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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
伯爵の官邸ヴァデュッツ城のダンジョン
36/103

36. ヴァデュッツ州立現代美術館

 ゴブリンは魔族の中ではドワーフに次いで機械に強い種族である。

 彼らはドワーフほどクリエイティブではないが、リバース・エンジニアリングに関して彼らの右に出る者はいない。


 見様見真似で生み出してきた工業機械のおかげで、ライステイナム州は一人あたりGDPが平均で10億レウにも上る、国内屈指の経済地域に成長した。

 そのような背景から、ライステイナム州では他の地域ほど観光業に力を入れていない。


 勿論、観光スポットはある。

 だが、それが受け入れられるかは未知数だ。


 日本人観光客を喜ばせる方法はある程度、絞られる。

 私が予習したのは以下のような事柄だ。


 1つ、食事は清潔で美味しくて写真映えするレストランを選ぶ。

 彼らは衛生と食にうるさい民族である。


 1つ、お土産は食品メインで種類が多くて写真映えする店を選ぶ。

 彼らは見栄と食にうるさい民族である。


 1つ、観光スポットは歴史があり休憩場所があって写真映えする場所を選ぶ。

 彼らは権威と食にうるさい民族である。


 この日本人女性2人がどれだけ典型的な観光客かはまだ分からない。

 なので、まずは様子を見ることにした。


 最初に入るのは観光局の斜め前、伯爵のコレクションを集めた美術館。

 ここにはカフェもあるので、3つ目の条件に当てはまるはずだ。


 この美術館には人間との戦争が終わってから収集された、比較的新しい美術品が数多く収蔵されている。

 絵画や彫像のような伝統的な作品だけでなく、オブジェやインスタレーション作品もある。


 歴代の伯爵は作者の種族や人種を問わずに優れた作品を集めた。

 魔界が平和になったからこそ、成立した美術館だった。


 エントランス前の広場には、かつて魔界を支配した魔王のブロンズ像が立っている。

 その輝く姿は魔界の往時を感じさせずにはいられない。


「へー。あれが魔王像?」


「なんか丸っこいね。ちょっと可愛いかも」


 人間の作者は魔王の外見に遠慮しなかったようだ。

 とりあえず記念撮影する。


「こういう時ってなんて言うんでしたっけ?」


「日本語だとチーズです」


「了解です!」


 エメットが派手なケースに入った2人のスマホを受け取る。


「はーい。撮りまーす。チーズ!」


「貴方が撮るんだったら自撮り棒付けなくていいでしょ! というか、なんで貴方まで写ろうとしてるんですか」


「バレました?」


「バレバレですよ。恥ずかしいから早く普通に撮ってください」


 エメットの茶番にセミロングのほうは大ウケしているし、ミディアム・ボブのほうも釣られて笑っているので、今回はよしとしよう。

 写真は結局、リーズ様が代わりに撮った。


 当初は喜んでいた2人だったが、中に入ってからは少々困惑している様子だった。

 抽象主義芸術家ウィレム・ウィレムスゾーン・クーンによって描かれた、戦後、最高の高値――7400億レウ――をつけた作品"無題"は彼女たちの好みに合わなかったらしい。


 エナメルや木炭といったメディウムを組み合わせ、大胆かつ鋭い筆致で表されたアクション・ペイントは、一般人では簡単に理解できないようだ。

 残念ながら私も理解できなかったが。


 そして、コンセプチュアル・アートの大家アンソニー・バルデスの作品"死せる聖者"は、完全に嫌悪の対象になった。

 セミロングは順路を巡る途中、展示室に設えられた大きな黒い箱と、そこに開けられた覗き穴を見つけた。


「それは見ないほうが……」


 私が注意するよりも早く、セミロングは覗き穴に顔を近づけていた。

 途端、セミロングは小さな悲鳴を上げて後退りした。


「え? どうしたの?」


「なんか、人が入ってた……ヤバイよ……」


 中身は言わずもがな冷蔵された死体である。

 タイトルの通り、バルデスは観客が"死を覗き込む"という行為を芸術に仕立て上げたのだった。

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