23. センフェス・マーリヤ教会
「良い頃合いですので次で最後にします。どこか宗教的な観光地がいいのですが」
私たちは最後に近所の教会を訪れることに決めた。
観光案内所の向かいにある小さな通りを北へと抜けていく。
センフェス・マーリヤ教会。
センフェス・イオシフ教会と違い、無名の小さな教会だ。
「事前予約は必要ですか」
「要らないです」
「取材に料金取られるかなぁ……」
イセザキは若干取材を渋っていたが、主教と交渉して取材も無料となると、すぐにやる気を取り戻した。
現金な人だ。
センフェス・マーリヤ教会がいつ建てられたかは判然としない。
この教会は、約520年前に悪魔と彼らが奉る魔本を追放しようとした人間たちによって占領された。
しばらく魔族と人間は支配権を争ったものの、結局、両方の宗派が教会を共有した。
しかし、戦火がグリシュン州に及ぶと、教会は再び魔族の手に落ちた。
建築としては身廊一本だけのシンプルな内面形式で、かなり小ぢんまりとしている。
しかし、二階部分にはオルガンも用意され、魔王への賛美歌も歌われてきた。
天井は開放的な空間を演出するため約200年前に改装され、現在は多角形のヴォールトになっている。
珍しい形だ。
南側には四角形の尖塔が立ち、最上部には自意識の無いゴーレム仕掛けの時計が四面に並んでいる。
時々、調律師が尖塔に登るが、時計が狂っていることは皆無だった。
シオバラは白い漆喰の壁が一面に写るように入り口からカメラを構えた。
細部は見どころが無いと判断したらしい。
「面白い聖具とかないかな」
「残念ですが……」
「墓はどんな感じかな。有名な人とか」
「無名の冒険者の墓碑ばかりですね……」
「ふむ。ありがとう。さてさて」
イセザキはこの小さい教会から、どれだけ記事の文字数を稼げるか計算しているようだった。
正直、この教会では文章を伸ばすのは厳しそうだ。
案内改め取材が終わって自動車が直っていることを確認すると、2人は突然、日本語を使い始めた。
どうやら揉めているらしい。
「伊勢佐木さん。彼女たちにガイド料をお支払いしないと」
「自動車の修理代もかかってるのに、そりゃないよ。予算無いって。それに彼女たちNPOだって書いてあったし、ボランティアだろ?」
「それなら寄付してあげないと」
「参ったなぁ」
イセザキは困った表情を隠すように作り笑いを浮かべながら、リーズ様に近寄った。
「おいくらくらいですか?」
料金なんて考えていなかった。
今度はリーズ様が困った表情を浮かべた。
「伊勢佐木さん。相場、あるでしょ」
イセザキは渋々と後ろを向いた。
お金を用意し始めたようだった。
「お三方、昼食代とお店の交渉料も込みで、1000万レウお支払いします」
私たちは驚愕した。
観光案内所の家賃に匹敵する額だ。
「ありがとうございます」
リーズ様は緊張した面持ちでお金を受け取った。
「また機会がありましたら、ガイド、お願いしますね。連絡先は名刺に書いてありますので」
2人は車に乗り込むと、颯爽と去っていった。
残された私たちは車が走っていく様子を、しばらくただ眺めていた。




