30. 運命の車輪
まさか議員と勝負させられることになるとは。
魅惑的な夢魔のカジノ従業員に案内され、私たちはVIPルームに入った。
個室を利用できる会員カードはゲームごとに種類がある。
カードに書かれたゲームの部屋にしか入ることは許されない。
配られた会員カードにはルーレットの紋章が描かれている。
果たして案内されたVIPルームでは、緑色の絨毯のテーブルと赤黒に縁取られた運命の車輪が鎮座していた。
席に着いてから私は重大な問題に気付いた。
「私たち、賭けるお金が無いんですが……」
「金を賭けろとは言っておらぬ」
「では何を賭けるのですか」
「館だ。おぬしの館を賭けよ」
エメットが飲んでいたビールを吹き出す。
飛沫が私の髪を濡らした。やめてほしい。
「ダメですって! 私の館なんですよ?」
「あそこに天文台を誘致し、日本のODAで天文機器を設置する計画がある」
「やめてくださいって! 日本とか、あんなボケ老人大国の島国どうでもいいじゃないですか!」
「しかし、他に賭けうるものはあるまい」
「いやいや、いやいや! それならこの勝負降りますよ!」
「他の者はどうだ」
「……もし私たちが勝ったら、その時はどうする」
リーズ様が探るような視線をカルロフに向けた。
「おぬしたちのNPO法人に寄付金を与えようではないか。誰か一人でも勝てば、おぬしたちの勝ちでよい。悪い条件ではあるまい」
フロントで気前良く5億レウも預ける相手だ。
寄付も多額になるに違いない。
「ルビー。どうする」
私は覚悟を決めた。
「万が一、館が取られたとしても、観光案内所の運営には問題ありません。ここは勝負を受けましょう」
「勝手に決めないでくださいよ! 今、空気が一瞬ざわ‥ざわ‥ってなりましたよ?」
鵞鳥のような声で喚くエメットを無視して、ゲームは始まった。
全員がスタート時に同じ額のチップを持ち、最終的に最もチップを獲得した者の勝利とする。
全身、メタルコーティングのゴーレムがスピナーとして台についた。
「本日、すぴなーヲ、務メサセテイタダキマス。うぃんぐすデス」
自己紹介の後、ウィングスはカルロフが立て替えたチップを手早く全員に配った。
25万レウのチップが山積みになり、私は息を呑んだ。
ルーレットは単純なルールのゲームだ。
ホイールに並んだ00と0から36までの数字のうち、どの数字の穴に球が落ちるか予想する。
「ルーレットなんて、完全に運任せのゲームじゃないですか。ガチャですよ、ガチャ! 無謀です!」
「いえ、ルーレットにも戦術はあります。勿論、絶対に勝てるわけではないですが」
「どんな戦術なんだ」
まず、ホイールを9つの数字からなる4つのセクションに分ける。
そして、それぞれのセクションにある数字に単一――ストレートアップで賭ける。
配当は36倍なので、4回に1回勝てればチップを減らさずに済む。
これが堅実な戦術だ。
「なるほど」
「でも、しょせんは25%じゃないですか」
「スピナーの手の動きから癖を見て、どのタイミングでどこに球が落ちるか予想します」
今回のスピナーはゴーレムだ。
他の魔族のように動きを不規則に振れさせて球をコントロールするということは苦手だろう。
むしろ、同じ動作の繰り返しのほうが得意なはずだ。
つまり、癖を見抜けば勝機はある。
かくしてミュスター観光騎士団の寄付金を賭けた勝負が始まったのだった。




