人生について考えよう
◆ アスセーナの実家 ◆
「大切なのはお野菜とお肉のバランスなんです!」
「おかえり」
買い物籠を両手に持ったアスセーナちゃんが、ばばんとそれを突きつけてくる。そりゃ好きなだけお金を与えて豪遊させてるんじゃしょうがない。そして自然の摂理のごとく、イルシャちゃんが材料を漁り出して準備を始めてた。どこでも遠慮がない。
「イルシャさん、今回ばかりは私の独壇場ですよ」
「厨房から逃げるわけにはいかないの」
「フフフ……いいでしょう! では楽しませて下さいね!」
何やってんの、この子ら。勝手に白熱して調理が始まった。言っておくけど、どっちがおいしいみたいな判定はしないからね。私はまったりくつろがせてもらいます。
このソファー気持ち良すぎる。持ち主を気に入ってるし、大切にされてるんだな。このテーブルもピカピカで汚れ一つない。床も綺麗だ。豪遊させてるなんていってたけど、案外慎ましい生活をおくっているのかもしれない。
「今日はジャンボステーキにしようと思ってたんたがなぁ。たまには娘の手料理もいいな!」
「ジャンボステーキは一昨日も食べたでしょ」
「一昨日は旅行に行ってただろー?」
「あら、そうだったわ」
前言撤回か。ここまでとはいかなくても私もきちんと働いて、両親を楽させなきゃいけない立場なんだろうな。二人がいつまでも元気でいられるわけないし、それこそ慎ましく生活させてあげないと。という決心も数秒で消えるわけで。
「イルシャさん! 今回は栄養を考えなければいけないのですよ! つまり栄養学を極めた私に分があるんです!」
「だからって引く理由にはならない! 知識がなければ、他でカバーするまで!」
「どうでもいいけど、きちんと皆で食べられるものを出してね」
私の声が届いたかわからない。キッチンから火柱みたいなのが上がってるけど、本当に止めないよ。レリィちゃん、あの戦場に向かって何しようとしてるの。
「イルシャおねーちゃん。これよりこっちのほうが栄養にいいよ」
「レリィちゃん、ありがと!」
「ずるいです!」
もう何でもいいから早くして。しかしこうなってくると、本当に私の出番がないな。いや別に出番がなくちゃいけない理由もないけどさ。ご両親は今、どんな顔をしてるんだろう。おっと、顔が強張ってる。
「アスセーナと互角に渡り合ってるだと?! 母さん、これは何かの間違いだ!」
「えぇ! 幼少の頃から大体、どんな分野でも数日で大人顔負けの実力に到達するというのに!」
「このままでいいのか……?」
「私は行くわよ! 主婦歴云十年! 年季の違いを見せつけてあげるわ!」
「いや、せっかく二人の為に作ってくれてるんだから大人しく待っていて下さい」
そうか、とテンションを戻して二人は座り直した。この両親も娘に似て疲れるな。突拍子もない発言や行動がそっくりだ。
「……しかし、あんなに楽しそうなアスセーナが見れるとはなぁ。モノネちゃん、あんな子でよかったのかい?」
「いやそんな結婚するわけでもないし」
「女同士の結婚なんて認めん!」
「話ずらさないで」
「あの子には、親としてほとんど何もしてやれなくてな。寂しそうにしているあの子に何かしてやるどころか、与えられる一方だ」
「生んで育てた事への感謝は絶対にありますよ。アスセーナちゃんは確かに変な子だけど、芯はしっかりしてるからね」
「そこまで言わせてしまうか……母さん! 嬉しすぎる! そっちは血圧とか大丈夫か?!」
「上がりすぎて……あぁっ!」
洒落にならない事態を引き起こさないでほしい。イルシャちゃんに援護しているところで悪いけど、こういう時はレリィちゃんだ。連れてきた途端、ポーチから薬を何種類か出して調合し始めた。
「はい。これ飲んで」
「まっ! 何かしら……」
「高血圧が大体治る」
「それ医学界に衝撃が走るレベルの薬じゃないの?」
よくよく考えたら、こんな子どもが調合した薬なんか普通は飲まないよね。あ、飲んだ。
「ありがとう。優しい友達を持って、あの子は本当に……」
「よかったなぁ! アスセーナァァァ!」
「はい! なんでしょう! お料理できましたよ!」
すごい煮えたぎってる鍋を持ってきた。これ、皆でつっついて食べられるやつだ。勝負に夢中になって変なの作ってくるかと思った。
「たくさんの栄養が詰まったアスセー鍋です!」
「イルシャ鍋でしょ?」
「アスセー鍋ですー! 語呂もいいですー!」
「じゃあ、イルシャブで! しゃぶしゃぶして食べられるからね!」
「もういいから食べよう」
低レベルな争いをシンプルに打ち切って、とっとと食事だ。だけど両親が一向に手をつけない。おいしくなさそうなわけはないし、どうしたんだろう。
「アスセーナ、お友達が好きか?」
「好きすぎてハグしたいですね。これ、モノネさんの返答っぽくないですか?」
「どこが?」
「っぽいよね……」
同調するんじゃない、イルシャちゃん。
「そうか。それならこれからも好きなだけ共に過ごしなさい。皆さんも、たまにイラッとくるかもしれないが仲良くしてやってくれ」
「たまに疲れるけどね」
「料理の腕は私と互角だし、むしろこれからも付き合ってもらうわ」
「飲んでほしい薬がたくさんあるから」
「今、イラッときました!」
約一名、明らかな打算が見えるけどまぁやっていけるんじゃないかな。何より、こんなに嬉しそうな両親を前にして無理ですなんて普通は言わない。いつまでも、しみじみとしているわけにはいかないから鍋に箸を伸ばそう。うん、おいしすぎる。おいしい以外の感想しか出てこない。いざ食べ始めたら、皆が静かになる。これは喋るどころじゃないというやつか。
「モノネさん、未踏破地帯に行きませんか?」
「嫌だ」
「自分というものが見えてくるかもしれませんよ」
「デメリットに対してメリットが小さすぎる」
「そうなんですよね。案外、何も見つからないんですよ」
「それなら尚更誘うんじゃない」
「アスセーナは自分探しの旅といってよく未踏破地帯に行ってたからなぁ」
笑いごとじゃない。普通の親なら止めるでしょ。いや普通の親なら娘が引きこもってるのも容認しないか。はい、止めよう。
「今も昔も、自分なんて見つからないものですよ。無駄なんです」
「そうかな。アスセーナちゃんとしては今の自分は偽りなの? 楽しくない?」
「そういう事言うんです? 楽しいに決まってるじゃないですか」
「じゃあ、何も考えずに楽しめばいいんだよ。それが自分なんだから」
「つまり、モノネさんのように生きろと?」
「頭がよろしくないと、小難しい事を考えずに済むのはいいね」
「そっかぁ……」
ピタリと箸が止まる。今、アスセーナちゃんは何て言った。そうですか、じゃなかった。そういえばこの子、ずっと敬語だったな。それ以外のインパクトが強烈すぎてスルーしてた。
「泣いたり落ち込んだりしてる時の自分よりは、楽しい事をやってる時の自分が本性だと信じればいい」
「……モノネさんが泣いたり落ち込んだりすることって」
「そういう事言われた時かな」
「ごめん」
「え? 今なんて?」
「すみません」
なんか調子が狂うな。さっきからどうしたのさ。よく見たら、ちょっと目元が潤んでる。そんなに感動させるような話はしていないはず。それとも悲しい、わけないか。
「夢や目標を持つのは素敵だけど、それだけが人生じゃないんだしさ。強いていうなら、楽しむのを目標にしたらいいんじゃないかな」
「私、冒険者をやってきてそう考えた事なかったかもしれません」
「余るくらいお金があるなら、それで遊べばいい」
「モノネさんみたく引きこもるのもいいかもしれませんね」
「止めないけどお勧めしない」
「クスッ……そうだね。あー! 皆さん食べないなら、もらっちゃいますよ!」
やっぱり変だ。まぁどうせいつもの気まぐれだろうけど。案の定、すぐに鍋をつっつき回して底までさらい始めた。アスセー鍋はあなたが命名したんだ。心行くまで楽しみなさい。そして、静かだなと思ってた両親が号泣している。実家に招かれたはいいけど、この親子を理解するには至らなかった。
◆ ティカ 記録 ◆
アスセーナさんの 心の扉を 開いた気がしまス
彼女も人間である以上 求めているものは 他の人間と大差がなイ
彼女は 自分が特別などと 信じていた節が あル
自分のペースで生きるのが 最良
そういう意味では マスターと 出会って 本当によかっタ
それこそが 自分の人生 唯一無二の マイペース譚
引き続き 記録を 継続
「はー、これほど気持ちがいい事があろうか」
「マスター、何をしているのですカ?」
「耳かき。これでちょいちょいと耳の奥をかいたら気持ちいいんだ」
「では僕が」
「ダメ、絶対」
「なぜ……」




