第10話 コラボカフェは楽しめますか?
休日、本当ならやるべきことはいくらでもある。
バンドメンバーをつれてレコード会社にも早く行きたいし、睦望と過ごす時間だって大切だ。
それなのに私は、コラボカフェに来ている。
好きでもなんでもない漫画とのコラボ。割高で味もパッとしない食事とカラフルでにぎやかなのに特に感想も出てこないドリンク。
なぜ、私がこんなところに。
「意外だよ~。まさか静流ちゃんも撃鉄にハマってたなんんて~」
「う、うん。沙也の話聞いてたら、興味でて……それで読んで見たら面白くてね」
撃鉄は沙也が好きな吸血鬼ブロマンスの漫画だ。正式名称は『撃鉄の鮮血は空を染める』。件のバスケ漫画とは違って女性キャラがモブくらいでしか出てこないので、撃鉄は沙也の安定的な推し漫画として君臨しているらしい。
もちろん、沙也がこの漫画のことをよく話していたのは事実だけれど、興味を持ったのも面白くてハマったというのも嘘だ。
空いている時間にウィキペディアを読んで、漫画喫茶でざっと全巻流し読みしてきただけである。しかしAmazonと読書メーターでレビューにも目を通したから、沙也の言っている内容がだいたいわかって、それっぽい感想がいくらでも言える。
ちなみに、内容自体は可もなく不可もなく……好きな人は好きだと思うけど、吸血鬼に興味のない私はハマれなかった、という感じだった。
「いいよね~。鮮血王の黄昏様っ、ほんまもんの王子だよね」
「う、うん。かっこいいよね」
一応、私の推しという設定にしたのは『鮮血王の黄昏』という異名のキャラクターだ。読者人気の高いキャラらしいのと、沙也も好きだと言っていた覚えがあったので、そういうことにしただけで「なんだこの計算高くて腹黒のクズ……」というのが私の印象である。
目の前にも『鮮血王の黄昏が寵愛したブルーマウンテンブレンド』というコラボドリンクが置かれている。私が注文したものだ。たしかに作中でも鮮血王の黄昏がコーヒーを飲んでいたシーンはあった。城に住んで、召し使いの爺やもいるのだから、ブルーマウンテンを好んでいてもおかしくはないと思う。ブルーマウンテンは特定の限られた地域だけで栽培されるブランドで、コーヒー豆の中では高値で知られている。
ただこのコラボドリンクは、ブルーマウンテンではなく『ブルーマウンテンブレンド』だ。わずかにブルーマウンテンが入っているのだろうけれど、味はどこの喫茶店でも出てくるコーヒーと大差ない。それで千二百円。こんなことなら、ドリンクメニューの中で一番安い『うっかりハチャメチャ真っ赤なコーラ』とコラボしているレイジ・山本推しにしておけば良かった。レイジ・山本は主人公のくせにあまり人気がないのだけれど、別に漫画にわかの私が主人公だからという理由で彼のファンだと言っても怪しまれなかっただろう。
山本コーラは六百円だったのに。
ただ赤いだけのコーラが六百円なのも、不満だけど。
「来須さんがこういうの興味あるって意外ですー!」
「コラボカフェにいるのすごい違和感あるよね。あ、悪い意味じゃなくて! 来須さん、美人だから! でも撃鉄の気品有る世界観とは完全にあっている。まさに現代日本の貴族」
「うんうん。しーちゃんは撃鉄世界にいてもおかしくない美人だよね~」
言っている意味はよくわからないけれど、沙也の友人たちにも歓迎してもらえているようだった。
「……沙也たちは、この前コラボカフェ来たばっか何だよね?」
「そ~! だけどそのときはコースターが推しじゃなくて~」
「……コースターってさっきの?」
店員に渡されて、コースターならドリンクの入ったグラスの下に敷くべきなのか? と思ったら「そんなことしないよ~」と沙也に言われた、紙の安っぽいコースターのことであろう。
だいたいホットコーヒーにコースターがつくのも謎だった。
「ほら、これランダムでキャラが入っているコースターで」
「……ああ、うん。私のは『吸血鬼ハンター・アルファ』だったね」
「残念だったね~。ドリンクもっと頼む? アタシも手伝うよ、黄昏様ほしいよね?」
「うーん、とりあえずは大丈夫かな。アルファもけっこう好きなキャラだし」
当然嘘だ。アルファはなんかねちっこくて気持ち悪い感じのライバルキャラで、カップリング的な人気があるという情報こそ知っているが、私個人としてはかなり生理的に受け付けないタイプである。顔もなんか長くて、あごもやたら尖っているし。
さて、どうして私がこんなところにいるのか。
時間を割いて、漫画のファンを装って、沙也がオタク仲間と出かけるのに同行した理由は、尋ちゃんからの願いを叶えるためだった。
尋ちゃんの願いは、
『……沙也の友達、わたしより沙也と仲良い子がいないか……静流さんに確認してほしい』
というものだった。
尋ちゃんも沙也の友達とは何度か会ったことがあるはずだ。私も沙也含めて彼女らはクラスメイトだから、なんとなくは見たことがある。
いつも楽しそうにしているけれど、幼馴染みの尋ちゃんの方がオタク仲間の彼女らよりも仲がいいはずだ。
『……静流さんは、あの場にいたことがないからわからない。……あそこは、孤独』
そりゃ、よく知らない漫画やアニメの話ばっかするところにいても、そうなるだろうけれど。
『沙也にとって、誰が一番大事か調べてほしい。静流さんが確かめた結果なら、わたしも納得できる』
ようするに、『自分と沙也との関係がどれくらいのものか不安だから、第三者に判断し直してほしい』というのが尋ちゃんの望みなわけである。
いいだろう、それくらい簡単だ。
それなら尋ちゃんとの約束を果たしてバンドに残ることを確定させてから、そのまま尋ちゃんを味方にして沙也をバンドに残るよう説得する方が簡単である。
イラッときていた幼馴染みのイチャイチャぶりに一矢報いたい気持ちもあったし、斎君にもせっかくモテ術を教わったのが無駄になってしまったけれど、目標を無事達成することの方が優先だ。
さすがに、沙也がいくら浮ついた女だといても、彼女に惚れられるより、彼女の身の回りを調べる方が楽だろう。
ただ尋ちゃんのお願いはもう一つあって、
『沙也が、わたしのことをどう思っているかも聞いて来てほしい』
というダメ押しもあった。
まあ、これもただ聞くだけなら簡単だ。沙也が尋ちゃんのことをどう思っているか。まあ、大事な幼馴染みとかそんなものだろう。
それで、他の友人たちとも『仲はいいけれどただの趣味友達だ』と私が確認すればお終いである。
こんなの調べなくてもいいくらいだったけれど、なにもしていないで報告すると沙也のスケジュールをある程度把握していそうな尋ちゃんには怪しまれるだろう。
つまりコラボカフェに――沙也と沙也の友人たちの集まりに参加したのは、調査したという証拠作りのため他ならなかった。
「それでさ、最新巻なんだけど~」
「うんうん、続き気になるよね」
「しーちゃんコミック派だよね!? あれ実はもう雑誌だと――」
「末藤ダメー! なに来須さんにしれっとネタバレしようとしてるのっ」
「あ~ごめんごめん、ついうっかり」
などと適当に会話も円滑に進んで、やはりというかなんというか漫画の話以外特にない。
どう見ても沙也と彼女たちはただの趣味友達である。それ以上もそれ以下もない。
これならあとは沙也に尋ちゃんのことを聞いて、無事終了だ。沙也の説得はまだ残っているけれど、尋ちゃんがバンドをやめないと決まっただけでだいぶ気持ちは軽くなった。
カフェから出て、近くのアニメイトによって(私はその間、必死に微笑みを浮かべていた。苦行だった)、やっと解散になる。
そのタイミングでこっそり、「沙也、この後ちょっと話したいことがあるんだけど」と伝えて、そこで最後の仕事を片付けるつもりだった。
のだけれど、
「静流ちゃん、この後いいかな?」
なぜか、沙也の方から声をかけられた。
もちろん、私としては願ってもないことだ。二人きりになれれば、聞きたいことは聞ける。
「……いいよ」
それで連れてこられた場所がカラオケでも、まあ、今回くらいは沙也に付き合うつもりだった。
でもさっきまでオタク仲間いたんだから、また漫画のキャラの愚痴だったらそっちで発散してくれてもよかったんじゃないか、とは思う。
「沙也、もしかしてまた例の漫画で――」
「しーちゃん、嘘ついてるよね」
「え?」
カラオケで二人きりになると、いつもと違う真剣な表情で沙也が言った。
嘘? 思い当たることはいくらでもあるけど。
「嘘って……なんのこと?」
まるでなにも思い当たらないという顔で、私は聞き返す。
「だってしーちゃん、撃鉄好きって嘘でしょ」
「え、そんなことないって。全巻読んだし、コラボカフェも楽しかったよ? ……それは沙也たちほどファンかっていうと、負けると思うけど」
「アタシがネタバレしようとしたとき、全く興味なさそうだったじゃん。……ネタバレしないでって怒るか、ネタバレ気にしないから続き知りたいってなるでしょ、本当に好きだったら」
「え、それは……」
あの時の会話のことだ。
たしかに、私はこの漫画になんの興味もなかったから、沙也がネタバレしようとしてもなにも思わなかった。
しまった、情報も演技も完璧だと思っていたのに。
言い訳、するか。どうする。これくらいならしらばっくれられると思うけど。
「……もしかしてだけど、しーちゃんってアタシのこと好きなの?」
「え、えっ!?」
私の思考が、一瞬固まってしまう。





