女の子の部屋に遊びに行こう
◆ レリィの部屋 ◆
食事が終わった後で招待されてしまった。机の上には本がぎっしり並んでいて、本棚にもずらり。頼まれても私が手に取らなそうな本が目白押し、とても9歳の部屋とは思えない。薬学だとか医学みたいな表題の本の存在感。この子はどこに行こうとしているんだろう。
「すごいね。将来は薬屋か何かになるの?」
「ならないかも」
「えー?」
いきなり出鼻をくじかれた。だったら、ますますどこへ向かっているのかわからない。小さな部屋に腰を落ち着けて、ティーカップに口をつける。ハーブか何かの香りが心地よくて、なんだか気持ちが安らぐ。
「レリィちゃんは薬屋を開けるくらいすごいと思うんだけどさ。なんで冒険者になりたいの?」
「冒険者になれば、一緒についていって怪我をしても毒で苦しんでも治してあげられるかなって……」
「パパとママの為か」
何この身につまされる話。こんな子どもなのに親孝行を見据えて勉強して行動している。つまり理想は両親を救える冒険者なんだ。うんうん、立派です。つまされすぎて崩れないように、ここは話題を変えよう。
「このティー、おいしいね」
「心がリラックスするハーブを混ぜたの」
「自分で淹れたんだ。他にも何か効果があるものがある?」
「うーんとね……」
好きな事を質問されるのは気分がいいらしい。忙しそうにパタパタと机の引き出しに向かう。その知識と純粋な心で、人を幸せにできる。その小さな背中を眺めながら、期待しよう。
「これを入れると興奮する」
「ほう」
レリィは紙に包まれた粉を持ってきて、カップにそそぐ振りをした。
「これを入れると気持ちよくなる」
「ほほう」
「これを入れると眠くなる」
「私が飲んだら一生起きないかも」
「これを入れると気持ち悪くなる」
「え、それどういう時に使うの?」
わかんない、とポツリと答えられた。まさか誰かに飲ませて実験したわけじゃないよね。どうやってその薬がそういう効果だとわかったのかな。
「そして、これを入れると苦しくなる」
「よしわかったもういい! あんたはすごすぎる!」
やばい流れになってきてやばいものが出てきたから、ここは見なかった事にしよう。使う意図や機会を考えた上での薬なのか。違うと信じたい。
人を幸せにも出来るし、不幸にもできる。いい子だから不幸にはしないだろうけど、末恐ろしい子だ。ぜひ清く正しく育ってほしい。
「その子はだれ?」
「ティカのこと? ひとまず私がマスターをやっていて……はて、何者と言い換えればいいのかな」
「僕はマスターに仕えている者デス」
「つかえている?」
「過去の記憶がないので、このような表現しか出来ませン」
「ゴーレムみたいだね」
「ゴーレム?」
レリィちゃんが本棚から一冊の本を持ってくる。そこにはゴーレムの何たるかが書かれていて、要約してほしいとしかいえない内容だった。
「人間の言う事を聞くように作られたお人形だよ。お仕事をやってもらったりして便利だから一つほしい」
「でもティカとは似ても似つかないね。この絵のゴーレムはゴツくて大きいのばっかり」
「そうだね。ティカはゴーレムというより、小さな魔法使いだね」
「魔法使い、ですカ」
「魔法使いみたいな帽子をかぶってるもんね」
困惑したような嬉しいような、ティカが自分の顔や体をペタペタと触っている。考えてみたらティカが何なのか、私は何一つ知らない。まぁ何者でもいいけどね。
それはそうと、さっきからこの子に驚いてばかりで何もしてあげられてない。何かないかな。
「私もいっちょすごいところ……そうだ! レリィちゃん、私が書いた小説読む?」
「小説? 読む!」
「マスター、持ってきていたんですカ」
「修正したから書籍出版屋にいつか持っていこうかなーって思っててね」
布団君にしまってあった原稿を渡した途端、書籍出版屋もビックリな速度で読み始めた。この部屋にある本だけでもすごい量だし、この速度がなければ読めないか。原稿に唾をつけてめくり、次々と丸いテーブルに置いていく。この子、9歳だよね。
「面白い!」
「本当にかい!」
「本当に!」
「お世辞抜きで!」
「ぬきで!」
「出版は夢じゃないと!」
「わかんない!」
乗ってくれるかと思ったけど甘くなかった。でも何度も読み返してるし、気持ちが昂りまくりだ。本に慣れ親しんだ子の評価だし、これはもう出版まであと一歩でしょう。
「こんな強い主人公になりたい」
「私もだよ」
「おねーちゃんは強いよ」
「弱くはないね」
「おねーちゃん、戦闘Lvは?」
「そういえば、あのオオサラマンダーを倒して更新されてから見てなかった」
名前:モノネ
性別:女
年齢:16
クラス:ノークラス
称号:‐
戦闘Lv:14
コメント:がんばります。
コメント変えるの忘れてた。こんな奴にブラッディレオ討伐とか依頼しないほうがいい。あのオオサラマンダーって14もあったのか。商人ギルドに行く前に解体済みの姿を見せただけなんだけど、それでいいのか。考えてみたら戦った本人以外、知りようがないのにこの戦闘Lvっていうのも適当かも。
「オオサラマンダー、大物だね。14はすごいけど、基準がよくわからない」
「パパとママがギルドの人に説明してたよ」
「あぁ、そういう事ね」
「わたしが生まれる前から冒険者をしていたパパとママが8なのに、おねーちゃんって……何歳?」
「賢いと思ったらそういう計算に行きつくんだね……つい先日、デビューしたばかりだよ」
「そうなの?!」
「そーなの」
なんかすごい寄ってきて胸や腕、脇を触られまくる。くすぐったい。ついでに兎耳も掴まれてた。引っ張ったら怒るよ。
「パパのほうが筋肉すごいしママもすごいのに……」
「どうせ私はあらゆる部分が貧弱です」
「お胸も?」
「だからほっとけって」
魔晶板情報と私を何度も見比べてる。傍から見たら、このスウェットがやってくれてるなんて結論に行きつくはずがない。わかるとしたら、どこかのシルバーの称号持ちくらいだ。
「このお布団、飛ぶの?」
「飛ぶよ」
「やってみせて」
「はいよ」
布団を浮かせるとレリィが下に潜り込んだり、引っ張って落とそうとする。何してんの。私の命令以外の事は絶対にしないよ。
「落ちないね。乗っていい?」
「いいよ」
私とアスセーナちゃんじゃ狭かったけど、この子とならちょうどいいかも。すっぽりと布団にもぐってジッとしている。勝手な解釈だけど、何かを期待しているとしか思えない。じゃあ、勝手ながら上下させてみよう。
「わっ!」
「こんな風にも動くよ」
「ぎゅっ!」
「布団が冷えてる時にこんな感じに巻かれると、すっごい気持ちいいんだよね」
「こんなの初めて……」
ロールケーキみたいに巻かれながら、しばらく空中で止まる。解除して今度は普通に移動しよう。レリィちゃんの部屋から出ようとした途端だった。
「レリィ! 大変なの、パパが……え、なに?」
「ごめんなさい、続けて下さい」
二人で布団に入って浮いてりゃ、言葉も止まる。飛び込んできたのはレリィちゃんのママだった。パパが大変な事になったなら、止めてる場合じゃない。
「パパが倒れたのよ!」
本当にこんな事してる場合じゃない。高速で布団ロールケーキを解除しつつ、レリィママの脇をすり抜ける。壁に沿って移動したものだから、さすがのママも勢いに負けてよろけた。
◆ ティカ 記録 ◆
この知識量 そして学習意欲 すべてが 天才と呼ぶに値しまス
両親を思う 純粋な心の力が ここまでとは 驚愕しまス
歴史に名を残すべき存在といっても いいかも しれませン
しかし だからといって マスターが 劣るわけでは 決して ありませン
マスターこそ その気になれば 歴史どころか 輝かしい未来を 創造するでしょウ
知識量 学習意欲 すべてが
んん
今はまだ その時ではなく いずれの話 要するに レリィさんと 同じというわけデス
なんだか まとまらないどころか 僕自身も 何を言ってるのか わからなくなってきタ
引き続き 記録を 継続
「思ったのですがマスターのアビリティ、誰かにスウェットを着せて命令すれば戦ってくれるのでしょうカ?」
「出来ると思うけど、お気に入りだから誰かに着せるのは嫌だな」
「軽率な発言でした、失礼しましタ」
「いや別に怒ったわけじゃないよ。ただ人じゃなくても人形に着せれば戦ってくれるかなと思った事はあったよ」
「なるほど、それはいいアイディアかもしれませン」
「でも戦いに耐えうる人形を作る手間も技術もないし面倒だし、それに私じゃなきゃダメな気がするんだよね」
「直観ですね、僕もなんとなくそれはあると思いまス」




