二次発表を確認しよう
◆ ランフィルド広場 ◆
今日は待ちに待ったブックスター大賞の二次選考の結果発表だ。一次の時と同じく、広場の掲示板に通過作品と作者が無機質に書き連なっている。
例のアンデッド騒動のせいでかなり遅れたみたいだけど、よく頑張った。この場には参加者だけじゃなくて、その筋の人達も結構いる。
「お! あの人の作品が通ったか!」
「オイオイ! 『漢、荒地を行く』が落ちてるじゃないか! 絶対通ると思ったんだけどなぁ……」
「俺の作品がない! うわぁぁぁ見る目ねぇぇぇぇ! まぁた画一的な作品ばっかり通しやがって!」
「恋愛は思ったより粒揃いかもしれませんわ……」
一次の時みたいに阿鼻叫喚だ。落ちていたり受かってたり、テンションの差が激しい。人は妬む生き物、隣の芝生は青く見えるもの。へこんでる人の横ではしゃいでみなさい。ほら、すっごい睨みつけてる。
あそこにいる竜巻みたいな髪をした女の子の優雅なこと。恋愛にしか目をくれてないし、腰に携えてる鞭が特徴的だ。いや、あれジェシリカちゃんだし。
「ジェシリカちゃんは相変わらず、恋愛小説が好きなんだね」
「ホントどこにでも沸きますのね」
「そうやってツンツンしてるから誘いにくくなるんだよ」
「あなたも恋愛小説を読めばわかりますわ。あら……ネミル先生が通ってますわ! さすがですわぁぁぁ!」
優雅だと思った数秒前の自分に見せてやりたい。万歳して跳ねて子どもみたいだ。よくわからないけど、推してる作家の作品が通ったのか。かわいいところあるんだから、普段からそうしてればいいのに。
「その人ってすごい作家なの?」
「元紙芝居作家で、王都では有名ですのよ。最近は自費出版で小説を出すようになりましたわね」
「なるほど、大賞を取ればブックスターで書籍化するからね」
「しかも大賞という箔がつけば、更に読者も増えて先生のファンとして鼻が高いですわ」
別にその人がすごくてもファンには関係ないんじゃ、と思ったけど黙ろう。あのジェシリカちゃんがそこまで他人に熱を入れる姿は貴重だ。ツーンとしてるよりも、今みたいにコロコロ笑ってたほうがかわいい。
「意外だね。ジェシリカちゃんがそこまで推すなんて」
「まさかあなた、このわたくしが誰にも興味を示さないとでも思ってたんじゃ」
「そんなことないって……あ、そういえば私の作品はどうなってる」
「あなたも応募してますの?!」
「うん。恋愛要素はないけどね」
急に鼻息を荒くしたジェシリカちゃん。この子が見たら憤死しそうなタイトルだから、あまり言いたくなかった。どれどれ。
「マスター、落選の際はお任せ下さイ」
「何一つ任せないから銃を降ろせ」
一次の時も思ったけど、この私が珍しく緊張する瞬間だ。さすがに二次は無理でしょ、と楽観してもこの時となればどこへやら。落ちたら私もあそこにいる発狂してる人と同じく、暗黒面へ落ちるのだろうか。地面に座り込んで抜け殻みたいになってる。
さて、裁きの時だ。どうせ落ちてるに決まってる。落ちていて当然。そうじゃなきゃ理としておかしい。
クリティカルバースデイ ヨンタ
落ちこぼれのレッテルを張られたけど最強の魔術師の資質を秘めていたらしい モノネ
今日の私と昨日の僕 クリストス
「ひゃーん!」
「マ、マスター!?」
思わず布団ごと上空へ加速してしまった。空中四回転の後、布団から前方に跳ぶ。落ちる恐怖なんて感じない。先回りした布団に着地してから、大きく息を吸った。
「私は飛んだんだ。眼下に広がるランフィルドが美しい」
「マスター……かなり目立ってまス」
何事もなかったかのように地上に降りてもう一度確認。今の動きが何だったのか自分でもよくわからない。
「見間違いでもない。理が乱れたか」
「まさかこれがあなたの作品ですの……?」
「何とでも言いなさい。今の私に酷評は通じない」
「そ、そんなことはしませんわ。でもこれって小説なんですの?」
「小説という既存の概念にとらわれないのが見どころだね」
意外や意外、ジェリシカちゃんが私の作品名と評価コメントを熟読してる。二次審査の基準は書籍にして売れるかどうかだ。
"画一的な小説界隈に斬り込んでくれそうな作品"
"シンプルな文章が新たな読者を開拓してくれるのではないか"
「高い評価ですわね」
「読みたい?」
「見たところ、絵本のようなお話ですのね。わたくしにはあくびが出ますわ」
「絵本のような小説、結構じゃないの」
振り返ると初老の女性が立っていた。白髪まじりで顔がややふっくらとしている。年相応の落ち着いた雰囲気だ。この人も応募したのかな。
「あ、あなたはネミル先生ですの?!」
「この人がそうなんだ」
「無料で紙芝居をやって下さるから、よく3人を連れて見に行きましたわ」
「あら、ありがとう」
ネミル先生が口に手を当てて上品に笑う。貧乏の味方か。創作の参考になりそうだし、ぜひ紙芝居とやらを見たかった。今はやってないのかな。
それにしてもなんだかちょっと眠くなってきた。浮かれてはしゃぎすぎたか。
「ネミル先生の小説が出版されたらぜひ買いますわ!」
「ありがとう、でもどうかねぇ。私の世界がどこまで通用するか……」
「ネミル先生の作品こそ出版されるに相応しいですわ!」
「そうかねぇ。でも私はこちらのモノネさんの小説に注目しているのよ。絵本のような小説……私が目指すところだから」
「なんですってぇ?!」
こんな偉大そうな先生に目標にされるとは、さすがに思わない。だからそんなに顔を近付けて見ないで、ジェシリカちゃん。さりげなく距離を取りつつ、目をこする。やっぱり眠い。
「ネミル先生はそもそもなぜ紙芝居をやらなくなってしまわれましたの?」
「フフフ、最後まで見てくれたのはあなた達だけだったわねぇ。私の紙芝居はね、ほとんど最後まで見てもらえないから」
「……ネミル先生、まさか」
「えぇ、そうなのよ」
抑揚のない喋り方のせいかな。眠気を誘ってくる。布団に寝転んでしまいたい衝動に駆られてきつい。さすがにこれは変だ。異変に気付いたティカが銃口を向けつつある。やめれ。
「眠いでしょう? ここ最近は特にひどくてね、もうだーれも紙芝居を見てくれないの」
「この眠気って……」
「恐らくアビリティですわ。ネミル先生の紙芝居が次第に人気がなくなってしまった要因でもありますの」
「アビリティ? それなら自分で何とか出来そうだけど……」
「それがね、何をどうしてもダメなの」
皺のあるネミル先生の顔に影が落ちた気がした。これだけで事の重大性がよくわかる。そしてアビリティというものの奥の深さも。軽率な発言をしてしまったか。
「私が話し出すとね、皆が眠くなってしまうの。年々ひどくなって、これじゃ紙芝居を続けられないでしょ。だから畳んだのよ」
「ご自分でも、どうしても制御できませんの?」
「努力はしたのだけどねぇ。こればっかりはねぇ」
「だから小説に転向しましたのね」
「自費での出版も厳しくてねぇ。この大賞に賭けてるのよ」
この眠気がアビリティとは。誰でも眠らせることが出来る凄まじいアビリティだし、使いようによっては無敵だ。
だけどこの人にとっては害にしかなってない。しかも自分でどうすることもできないアビリティだなんて。布団に乗って空中回転して調子こいてる奴には想像もできなかった。
「正直ね、二次選考を通過したものの……自信ないの。だからモノネさん、あなたの作品には注目してる。私が落選しても、あなたの作品が通過すれば今後の糧になるもの」
「恐れ多すぎます」
「そうですわ! 大体、こんなタイトルからして」
「誰にでも理解できる。それでいて楽しめるなら、至上の作品と思わない?」
「それはそうですわね……」
「これ以上、私がいると眠らせてしまいそうだわ。では可愛らしいお二人とも、ごきげんよう。モノネさん、機会があれば作品を読ませてね」
ネミル先生が手を振ってから離れていく。だけど眠気は消えない。ジェシリカちゃんにも効果があるはずなんだけど、この子は元気だ。それどころか口をへの字にして、凝視してくる。
「あなた、ネミル先生に気に入られたからって調子に乗らないことね」
「不可抗力だから許して」
「こうなったら、わたくしが直々に判定しますわ。ネミル先生が惚れこむに相応しい作品かどうか!」
「そんな気を使わなくていいから」
「いいから読ませなさい! もしひどい作品だったらネミル先生が悲しみますわ!」
「でもあの人がどう思うかは別なんじゃ」
「言いわけばっかりしてぇ!」
「はいはいー、遅れましたー。皆さん、結果はどうでしたかー?」
テニーさんの軽快な登場をよそに、こっちは布団に押し倒されてた。一次の時みたいに通過者と落選者が蠢く羅刹の世界に、あの人は容赦なく足を踏み入れる。さすがはプロとしての佇まいだ。読むための口実をでっちあげた子も素直になったほうがいい。
「今すぐ! 読ませなさい!」
「恋愛ないよ? 今すぐは無理だからうちに来る?」
「いい覚悟ですわ。ついでにあなたのお部屋のセンスも判定して差し上げますわ」
「もう少し素直になったほうがいいよ」
アスセーナちゃんなんか3日に1回は来るというのに。来たいならそう言えばいい。だけど今は眠い。今回ばかりは私のせいじゃないから、遠慮なく眠らせてもらう。話はそれからだ。
◆ ティカ 記録 ◆
マスターが 二次を通過 当然の結果ダ
落選なんて した日には ブックスターを一度
正さねば なるまイ
無事に 通過させたことで 正しい認識を 持っていたと
認めよウ
しかも ネミル先生のような 偉大な方に 見染められるとは
マスターの 天賦の才は 天井を 知らなイ
不憫な アビリティを持っている方だけに 彼女にも
日の目が 当たると 願おウ
今宵は ジェシリカさんと 寝るのカ
アスセーナさんと 鉢合わせになる 予感
引き続き 記録を 継続
「モノネさんのフードって、戦ってる時でも脱げませんね」
「そういう風にしてるからね」
「フードをとってもかわいいですよ?」
「そういう価値基準はどうでもいい」
「たまにはフードをとって戦ってほしいです」
「何その食い下がり」




