45. 魔王軍と吸血鬼
魔王は手始めに各魔族の代表として各地の大主教や総主教たちを集めた。
そこで会議を開き、次のように述べたという。
これは魔族の地位と信仰を護るための戦争であると。
日和見的な態度を取ってきた高位聖職者たちだったが、魔王が自分たちの利益を代表すると確信した。
人間が反旗を翻し、魔族の教会を破壊することは、聖職者にとって看過できない事態だった。
教会領から上がってくる貢納も減るし、儀式を執り行うこともできない。
しかし、教会が武力を行使することは難しい。
自分たちの代わりに魔王が軍を動かしてくれるのであれば、教会はそれを支援する準備があった。
魔王は教会を通じて各地で借款を取り付け、徴兵を開始した。
各地の領主は領民の数に応じて、兵士を魔王軍に提供することになった。
魔王は自分に反抗的な上位魔族に前線を任せて力を削ぐ一方、魔王軍の再編と訓練に時間を割いた。
高位聖職者たちは一向に動かない魔王に対して苛立ちをぶつけたが、既に十分な軍勢を手にした魔王に逆らうことができる者はいない。
魔王の関心は軍事改革に注がれ、魔王軍は生まれ変わった。
魔王は名実ともに魔族を統べる魔王となったのだ。
それまでの軍隊では各地方と各魔族で連隊が分かれていた。
ゴブリンはゴブリンだけ、ドワーフはドワーフだけで中隊を作り、しかも同じ地方の出身者だけで連隊は固まっている。
これでは連携もあったものではない。
そこで、各中隊で兵種を組み合わせ、お互いの欠点を補いつつ戦うことにした。
金払いの良さと魔王自身の督戦により、軍の再編は徐々に進んでいった。
現代では諸兵科連合と呼ばれるこうした配属方式は、人間の軍隊を制圧するために特化していた。
ノームたちが敵の魔法を封じて後方からの支援を絶ち、ドワーフや獣人たちが前線を支え、エルフたちが魔法でドワーフを支援する。
一方でグラスランナーのような破壊工作が得意な魔族を1つの兵科部隊として独立させる柔軟さもあった。
戦術面を改善する一方で、人間の内部分裂を狙った調略も忘れていなかった。
吸血鬼の存在は人間たちを寝返らせるのに十分すぎる効果があった。
「ようやく本題ですね。ルビーさん生誕の秘密」
吸血鬼は主に農村に差し向けられた。
田畑を焼き、農民を眷属に変え、食糧を断つ。
そんなわけで吸血鬼の部隊は私の村にも訪れた。
不利と見た人間の傭兵隊はすぐに撤退していった。
男と交わった少女たちは一人残らず貪り食われて死んだ。
雑用に励んで貞操を守っていた私だけが吸血鬼の同胞となり、生き残ってしまった。
噛み付かれた直後、枝毛だらけだった黒髪はしなやかな白髪に変わった。
生まれ変わったようだった。
「これから、どうすればいいんですか」
私は吸血鬼の部隊長に尋ねた。
部隊長は漆黒の外套に身を包み、蒼白の顔を一層際立たせていた。
「殺せばいい。いずれ殺されるまで」
その後は、行くあてもなかったので魔王軍に入り、ただひたすら殺し回った。
苦しみを忘れるためには悲しみを重ねるしかなかった。
かつて魔族が造ったダンジョンも人間が籠城戦に利用していた。
私は手懐けた魔物や即席のスクワッドメイトを引き連れてダンジョンの奥にも潜った。
だが、戦争はなかなか終結しなかった。
年老いた勇者が、死んだ勇者が転生する度に、勇気づけられた人間たちは立ち上がった。
人間たちは疲弊していたが、一縷の望みをかけて何度も戦いを挑んできた。
しかし、ある時、戦争はあっけなく終わる。
影武者だと思って殺した相手が、死から1ヶ月も経って勇者本人だと判明したのだ。
勇者の死体は復活魔法をかけられたが失敗し、その遺体は灰になり、そして再び魔法は失敗して永久に消滅したという。
勇者を失った人間は大幅に譲歩した和平条約を飲んで降伏した。
魔王は病床にあって統治を続けた。
魔族も人間も別け隔てなく、最早、魔王を憐れむ者はなく、忠誠と畏敬を集める象徴となった。
一方で私は忌むべき存在として恨まれ続けた。
魔王は私を助けようとしたが、最後には折れて、私の封印が決まった。
せめて自分が親代わりになってやれれば。
それが魔王から掛けられた最後の言葉だった。
「へー。魔王も意外と策士だったわけですね。あと、意外と優しいのかも。それにしても、人間から見たら最悪の極悪人じゃないですかね、ルビーさん」
「そうでしょうね。勇者を殺したわけですから。生け捕りにするように命令されていたので魔王からも怒られました」
「狂戦士すぎる……。でも、人間って間抜けですね。遺体を消滅させるなんて。あたしたちノームなら、もっと上手くできますよ」
「どうやるんですか」
「奇跡を起こして健康と復活を望みます」
「戦ってる時じゃないと使えないじゃないですか、その魔法」
「戦うしかないでしょ、こういう場合」
「自分はいつも戦ってないのに」
「趣味じゃないんですよ、戦うのは」
エメットは笑みを浮かべながらシードルの瓶を開けた。
心地よい炭酸の音を聞いてから、シードルをラッパ飲みする。
「うーん、買い出しに行く空気でもなくなっちゃいましたね」
大きく背伸びして、エメットはソファにもたれかかった。




