魔獣使いと戦おう
◆ ガムブルアの屋敷 地下 ◆
よくもまぁ屋敷の地下にこんなものを作ったなと感心する。自分達が逃げる時に追手を攪乱させるために、あえて入り組んだ迷路構造にしているのかな。保身も完璧だから堂々と悪党をやっていられるのか。
「途中の大広間を通過しなければいけないのですが、生体反応が大変な事になってマス」
「魔獣使いと仲間達? こんな地下で魔物がせめぎ合ってるの?」
「恐らくですが、地上で出来ない事があるから地下を使っているのでしょう。となると、あの魔獣使いはかなり気に入られてますネ」
魔物がいるなら、ラビットイヤーでその音を拾う。音を目指せば、迷路で迷う事もない。しかし、こんな迷路をあのおぼっちゃんが通過できるものなのか。そんな頭があるなら真面目に学業に励めばいいものを。
◆ ガムブルアの屋敷 地下 大広間 ◆
「来たね。なんとなくわかっていたよん」
「先日はやってくれたよね、魔獣使いさん」
大きい目が描かれた変な仮面の道化師みたいなのが、魔物達を従えて出迎えてくれる。これは骨が折れそうだな。何より、左側の檻に入ってるでかいやつ。戦闘Lvを聞くのが怖い。多分、奥の手とかいって放つんだろうな。小説で何度も見た展開だ。
「あんたもあの大剣男と同じく、雇われたの?」
「ガムブルアはワタシを高く評価しているから助かるのよん。だからこんなに広い研究場所を提供して下さったのよん」
「あんたみたいなはみ出し者を拾ってくれる奴なんて、あんなのしかいなさそうだもんね」
「ワタシはワタシの事さえ出来れば、他はどうでもいいのよん。常識も地位も名誉も所詮は他人が勝手に決めた基準。そんなものを妄信する暇があったら、己を貫くほうが有意義だよん」
無駄に長話をしたいわけじゃないし、ましてやこんな奴の思想なんて本当にどうでもいい。このままあの魔獣使いを倒せば終わるなら、即攻めるけどそう都合よくはいかないと思う。
あいつを倒した途端に魔物が大人しくなるわけもない。守りだって何を仕掛けてくるかわからない。手下の魔物も無限じゃないから、そこから全滅させるしかないのかな。
「もう一人が見当たらないけど、あの傭兵に殺されたのん?」
「絶賛交戦中だよ。すぐに駆けつけるから、今のうちにごめんなさいして通してくれる?」
「大層な自信なのよん。もちろんそれはアナタが強いからなのだろうけどねん。強さって何だと思うん?」
「知らない」
「人は何故学び、鍛えるのん? それは負けたくないからなのん」
あいつがまたがっているブラッディレオは強そう。ティカがこっそり生体感知してそれぞれの戦闘Lvを教えてくれている。ちょっと緊張してきた。これだけの魔物を相手にするのなんて初めてだし、怪我なんてしたくない。
「人は殺傷力があるなら武器を持つし、身を守れるから鎧を着るのよん。より勝つために人数を揃えるのよん。つまり持てるものの多さがそのまま強さに直結している、これはわかるん?」
「そうだねすごい」
「それを踏まえた上で、アナタは何を持ってるのん? ワタシが持っているものはね、ここに揃っている通りよん」
魔物達が唸り声をあげて、私に対して殺意ビンビンだ。今更だけど、これだけの魔物をどうやって統率しているのかな。私はアビリティ説を推す。
「人間をもっとも脅かしている魔物、それを従えれば少なくとも人間には負けないのん。故にワタシは魔獣使い。ねぇ、アナタは何を持っていて、何を使ってるのん?」
「剣使い?」
答えると同時にまずは手ごろなところから斬り崩す。手前にいるダンゴ虫人みたいな魔物、戦闘Lv18。
固そうな甲殻を外しつつ、まとめて一閃。
「ワタシは魔獣の生態をほぼ把握しつつあるのよん。わからないのはギロチンバニー、あれは未知すぎてそそられるのん」
「そうなんだ。知らないほうがいいんじゃない?」
魔獣使いが鞭を床に振るって音を出すたびに、魔物達が動きを変える。一斉にかわしたり、一部の魔物だけ攻めてきたり、大きいハリネズミみたいな魔物が針を飛ばしてきたり。戦闘Lv15、撃破完了。
「でも一つだけわかった事があるのん。あれは肉食じゃなくて草食なのよん」
「へぇ、探検隊が無残に殺されたのに?」
「何らかの逆鱗に触れたのよん。縄張りにうっかり侵入してしまったと考えるのが自然なのよん」
意外な情報を入手できて、ちょっと得した。研究熱心が功を成しているのか、魔物達を操る手腕の怖さが段々とわかってくる。戦闘Lv22の魔物が私の動きを先読みして攻撃を仕掛けてきて、かわした先には戦闘Lv19の魔物がいた。連携プレイで段々と追い詰められていく様が面白いのか、魔獣使いがクククと笑う。
「マスター、危なイ!」
「うわっと!」
跳んだ直後に、羽が生えた蛇が強襲してきた。ティカが頭部を狙ってくれなかったら危なかったかも。
防衛本能である程度は回避できるし死角も関係ない私だけど、さすがにヒヤッとする。
「でもかわせる、かわせる……うへぇッ! す、滑っ」
「ブロッフォォォ!」
今度は白い毛むくじゃら人間みたいなのが、口から冷気を吐き出す。避けていい気になっていたけど、狙いは私だけじゃない。床だ。直撃した床から広がるようにして凍てつき始めて、完全に凍った。戦闘Lv33、とんでもないのも引き連れてる。ティカの魔導銃も体毛に弾かれて通らない。
「ブロッフォ、遥か北にしか生息していない魔物だよん。通称"雪男"なんて呼ばれてるねん」
「鳴き声まんまなんだ」
「ブロッフォ!」
「いや、返事しなくていいから」
足場がこうなったのはまずい。速さも殺されて、残る道は魔物達にリンチ。となるわけもなく、布団に退避。滑るのは魔物も同じ条件だろうけど、そこはあいつが平気そうな魔物だけを誘導している。敵の特性を把握し、戦況に応じて魔物を使い分けて攻めさせるこの手腕。私が言うのも何だけど、もっと世界に向けて有効活用できなかったものか。
「ティカ、なんで魔物はあいつに従ってると思う? アビリティ?」
「僕の予想ですが、あの鞭による衝撃音だと思いマス。言葉が理解できない魔物に音での信号を送り、命令させてるのデス」
「アビリティなんてレベルじゃなかった」
「生物によっては心地よく感じたり不快に感じる音がありまス。それらを織り交ぜて絶妙な信号となっているのでしょウ。はっきり言って神業デス」
滑らないように攻めてくる魔物をさばきつつ、あのブロッフォの氷のブレスをかわす。これで布団以外の足場の選択肢がなくなった。もっと言えば、あいつらの狙いがより定まったとも言える。布団君を攻撃してきそう。
「剣使い? 布団使い? アナタも大概、持っているものが多いよん。それだけの力があれば、望むものの一つだって叶えられるはずよん」
「その一つがまさに邪魔されてるわけですけど」
「ワタシと組む選択肢もあるのよん?」
「他人の妄言には耳を貸さずに己を貫くんで遠慮します」
「それはただの強情というんだよん……トンブレラ!」
豚の顔が張り付いたような傘の魔物が二匹、あいつの前を守っている。さっきのご高説から、人を強情呼ばわりできるメンタルすごい。布団カタパルトからの矢攻撃を考えたけど、ガードが堅牢すぎて届きそうもないな。この戦闘Lvになると、矢も大したダメージにもならなそう。
「トンブレラ、戦闘Lv25。脂肪により魔導銃が効きにくいデス」
「数はだいぶ減ったと思うけど、ああいう面倒なのが残ってる限りは安心できないね。でも、さすがにもう構ってられないや。全開でいこう」
「あくまでワタシ狙いなのん! でも無駄だとわからないのん!」
出来るだけ楽に勝てるならよかったけど、さすがに甘くなかった。トンブレラ二匹に守られて、更に近くにはミニサイズのドラゴンみたいなのが3匹。3匹がご主人様に近づく私に牙を向ける。
ブロッフォの氷のブレスをかわして、下から斬り上げる。体毛がだらりと下に向かって生えてるなら、そこから刃を滑り込ませればいいのか。さすが達人。
「ブ、ブロッフォ! しまったのん……! ガンドラコ!」
「ガンドラコ、戦闘Lv27。偉そうな事言ってるけど、どれも大したレベルじゃないね。どうせならもっと本格的なドラゴンでも従えたら?」
鱗が薄い部分を的確に斬り裂いて、3匹とも瞬殺。後ろや左右から残った魔物が来る。余裕面を見せていた魔獣使いも、さすがに狼狽し始めていた。切り裂く耳、ギロチンイヤーを発動したからにはもう負けない。
最初に出来ればよかったんだけど、どういうわけか今まで発動しなかった。感情が高ぶって本気にならなきゃ発動しないのかもしれない。
「戦闘Lv20、戦闘Lv14……全部、問題なぁし!」
「イィッ?!」
兎耳が長くてしなった刃に変わった時、魔獣使いが素っ頓狂な声をあげる。その場で魔物達がスライスされて、各部位が床に散った。トンブレラの厚い脂肪も関係なし。魔獣使いが腰を抜かした時、兎耳の刃がかろうじてあいつに届きかけていた。
「ぜ、ぜ、全滅……!」
「もう邪魔しないほうがいいよ、戦闘Lv18さん。魔物を手懐けるのにご執心だったみたいだね。あんた自身は大して強くない」
「お前が乗っているブラッディレオも、戦意を失っているようデス」
「グルル……」
戦闘Lv34のブラッディレオが、すっかり座り込んでいる。降参だと言いたそう。
「ギ、ギ、ギロチンバニー……! ギロチンバニーなのねん?! 人に変形できるとは、とんだ収穫!」
「何言ってんのこいつ」
「お前! あいつを殺すのよん!」
「グル……」
「嫌だってさ」
「キーーーーー! この役立たずめぇ!」
魔獣使いが鞭でブラッディレオをいたぶり始める。レオのほうが強いのに、怯えてされるがままだ。ティカの予想に従うなら、音だけで威嚇しているからかな。
「この、この、この! 魔獣が聞いて呆れるのん!」
「お前に呆れる」
「んぎゃッ!」
シンプルにグーパンチで殴り飛ばす。ゴロゴロと大袈裟に転がって鞭を手放してる。仮面が割れて、素顔が剥き出しになりかけていた。
「か、仮面が! まずいのん!」
「ガルルルル……!」
さっきまで怯えていたブラッディレオが元気を取り戻して、魔獣使いを睨む。どうしたのさ。
「は、は、早く鞭だけでも」
「グオォォォォォォッ!」
檻がガタガタと揺れる。中にいるやばそうなのが檻にかじりついて、鉄格子ごと食いちぎった。そうなるとあの化け物が解き放たれるわけで。
「そうなのよん! こうなったら奥の手なのん! 危なすぎて制御すら難しいあいつがいるのん!」
「言っておくけど、あんたは守らないからね」
急いで鞭を拾いに行こうとしたところで、兎耳の刃を伸ばして床に突き立てて妨害した。奥の手なのはいいけど、こんな登場の仕方があるか。ただのヤケクソでしょ。虎みたいな風体に象の牙を生やしたそいつは、この大広間で暴れるにはちょっと狭いかな。戦闘Lvはというと。
◆ ティカ 記録 ◆
魔獣使い 魔物を操っている秘密は あの仮面と 鞭にありそうデス
ですが こうなってしまっては 貧弱そのものデス
素手で戦えて強いなら それに越したことはないと アスセーナさんも言ってましタ
頼るものが多ければ それだけ 失った時の デメリットが大きイ
剣士が 剣がなければ 戦えないのと同じデス
マスターが もし
ハッ! いや マスターは 問題なイ
問題ないはズ なイ
ひ ひ 引き続き 記録を 継続
「今度、皆で海に行けたらいいね」
「イルシャちゃん、恐ろしい事を言うね」
「お、恐ろしい?」
「海に行くって事は泳ぐでしょ。私は泳げないし、このスウェットを脱ぐとか怖すぎる」
「僕が護衛しますし、何か代用できる物を考えましょウ」
「なんだか身一つで生きているのが、すごい事に思えてきたわ……」




