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30/201

後片付けをしよう

◆ ランフィルド 中央通り ◆


「炎龍さん、今年は完敗だよ」

「後で焼きメンを食べさせてくれないか?」

「いいですよ! お互いがんばりましょう!」


 他の店主達がイルシャちゃん一家と和気藹々している横で、悪魔みたいな顔をしている料理人がいる。その怒りの矛先が自分達にこないようにと祈るようにして棒立ちしてる部下達がかわいそう。ちょっとこれは穏便にすまないかも。


「はー、後片付けしないとですね」

「私がやってあげるから、アスセーナちゃん達は休んでいていいよ」

「意外ですね……」

「皆と違ってあまり動いてないからね。意外とかいうな」

「わたしも手伝う」

「レリィちゃんも休んでいていいよ。さすがに子どもにこれ以上、重労働はさせられないし」


「貴様、どういうつもりだ……?」

「ス、ストルフ様。すみません……今までお世話になりました」


 おっと、ウェイターさんの件があった。負けたストルフの怒りの矛先は何より、あの人に向けられるのは当然。あの人を引き抜いたのは私だから、これは何とかしないと。


「ストルフさん。その人、こっちで働きたいっていうから引き抜いたけどいいよね」

「か、勝手な真似を……」

「で、いいよね?」

「好きにしろ!」


 自分がこの人を送り込んで嫌がらせしようとしました手前、強く出られない。私がそれに感づいてるのもさすがにわかっているはず。

 本来ならストルフとウェイターさんの件は罪なんだけど、せっかくの祭りの余韻に水を差したくない。それに約束通り、ストルフがこの街から出て行ってくれたらそれでいいから。


「モノネさん。あの、何とお礼を申してよいのやら……」

「まぁまぁ、気にしないで」


「今日の失態は何だ! お前達、わかっているのか!」


 怒号を飛ばしているのはストルフだ。部下達は、嵐が通り過ぎるのを待つみたいにして萎縮している。


「勝てなかった理由はなんだ? 私の腕か? おい、お前! 答えろ!」

「違います……」

「では何だ!」

「私の……不手際です」

「貴様の下ごしらえが遅かったせいだ! あれで私が満足に仕事が出来るとでも思ったかぁ!」

「ぎゃぁっ!」


 部下の一人が殴り飛ばされる。それから部下に脅しかけては殴るの繰り返し。全員が頬を抑えて立ち上がれない。ブロンズ冒険者のパンチはさすがに重すぎる。騒ぎを聞きつけて皆が集まってきたし、もうここは私が腹をくくって解決しよう。


「……たくさんだ」

「なんだと?」

「もうたくさんだ! あんたにはついていけない!」

「そ、そうだ! 今まではネームバリューもあるから我慢してたけど、こんな扱いじゃ耐えられん!」

「この食祭でわかった……お客さんをいかに楽しませるか。特にあの店、炎龍はそれを楽しんでいた」


 お、なんだなんだ。私が全員、引き抜こうと提案したところでいい風向きになったな。なるべくしてなったというか、さすがに殴っちゃダメでしょ。


「なぁ、お前は炎龍で働いてみてどうだった?」

「あ、あぁ。息苦しさがなくて、気持ちよく働けた」

「だとよ、ストルフさん。オレ達は今日で辞める。お世話になりました」


「ふざけるなよ、貴様ら……今までの恩を仇で返すのか」


 売り上げでも完敗しただけじゃなく、ウェイターさんだけじゃなくて他の人達にまで見限られたか。あいつのプライドはもうズタズタかな。瞼をピクピクいわせて、明らかに大噴火前だ。


「恩知らずがぁぁ!」

「よしなよ」

「うおぁっ!」


 もう一回、殴りかかろうとしたストルフの足を引っかけて転ばせる。頭に血がのぼっているから簡単だった。受け身もとれないほど、冷静さを失ってる。


「き、きぃさぁまぁぁ!」

「あなたが怒りまくってこの人達を殴っても、何も変わらないよ」

「それに約束したはずよ。この街から出て行って」

「お、イルシャちゃん」


 イルシャちゃんが腰に両手を当てて、立ち上がろうとしているストルフを見下ろしている。危ないな。また襲いかかってきそう。


「偉そうに何か言える立場じゃないけど、言わせてもらうわ。食祭でわかったでしょ。

皆が切磋琢磨しつつも最後には互いに認め合う。この街のお店はそうやって繋がってるのよ」

「そんな馴れ合いなど知るか! まぐれで勝った分際でいい気にならないでもらおうか!」


 予想以上にごねるな。しょせん口約束だし、破られたらどうしようもない。しょうがないな。だったら徹底的に最後のプライドをへし折るしかないか。


「ストルフさんって冒険者でもあったよね」

「そうだ。ブロンズの称号を持ち、希少食材などはこの手で入手してきた。貴様のような駆け出しとは年季が違うのだ」

「じゃあ、駆け出しの私と戦って負けたら今度こそ出ていく?」

「……なんと言った?」

「称号を持っていないウサギファイターの私と戦って下さい。負けたらそっちの好きにしていいですよ」

「ハハハッ、トチ狂ったか。面白いな」


「その提案、いいだろう」


 きた、海賊支部長。片手にいくつ食祭の品を持ってるのさ。でも、串を口にくわえながらでも恰好がついてる。


「あなたがこの街の冒険者ギルドの支部長か」

「冒険者ギルド内で収集がつかない揉め事が起こった際に適応されるルールをご存知だろう」

「決闘を許可して下さるのか?」

「そうだ。ならば、こればかりは後がないという事もご存知だろう」

「約束を反故すれば、称号か登録そのものを抹消されるのであったな。フン、願ってもない」


 予想以上に緊張感のある展開になってきた。元々負けられない戦いではあったし、私自身もなんで決闘申し込んでるのって感じだけど。相手は食材のために、わけのわからない魔物の巣とかに入るような猛者だ。ま、なるようになるさ。こっちには達人剣とギロチンバニーがついてるからね。


「モノネさん! 何もそんなのしなくても……!」

「どうもプライドだけが彼を突き動かしてるみたいだからね。それを壊さないとあいつは出ていかないよ」

「ストルフさんは実力だけなら、アイアンの称号持ちにも匹敵すると囁かれているぞ」

「へ、へぇ」


「ミスター・フレッドの言う通りだ。ミス・アスセーナが相手ならともかく、君では話にならん」


 ストルフが得意げに包丁をそれぞれ両手で握ってみせてくる。戦闘スタイルもそれなんですか。


「決闘日時は明日の午後からとしよう。両者、それでいいか?」

「はい、たっぷり寝ますので」

「いいだろう」


 船長がいたおかげで何とかまとまった。後は戦闘料理人対策だ。アスセーナちゃんや部下の人達なら、あいつのスキルなんかも知ってるはず。休む前に聞いておきますか。あのストルフがいなくなった後、こっそりと部下の人達に聞いてみる。


「ストルフ様のスキルやアビリティ? いやぁ、我々は厨房で仕事をしている身なのでその辺はちょっと……」

「あ、でもだいぶ前に酒に酔って喋ったな。『私のアビリティは人間相手には役立たん』とか何とか」

「あと『討伐してから解体など三流の仕事だ。一流は戦いながら解体する』と言っていたか」

「ありがとう。この情報、きっと役立てます」


 ほぼ自慢でしかなかった。でも聞いた限りだと、ストルフは獣相手には戦い慣れてそうだけど対人戦はどうかな。


「噂には聞いているが、私の立場で教えるわけにはいかんな」

「支部長ですから、そうですよねぇ」

「私はあの人、嫌いなので噂ですら聞いた事ないんですよね」

「アスセーナちゃんも知らないかー」


 アスセーナちゃんにそれでいいのかと突っ込みたくなったけど、眠いからいじるのはやめておいた。強くて有名なら誰か知ってそうなものだけど、もしかしたら実は弱いのかも。それとも性格が悪すぎて、誰もパーティを組んでくれないという可能性も捨てきれない。


「マスター、ストルフの推定戦闘Lvですが恐らく30は超えているかと思いまス」

「まぁそのくらいはあるよね。あ、そうだ。実はさ、それでアスセーナちゃんの戦闘Lvもわからない?」

「申し訳ありませン。戦闘Lv20と計測されたのですが、どうも正確な数値ではないように思えまス」

「それってつまり、文字通り計り知れないってこと?」

「憶測ですが彼女ほどの強者となれば、何らかの手段で自らの力を隠せるのではないかト」

「モノネさん、私に興味津々なんですね!」

「そこまでして実力を隠す理由がわからないんだけど」

「いつも全力だと疲れますし……」


 こんな得体の知れない子はほっとこう。殺気を消すとかそんなのかな。ちなみに私の戦闘Lvは1と計測されているから、仮に強い人に出会っても舐められる可能性大だ。船長みたいな特別なアビリティ持ちでもない限りは油断してくれるんだけど、それって面倒なのに絡まれるってことじゃ。と、悩むのも無駄なので今日は寝よう。


◆ ティカ 記録 ◆


とんだ 往生際の悪い 人間もいたものデス

潔さがないということは 己の弱さを認められないという事デス

弱さを認めるのも 強さの一つだと わからないのカ

せっかくの 楽しい祭りも まだまだ 後片付けが 大変なようで

マスターも 人が良すぎるので 結局 面倒を 見てしまウ

問題は マスターが 奴に 勝てるかどうカ

単純な 実力だけなら 問題はないとは思いますが アビリティが気がかりデス

人間相手に 役立たないとはいっても まったく使えないという証拠にはならなイ

戦いでは 何が 起こるかわからないので 油断は禁物

僕だけは マスターの 勝利を 信じましょウ


引き続き 記録を 継続

「冒険者の決闘ルールなんて知らなかった。アスセーナちゃんは決闘やったことある?」

「昔は何度もやりましたよ。途中からは面倒なので全員を一度で相手にしましたね」

「ひぇぇ……よく生きてられたね」

「それほどたくさんの相手とトラブルを起こしたのがすごいですネ……」

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