かれた。
当時のエルヴェツィア王国を支配していた魔王政権の対応は後手後手に回った。
何もできなかったと言っても過言ではない。
しかし、事件の数日後にはCIAのエージェントが魔王に謁見。
ソ連の影響力拡大を危惧したアメリカ合衆国が、世界で初めてエルヴェツィア王国を承認した。
国連では、ソ連の行動は主権国家に対する侵略行為と見做され、ソ連軍はエルヴェツィア大陸から撤退すべきという国連決議が採択された。
一方で、東ドイツなどの国々は魔族が人間を支配下に置くエルヴェツィア王国を承認せず、ソ連の行動を容認した。
エルヴェツィア王国の代表者が不在のまま、世界情勢は目まぐるしく動いた。
各国の思惑は、東西陣営のどちらがエルヴェツィア王国を引き込むかという点に集中した。
アメリカはエルヴェツィア大陸に軍事戦略拠点としての価値を見出すと同時に、日本への圧力を警戒した。
なんとしてもエルヴェツィア王国を西側に引き込む必要があった。
民主化が失敗し、西の中国とソ連、東のエルヴェツィア王国が日本を挟んで圧力を加えることになれば、日本が東側に傾く可能性がある。
また、アメリカ軍が太平洋上を航行するのに、エルヴェツィア大陸はあまりにも邪魔な位置にあった。
しかし、これを西側へ引き込めばアジア圏における竹のカーテンは大幅に強化され、キューバ危機とは逆にソ連の目と鼻の先にミサイルを配備することも可能になる。
ソ連もアメリカと同様の考えに至っていた。
当時のアメリカはベトナム戦争につきっきりで、これ以上の派兵は困難だった。
日本が主体的に動いてエルヴェツィア王国を西側に引き込むように、アメリカは日本へ要求した。
日本は急遽、朝鮮人民共和国――旧・大韓民国への資金援助を定めた日韓基本条約を棚上げし、エルヴェツィア王国への積極的外交を展開する。
日本は魔王の存在が人間への不信感を与えていると助言し、エルヴェツィア王国をエルヴェツィア共和国に移行させることに成功した。
そして、共和国はアメリカに続いてエ日共同宣言を採択し、日本との国交を樹立する。
しかし、ソ連も手をこまねいて見ているわけではなかった。
ソ連の工作によって、エルフやドワーフが分離独立の道に走った。
ソ連軍が侵攻した地域では人間が一箇所に集められ、彼らはクダノスダール自治共和国として独立を宣言した。
クダノスダール自治共和国では住民投票でソ連への編入が賛成多数になったが、国際社会はこれを無効と判断した。
ソ連崩壊以降、クダノスダール自治共和国はエルヴェツィア共和国への編入を検討したものの、今回は議会が住民投票を無効と判断してしまった。
「何やってんだか」
人間は皮肉な結果を招くのが得意なのかも知れない。
私がニュースを眺めていると、案内所の外に1つの影が現れた。
背の高さから察するにリーズ様ではない。
私はブラウザを閉じて立ち上がり、観光客がドアを開くのを待った。




