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キゼル山を越えよう

◆ エイベール北 街道 ◆


 優雅に飛んでいると、洞窟の入口で人だかりが出来ている。商人っぽい人や冒険者、旅人達が抗議している相手は兵隊の人かな。地上を歩いてたら、あそこの洞窟を抜けないと王都へはいけないんだと思う。つまり、それを考えると何が起こっているのかも想像がつく。


「んー。スルーしようかと思ったけど、流通関連が滞るのはダメかな。私も苦い思いをした事だし」

「降りてみましょう」


 兵士達と旅人達の横にさりげなく降りる。私達に気づかないほど、何やら白熱しているな。


「復旧が一ヶ月後なんて冗談じゃないぞ!」

「落盤するような作りなのがダメなんだ!」

「ええい! 通れないものは通れないのだ! わかったらエイベールに引き返すんだな!」

「今から引き返したら大赤字だ!」


「あのー、ひとまず犠牲者はいらっしゃらないんですよね?」


 アスセーナちゃんが手をあげて兵士に話しかける。兵士がクレーマーの一人かと思って不機嫌な顔をしていたけど、すぐに柔らかくなった。


「あ、あなたはアスセーナさん! えぇ、中に閉じ込められた人間はいません」

「それは安心しました。でもこの洞窟のおかげで、キゼル山を通らずに済んでいたのに残念ですね」

「あちら側からも復旧工事を進めているのですが、難航しています。アスセーナさん達もここを?」

「いえ、私たちは上を行くんで」

「へ?」


 そこは真面目に答えなくてもいいのに。困惑する兵士を置いて、アスセーナちゃんが何か考え込んでいる。まさかあなた、キゼル山とかいう明らかな危険地帯の匂いしかしない場所を通らせようってんじゃ。


「仕方ありませんね。ひとまずはこの人達をキゼル山経由で通します」

「ほ、本気ですか?! あそこの猿どもを知っているでしょう! あいつらがいるから、洞窟を掘ったのですよ!」

「諸事情で見逃していましたが、緊急事態なら話は別です。やりましょう」

「あなたの実力ならば問題ないとは思いますが……」


 チラ見しなくてもわかってます。私達ですよね。女統一の上に子どもはいるわ、ウサギはいるわで信用できるわけない。いい加減、誤解されるのも嫌だから魔晶板(マナタブ)をちらつかせて黙らせる。


「せ、戦闘Lv26?! そんなふざ、奇抜な恰好で……」


「ウソだろう? 俺でさえ、やっと9になったってのに」

「エイベールのタックよりも遥かに上かよ」

「まだほんの子どもじゃないか。天才か?」


 ほんの子どもとか言うな。そしてタックの知名度が意外に高かったという、どうでもいい情報を入手してしまった。これで実力はわかってもらえたから、次はその危険地帯の話だね。


「アスセーナちゃん。キゼル山ってやばいんでしょ?」

「えぇ。凶暴な猿達が支配する魔の山です。ボスはネームドモンスター"激昂する大将"、ですが本当に厄介なのは……」

「なのは?」

「ボスを倒しても、すぐに新しい猿がボスになるのでキリがないんですよ。だから討伐する意味がほとんどないんです」

「それでアスセーナちゃんもスルーしてたんだ」

「だから戦闘Lvも未知数なんですよね。キゼル山を通らなければ無害なので、スルーなんですよ」


 首を突っ込んでおいて何だけど、かなり気が重い。つまりこの人達を猿から護衛しながら通るってかなりの難易度だ。何十人といるし、中には戦えそうな冒険者は結構いる。だけど、出来るだけ犠牲は避けたい。


「皆さん! 私達が護衛しますから、キゼル山を通る気はありますかー?!」


 さすがに誰も即答しない。この様子からして、キゼル山がいかにやばい場所かわかる。アスセーナちゃんの威光をもってしても、戸惑わせてしまうほどの場所って。


「……ワシは行くよ」

「ディニッシュ様?!」

「むしろついてるわい、ここにはアスセーナに加えて無名ではあるが戦闘Lv26の冒険者がいるんだぞ。お前達も高い給料をもらっている自覚があるなら、きっちり働け」

「かしこまりました……」


 なんだかちょっと裕福そうなおじいさんがいるぞ。専用馬車に乗っているし、護衛も強そうな人達が数人いる。上から見た時は隊商の荷物かと思った。


「俺も行こう」

「こっちは一度、エイベールへ引き返すよ……。さすがにリスクが高すぎる」

「オレ達もだ。吉報を待ってるよ」


 通る派と引き返す派が半々に分かれた。さすがに全員がさぁ行くぞとはならないか。激昂する大将、かつてない恐れられっぷりだ。


「イルシャちゃんとレリィちゃん、怖いなら一度街まで送るよ」

「何言ってるのよ。私はモノネさんを信じてるから平気よ」

「モノネおねーちゃんは二回も助けてくれたからね。安心してる」


 嬉しい事を言ってくれる。こりゃもちろん期待に応えたい。お猿さん達は怖いけど、こうやって後押ししてくれる人達の存在は本当に大切にしないとね。


「では健闘を祈る。こちらも復旧作業を急ぐ」

「お互い、頑張りましょう」


 兵士と握手を交わした後、アスセーナちゃんが皆を先導する。キゼル山の入口を目指して、戦える人達で護衛対象を囲うようにして布陣を組む。ティカの生態感知があるから奇襲は避けられるはずだ。


◆ キゼル山 ◆


 山道から風景を楽しみながら、列を作って大移動する。この山は猿達が幅を利かせていて、他の魔物はほとんどいないらしい。だから余計につけ上がって、縄張りに侵入した者への攻撃は怠らない。


「ティカ、お猿さん達はいる?」

「早速、向かってきてマス」


 猿が襲ってくる方向に警戒して、来た順番から倒す。来る方向さえわかれば、被害も大幅に減らせる。


「来た!」


「キーーーッ!」

「キィキキーーー!」


 白い体毛に異様に長い手足、皺だらけの顔に吊り上がりすぎな目。背丈は私よりも小さいけど、あれでいて鉄製の武器なら握りつぶせるほどの怪力らしい。おまけに俊敏で、木々の枝を伝って地の利を活かしてくる。


「甘いっ!」

「キギャッ!」


「群れる前に駆け抜けろ!」


 後方で戦闘が始まってる。下手に動いて加勢に行くと、守りが手薄になるから自分の場所は極力動かない。このメンツなら一匹ずつなら怖くない。だけど気になるのが"ゲッコウモンキー"達の戦闘Lvだ。どれもまばらで、後ろから来た数体も5~8とばらついてる。


「ひいぃぃ! やっぱり怖い!」

「に、荷物だけは!」

「キーーッ!」

「ぎゃーこっちに来た!」


「ギェッ……!」


 矢筒から飛ばした矢で一匹を処理。いくら素早くても、不意に撃たれる矢はかわしようがない。ティカは魔導銃で応戦、私は動かず矢で。歩を進めて少しでも山を抜けよう。


「キーッ!」

「おっと、上から来るかー」

「キキャッ!」

「左からもかー」

「キキキッ!」

「右からも! やけくそだね!」


 先頭からそれぞれ数体が同時に来る。だけどここにいるのは私だけじゃない。飛びかかってきた猿達を一振りで3匹も斬り裂き、続けてきたのもほぼ同時に倒される。


「さすがに数が多いとスキルを使わざるを得ませんねー」

「見えない斬撃すごい」

「一振りで何度かおいしいんですよ。名付けて空連斬、ですね」


「ギャギャー!」

「ギー!」


 仲間がやられて、新たに二匹が追加。アスセーナちゃんも怖いけど君達、ギロチンバニーを知ってるかね。猿達がちょうど寄った一瞬を狙って一閃。一振りで猿達の体ごと真っ二つにする。


「ギャッ……!」

「グェッ!」


「一振りで二匹、さすが達人」

「んぐぐぐ! 悔しいです!」

「いや、悔しがる必要ないでしょ」

「だってスキルですらないのに、すごいですよ! 底が知れません!」

「それは認めるけどさ」


 口をヘの字にして本当に悔しそう。この達人、本当に何者なんだろう。猿達相手ですらスキルを出してくれないし、どうもまだ本気を出す相手じゃないっぽい。


「キ……」


「ん? 猿達が急に襲ってこなくなったけど……」


 木の枝にぶらさがったまま停止する猿もいるし、その視線は私達の前方に注がれていた。前にいる何匹かの猿が後ろを振り向いたところで察する。


「ティカ、何か来るよね?」

「き、来まス……巨大な生体接近中」


「ンゴォォォァアァァッッ!」


 遠目からでもわかる。大きさは多分、私達を余裕で見下ろせて四肢はモリモリ筋肉。私達を襲っていた猿達も、ガニ股でノシノシと迫るそいつに向き直って完全に止まっていた。


「おいおい……いくらなんでも、でかすぎるだろ?!」

「猿どもが怯えてるぞ……」


 確かによく見ると猿達が震えていた。自分達の親分が登場したなら、普通は歓迎するはず。それどころか、やべぇみたいな雰囲気だ。

 そして本当にでかい。道を陣取っている大猿の高さは木の枝なんか掴まなくても、すでに到達している。額や至るところに血管が浮き出ていて、歯を食いしばったその顔はまさに激昂と揶揄されて当然だった。こいつがボスの激昂する大将だ。


「ガァァァッ!」


「ギャーッ……!」

「ギャンッ!」


 大将が猿の一匹を掴み、地面に叩きつける。そしてもう一匹、次の一匹とひたすらに荒れ狂っていた。猿達が何か抗議をして鳴いてるけど、聴いちゃいない。


「不甲斐ない手下に腹立ってるのかな……」

「恐らくはそうでしょう。そして長らくボスの交代が行われていないのでしょうね。あの個体を見れば何となくわかります」

「モ、モノネさん。平気そう?」

「ティカ、戦闘Lvはいくつくらい?」

「推定戦闘Lv35前後……。この周辺の生態系を破壊しかねない数値デス……」

「突然変異か何かでしょうか。いずれにせよ、放っておけませんね」


 私達には目もくれずに、大将は手下の猿に当たり散らしてる。その様子はまるで駄々っ子だ。逃げ回る猿を捕まえては叩きつけて、歯茎をこれでもかってくらい見せつけて怒ってる。


「んー……」

「モノネさん、何か気づいたのですか?」

「なんか胸糞悪い」

「ですよね。魔物に言っても仕方ないですが、上に立つ者としての資質はありません」

「お山の大将なんて言うけど、本当に的を得ているよね……とうっ!」


 暴れ狂っているボス猿の頭に跳び蹴りをかます。不意に蹴り飛ばされたボス猿は、バランスを崩して横転した。


「ンガァッ!」


「お猿さん、ここにか弱い兎がいるよ」


 人間みたいに頭をさすりながら立った大将の目がカッと見開かれた。完全にターゲットはこのか弱いウサギさんになったようで。


◆ ティカ 記録 ◆


これは 護衛任務に なるのでしょうカ

皆さん 勇気を出して 決断をされたのデス

何としてでも 猿達から 守らなくては いけませン

それより あの激昂する大将 怪力もさることながら あの硬い筋肉に刃が 通るのかどうカ


引き続き 記録を 継続


「王都に行くのに洞窟なんて通らなきゃいけないんだね」

「洞窟といっても一本道で明かりも灯されてます。これが開通してない頃はキゼル山越えを余儀なくされて、犠牲者も多かったそうです」

「人間、どんな状況にも対応して突破するもんだね」

「モノネさんも『自分の人生を謳歌するために昼寝をして突破する』なんて言わずに頑張りましょう」

「よ、読まれていたなんて……」

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