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エアルミナの花を採取しよう

◆ フィータル草原 ◆


 緑に統一された草原は、どこまでも続いてそうなほど広い。細かい丘がいくつかあるだけで、水辺や細い木が数本目立つ程度。心地いい風が草を揺らしていて、ここで昼寝をしたら気持ちよさそう。


「魔物さえいなければなぁ」

「あちらで群れをなして走っているのはヤンバルホーン、推定戦闘Lv1。水辺で水を飲んでいる馬のような魔物はソードホース、推定戦闘Lv5デス」

「うん、登録ご苦労様。さっさと目的地に行こう」


 こんな魔窟を行き来している商人達ってすごい。いくら護衛がいても、アビリティがなかったら私なら絶対嫌だ。こうして布団で飛んで上から眺めている分には楽しいけど、正直いって降りたくない。

 ママがすごく強くて護衛を雇うお金を浮かせていられるのも、パパの商人としての強みなんだなと思った。


「目的地の花園はあちらになりまス」

「目立つね。一見してのどかな場所だけど、うろつく番獣は……あ、アレか」

「遠くにいまス。チャンスですネ」


 うろつく番獣なんて変な名前をつけたもんだ。こういう強くて有名な魔物は俗に"ネームドモンスター"と呼ばれていて、他の魔物と違ってその名が体や強さを表すと聞いた。

 素材に希少価値がある場合が多いけど、とにかく冒険者を含めた人間達を悩ませている場合が多い。あまりに強すぎてそれに応じた名前をつけらているネームド達に、そのセンスの有無を聞いてみたい。答えてはくれないだろうけど。


◆ フィータル草原 花園 ◆


 草原の隅に位置する花園は、何本かの木陰に隠されているみたいだった。近くにあるのは切り立った小さな崖、その先は丘になっている。そんな日陰で花なんか育つのかなと思ったけど、きっちり群生していた。白く透明で脆そうな花びらが数枚、夜になると綺麗に光るというエアルミナの花だ。


「魔物がいない間にさっさと採取しちゃおう」

「うん、すぐ終わるから待ってて」


「ブフォッ……!」


 一応、ティカに生体感知を頼んではいた。遠距離からの魔導砲は花園を巻き込むからダメ。となると隙をついて採取するしかない。

 だけどこの魔物、この周辺を名前の通りうろついてばかりで一向に離れてくれない。だから出来るだけ遠くにいる時にやっちゃおうと思ったけど、さすがに駆けつけたか。念のため、レリィちゃんと向き合ってしゃがんでいてよかった。これなら少なくとも魔物を正面に迎える事がないから。さて、ここからが勝負だ。


「ブフゥ」


 情報通り、私達の顔を見ようと執拗に周囲を徘徊してきた。お前に敵意はないし興味もない。あくまでそういう態度を徹底させる。だけど隙がなかなか生まれないし、このままじゃ採取もままならない。無害感が足りないのかな。だったら事前の打ち合わせ通り、アレをやろう。


「レリィちゃん、おはなきれいだねー」

「うんー。とっちゃだめだよねー」


 ここにはエアルミナを採取しようとする欲にまみれた人間はいない。花園で無邪気に遊ぶ子どもがいるだけだ。

 レリィちゃんは言わずもがな。私は見た目よりも幼く見えるらしいし、己の特性を活かしたこの布陣。もはや死角はない。


「さいしゅとか、ありえないよねー」

「おはなは、だいじにしないとだめだよねー」

「おっはなっさんわぁ♪ なぜゆえきれいなの♪」

「きれいだからだよっ♪」

「こたえになってない♪」


 無害としか思えないこの歌はアドリブだけど、効果は高い。最初は訝しがっていた番獣君も、少しずつ距離をとりながら周る。離れてくれたら背中を死角にしつつ、採取を完了できるはず。


「ブッフッ!」


 なんか鼻で笑われた気がしないでもないけど、なんとでも笑え。そうやって油断している隙にほら、レリィちゃんが採取を終えた。本当はもっと採取したいけど、今は数本が限界だ。後は上空に待機させている布団を急降下させてきて、私達を乗せてもらうだけ。


「おっはっなー♪」

「おぉっはっなー♪」

「ブッフッフゥ!」

「おっはぁなぁ♪」

「ブッフッフゥ!」


 あれ、うろつく番獣さん? なんで周りながらまた近づいてくるのかな? しかも一緒に歌ってくださってるという事は気に入っていただけた?


「ブッフゥゥゥ……フゥッ!」


 前足で地面をかいてるけど、そこから何をする気かな?


「レリィちゃん退避ィ!」


 布団君がレリィちゃんを包み込んでまた上空に逃げる。私の判断は正しかった。その魔物は筋肉牛というイメージしかない。漆黒の皮に大袈裟に曲がった角。オオサラマンダーよりは小さい。ムキムキの四本の足が異様に気持ち悪かった。この綺麗な花園に似つかわしくない魔物が完全に私を敵と認識している。


「なんで怒らせちゃったかなー。私って意外にオンチだった?」

「いえ、聞き惚れて警戒を忘れるほどでしタ」

「忘れんなや」


 前足で花園の土をかいて、いかにもこれから突進しそうだ。考えてみたら縄張りだか何だか知らないけど、こんな筋肉牛が独占していい理由がない。

 皆にとって必要なものがある場所を家にしたから近づくな、という理屈が通る世界なんてあるわけなし。


「こっちは人の命がかかってるんだよね。今日のメシなら他を当たれば?」

「ブフォォォォッ!」


 挑発を理解したかのように、筋肉牛がステップを踏むようにして突進してきた。

跳びかかってきた牛の突進を右に避けてかわすと同時に刃を――


「ブファ!」

「わぁお!」


 くるりと即向きを変えて、角で刃を弾いてきた。ゴボウやオオサラマンダーならここで倒せていたのに、これがネームドモンスターか。突進そのものの速度もやや早かった気がするし、こいつは面倒です。


「マスター、目的は達成したので撤退はどうでしょウ」

「んー、最初はそれ考えたんだけどさ。逃げたら追いかけてくるよね?」

「恐らくは……」

「それに私達がここで倒せば、人の命を救える素材が採取し放題だよね?」

「危険は大きく減りますネ」


「こういうの、ガラじゃなかったはずなんだけどさぁ。熱くなっちゃったよ」


 今度は私が剣を向けて、戦う意思を見せた。番獣は余裕と見たのか、私達の会話も許している。それならバックステップを繰り返して花園から出て、人差し指でこっちに来いよと誘おう。人間にしか通用しなさそうな挑発でも、番獣はさっきと同じように突進してくる。


「ブッフ! ブッフ!」

「いいよいいよー、こっちこっち」


 ギリギリまで引きつけてから、左にかわしつつ牛頭の顎を斬り上げる。


「ブガァッ!」


「名付けて、昇流剣……なんて」


 下から顎を斬られた勢いで突進の姿勢が崩されて、盛大に仰向けになった。顎へのダメージと自慢の突進を破られたショックのせいか、起き上がれずにジタバタと足掻いている。


「なるほど、こうやって破る方法もあるのかー」

「先程と同じと思わせてつつ、死角からの一撃……角での迎撃も間に合わなかったようデス」


 私は戦いのド素人だけど、アスセーナちゃんが見込んだ達人剣が怯むような相手には思えない。それならなんでさっきは攻撃が弾かれちゃったのか。答えを剣に聞いてようやくわかった。


――花を守らねば


 達人の優しさなのかな。剣にもその意思が宿っているのかな。足場が花園じゃなくなった時点ですでに勝負はついていた。起き上がろうとした番獣に決着の一撃を入れる。


「ブファァァ……」


「討伐完了、かな」


 達人剣とギロチンバニーの前には番獣も成す術がない。私達の街、ランフィルドの冒険者達を恐れさせた番獣の最期だった。


「おねーちゃん、倒したの?」

「うん。もう出てきても平気だよ」


 布団を降ろさなきゃ私も乗れない。ひょこっと顔を出したレリィちゃんが怯えながら、うろつく番獣の死体を見た。


「マスター、解体処理をしましょうカ?」

「お願い。素材はあれに入れるから」


 家から持ってきた、というより連れてきた冷魔石入りの冷蔵庫だ。かなり大きくて持ち運びとか普通に無理だけど、私のアビリティなら出来る。生臭くなっちゃうから、パパとママに謝らないといけない。


「思ったんだけどさ、ティカ。あんたの解体の時に使うその刃さ。戦いに使えない?」

「申し訳ありませン。接近戦は不得手のようデス」

「ようです、か」


 記憶がないけど、そういうところは覚えているのね。腕から刃を出し入れするティカを見て思いついたんだけど、ダメならいいや。しかし解体も料理もお手の物、魔導砲装備とこの子は本当に何なのか。


「完了しましタ」

「じゃあ、まずは……」

「家で調合する。その後に病院」

「依頼達成報告や素材の引き渡しはその後だね」


 うろつく番獣に独占されていた花園を空から眺めていたら、沈みかけている日に気づいた。ディドさんの命がかかってるんだから悠長に魔物の相手をしている場合じゃない。今更過ぎる。


「おねーちゃん。普通の子どもはこんなところにいないって魔物もわかってたと思う」

「わかってる、作戦の欠陥は重々承知してます」

「おっはっなー」

「おっはっなー」


 魔物相手とはいえ、我ながら痴態を晒したと思う。本当はわかってなかった。そりゃ魔物も鼻で笑う。恥ずかしさを紛らわす為には、歌うしかなかった。


◆ ティカ 記録 ◆


本日は良い日でしタ

マスターのお役に立てたのは 言うまでもなく

マスターの美声による歌を聴けるとは

小説家もよし 歌い手になるのもよし

才覚の数だけ 進路がありまス

しかしながら マスターの様子 冒険者というものに 惹かれつつあル

それも また よシ


達人の剣どころか うろつく番獣が 相手にしていたのは 恐ろしい ギロチンバニー

奴にとっての救いは その真価を見ずに 死ねた事デス

マスターならば いつか きっと 発揮できるはズ


それはそうと 今日は 幸せ いっぱいでしタ

おっはっナー おっはっナー


ひーきつづきー きーろくをー けいーぞくー


「調合した薬がどんな効果なのかは、どうやってわかるの?」

「作ればわかるよ」

「いや、普通実験みたいなのをするイメージがあるんだけど……」

「しないよ、わかるから」

「苦しむ薬も?」

「わかる」

「誰かに試してなくてよかったと思っておく」

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