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14/201

小説家になろうか

◆ モノネの部屋 ◆


「マスター、何を書いているんですカ?」

「目覚めてしまったのさ。小説を書くという行為に」


 これまでたくさんの小説を読めば、書きたくもなる。いろんなジャンルを読んできたけど、一番は冒険物だ。自室という安全圏にいながら、未知の世界を探索する主人公達の冒険が味わえる。自分ならこんなの逃げるなーとか、自分を投影したら絶対なりたたない物語。人は自分とは正反対のものに憧れるのかもしれない。多分。


「小説、物語を紡いだ文章の事ですカ」

「そう。これで一発当てればさ、バンバン売れて一生働かなくてもいいんだよ。夢があるよね」

「そうなったら僕も嬉しいデス。マスターの小説、読ませてくださイ」

「えー、どうしよっかなー。あまりうまくないしー」

「マスターが書いたものなら面白くて当然デス」


 とか言いつつ、原稿を差し出してしまった。さて、読み始めたぞ。

評価は――


「素晴らしイ! 感動しましタ!」

「あのさ、読んでないよね」

「読みましタ! この『ゴブリンを斬り捨てた』の文! これはもはや詩人でしょウ……」

「そ、そう?」

「これは一刻も早く、多くの方に読んでいただきたいですネ!」

「そんなに素晴らしい?」

「僕がウソをつきますカ! 僕のマスターに!」


 クルクルと回って、飛び回って大興奮。このアクロバティックな動き、確かにウソとは思えないな。この子を見ていつも思うけど、かぶってる三角帽子がよく落ちないなと思う。


「よし、ちょっと自信ついたぞ。あと少しで書き終えるから、早速持ち込もう」

「持ち込み?」

「この街に本を出版している店があるの。気に入ってもらえたら、印刷屋に回して本にしてもらえるよ」

「行きましょウ!」


 テンションが上がってきた。いつもより強めに布団に巻き付いてもらって、窓から飛び出した。本が売れたら、冒険者をやらなくてもいい。希望を胸に抱いて、大空に向けて羽ばたこう。


◆ 冒険者ギルド 1階 ◆


 やっぱり怖いから最初は段階を落とそう。私が入ると熱い視線を受けるんだけど、今日は期待に添えそうにもない。

 このスウェットが目立つ原因の一つかな。確かにこんなうさ耳を揺らして、死線をかいくぐってる皆の前に来てるんだから失礼かも。それでもやめないのが私のスタイル。


「よぅモノネ! 今日はブラッディレオ討伐か? 被害が出ないうちに、ぜひ討伐してくれ」

「フレッドさん、ブロンズの称号が泣くよ」

「俺一人じゃさすがにしんどい。アレは近いうちにやらなきゃな」

「がんばって下さい」

「……君はあれだけの実力がありながら、消極的だなぁ」


 本気で残念そうに、頭をかかれても。殺されるかもしれないのに、そんな魔物に挑みたがるわけない。富や名声は素晴らしいものかもしれないけど、平穏や命には代えられないんだ。

 私はせいぜいゴブリン退治でもして、おこづかいを稼ぐ程度でいい。それ以前に今日は、そんな血生臭い話をするために来たんじゃない。


「ねぇねぇ、小説書いたんだけど読んでくれる?」

「小説? 本はあまり読まないからなぁ」

「そんな小難しいものじゃないからさ」

「どれどれ……」


 フレッドさんに原稿を渡した瞬間、なんか気持ちがギュってなる。書いたものを他人に読んでもらうってすごい緊張する。変な汗が出てきそう。

 原稿を持ったまま動かないし、視線も一点集中。テーブルに肘をついたまま、微動だにしない。早く、早く何か言って。


「……なんだこれ」

「つまらなかった?!」

「面白すぎる」

「ホントォ?!」

「文章を読めば、風景が頭に浮かぶ。文字ってすごいな」

「でしょでしょ!」


「なんだなんだ、モノネちゃんが小説を書いたって?」


 いかついのがたくさん寄ってきた。元々皆に読んでもらうつもりだったけど、いざ来られると胸がギュウウってなる。

 本とか一生かけても手にとらなそうなおじさんが面白半分で、フレッドさんが持ってる原稿を後ろから見た。


「なかなか面白いじゃねえか。こんなもん書けるとは、大した娘だな。しかし冒険小説だなんてよ。冒険者なら好きなだけ冒険できるだろう」

「本物の冒険にはない魅力があるからね」


 怖くて痛いし死ぬかもしれない冒険と違って、妄想の世界はやりたい放題だ。そんな本音を言うと、気分を害してしまいかねないから黙っておく。


「あの冒険王グレンも、引退後は小説を書いて余生を過ごしたらしいからな。冒険者が小説を書くのは別に変じゃない」

「冒険の開祖の後押しがあるなら、安心できるね」

「いや別に後押しはしてないと思うが……」


「いいぞ。これを書籍出版屋にでも持ち込めよ。この街から冒険者兼売れ筋作家が出るなら、俺達も何となく鼻が高い」


 フレッドさん以外の冒険者にも支持されて、気持ちがホワホワしてきた。自分で書いたものを褒められるのがこんなにも快感だなんて。小躍りしたくなる気持ちを抑えるのが難しい。


「フレッド、そんなに面白いの?」

「シーラ、いやお前は……」

「モノネさん、読んでもいい?」

「どうぞ!」


 今のフレッドさんの反応が気になるけど、ここまで来たら怖いものは何もない。これだけの人達が絶賛してるんだから、シーラさんどころか書籍出版屋の人だって。ほら、シーラさんが微笑みさえ浮かべてる。しかも笑ってる、笑ってるよ。


「よく書けてますね。楽しく読めます」

「そんなに褒められるなんてねー、まいったなー」

「例えばここの『閃光が光る』が特に面白いです。気づかないのかしら?」

「面白さがー?」

「それと『超人的な』という表現。何回も出てるわ」

「う、うん。そうかも」

「この会話文も、誰が喋ってるのか全然わからない」

「はい……」


 言われてみれば変だ。なんで気づかなかったんだろう。それはそうと、楽しく読めてるなんていっておいて貶すとは。クスクス笑ってるのはもしかして、悪い意味だったな?

 ちょっと魔力があるからって、そうやって。そうやって。


「あ、あの。それはわかったんだけど面白いの?」

「さて……どうかしら。面白い、のかな?」

「読んだのにわからないの?」

「文章の間違いが目について、そこまでは……」

「なにそれー」

「うーん。正直な話、基本的な事が出来てないと感想が先へ進まないのよ。変な間違いが多すぎると、ストーリーも頭に入ってこない」

「なんですとぉ」

 

「マスター、しっかり」


 ふらつく私をティカが小さな体で支えようとしてくれる。さすがに無理そうなので踏みとどまって、椅子に座る。


「シーラさん、マスターへの侮蔑は許しませン」

「モノネちゃんを侮蔑したわけでは」

「悪いな、二人とも。シーラはこういう奴なんだ。歯に布を着せない性格でな」


「いいよ、いい。舞い上がってた私が悪かった」


 心が崩壊寸前でちょっと泣きそうだけど、冷静になろう。小説は私に向いてなかった。よし、落ち着いた。


「間違いを直して、書籍出版屋に見てもらったらどう?」

「今しがた、こき下ろしといての発言か」

「私の感想が絶対じゃないし、世間の評価でもないわ。逆に私が面白いと思っても、他の人がつまらないと思うものだってあるはずよ」

「なんか元気出そう」


「そうだそうだ! 見てもらえよ!」


 冒険者の方々の熱い見てもらえコール。しぼみかけていた気持ちがまた花開きそう。まだ決めつけるのは早い。椅子から立ち上がって、シーラさんから原稿を返してもらった。


「私、行くよ」

「おう、がんばれ。それと近いうちにブラッディレオ討伐に行こうな」

「でわっ!」


 フレッドさんの危険なお誘いは軽やかにスルーして、冒険者ギルドを後にする。そんな血にまみれた未来よりも、大切なものがあるはずだ。


◆ 書籍出版屋 ◆


魔晶板(マナタブ)のおかげで、あっさり見つけられた。何の装飾もなくて、ドアの上に一言だけ『書籍出版屋 ブックスター』と書かれていた。

 平屋にドアと窓だけがついているという欲のない外装が、ちょっとだけ入るのに躊躇させてくれる。


「緊張してきた。つまんないとか言われたらどうしよう」

「マスターを侮蔑するのであれば、対処も必要ですネ」

「それ、もういいから」


 このまま黙っていくわけにもいかない。勇気を出して入ろう。無機質なドアがやけに重く感じられる。意を決して押すと、立てつけの悪そうな音が出た。そんな音に反応したのか、机に向かって作業している数人が私の来訪に気づく。


「持ち込みですかー?」

「は、はい! 読んで下さい!」

「じゃあ、こっちに来て。そこに座っていいよ」


 ポニーテールで眼鏡をかけたお姉さんが、デスクの近くにあるソファーに案内してくれる。私が原稿を手渡しすると、テーブルの向こうのお姉さんが早速読み始めた。


「んん……」


 原稿用紙数枚を数秒おきに高速でテーブルに置く。これ読まれてないんじゃ。シーラさんからもボロクソに言われたし、やっぱりやめておけばよかった。お姉さんの顔から目が離せない。


「はい、よく書けてます。面白いですね」

「お、面白いとおっしゃいましたか!」

「これ初めて書いたの?」

「現役のビギナーです!」

「誤字や脱字も多いし、言い回しがくどくて目が滑るね。お世辞にもいい文章とは言えないんですけどね」

「ひぇっ!」


 ほらね。ていうか手直ししたはずなのに、まだあったんだ。持ち上げておいて落とす。シーラさんといい、これがプロの小説読みのやり方なんだ。


「主人公が圧倒的に強くて誰からも慕われて苦労する事もなく英雄になる……。人によってはチープと言いますが私は評価します! 自分にはない幸せを娯楽に求める。それも楽しみ方の一つだと、そんな風に思います!」

「というと、つまりはどういった意味合いで」

「つまり多くの人に評価される可能性がある作品という事なのです!」

「お、世辞とか、ではなく、て。この後落とすつもり、もない?」

「キャラの魅力やコンセプトはすごくいいよ。むしろ今までこんなの持ち込んだ人はいなかった。いつも陰鬱な過去を抱えた主人公が苦しみながらも戦い抜くとか、下手したら最後に死んじゃうからね。

もちろん、そういうのも面白いからバッチコイなんだけど」

「そういうのは嫌なんで避けましたね、本当に全力で」


 どうなるかと思ったけど、優しいお姉さんだった。ちょっと子どもっぽく見えるけど、私より年上だろうな。

 デスクでなんかの仕事している人達が、ちらちらとこっちを見てる。そのうちの一人がやってきて、私の原稿をテーブルから取り上げた。


「……こんなのは物語じゃないよ。努力をして苦しみを乗り越えてこそ、物語には感動が生まれるんだ。最初から何の苦労もない薄っぺらい物語に共感する人はいない」

「ちょっと、先輩! この子の担当はたった今から私になったんですから、口出し無用ですよ!」

「へいへい、がんばってヒット作を生んでくれ」


 嫌味ったらしい太ったおじさんが、手首を振りながら自分の机に戻っていった。投げ捨てるように私の原稿をテーブルに置いたのが腹立つ。

 確かに苦労の末に報われる物語は面白いけど、そういうのばかりだと疲れるから今の作品を書いたんだ。努力や苦しみなんて、私には無縁のワードでいたい。さっきまでシーラさんに酷評された時は死にたくなったのに今は割と平気だ。打たれると強くなるメンタルかもしれない。


「あなたの原稿を初めに見たのが私でよかったなー。あの人は散々酷評して作家志望を泣かして潰すんだよね。そもそも物語は必ず感動を生まなきゃいけないというのが間違い。要は楽しめりゃいいんです」

「優しいお姉さんでよかったです」

「私はどちらかというと、どんなひどい作家志望でもいいところを見つめて褒めて伸ばしますからねー」

「うん? なんか引っかかるような」

「いやいや、あなたは健闘しました。でもさっきも言ったように文章や構成など、問題点がありすぎて改善の余地がたくさんある。それと……」

「それと?」


 前髪をかきあげて、もったいつけたようにお姉さんがニヤリとひと睨みしてくる。


「経験と体験です。どうもあなたの作品は想像の中で完結している部分が多いね。本で知識を得るのもいいけど、もしあなたが冒険者なら冒険に出るのが一番いいんだけどなぁ」

「冒険、ですか」

「冒険小説の中には、冒険者をやっていた人が書いているものがあるからね。どれも大体、評価は高いよ」

「ぼーけん……」

「いや、それが一番だけど真に受けちゃダメよ? あなたみたいな子どもに冒険に出ろなんて言わない、言わないったら。何にせよ、これからも執筆に励んでくれたら嬉しいな!」

「励み勤しみます!」

「期待してるよ! 私はテニー、この中じゃ若手だけど見る目はあるつもりだから安心してね!」


 私が本を出せるとは思ってなかったけど、出せるなら出したい。願わくばその収益で働かずして暮らしたい。意気揚々と書籍出版屋を出て背伸びをする。空気がおいしい。今ならなんでも出来そうな気がした。


「冒険に行くしかない?」

「お供しまス」

「冒険に……」


 苦労なく遊んで暮らすために小説を書いて稼ぐ。そのためには冒険をする。うん? なんだかおかしい気がする。さて、寝よう。


◆ ティカ 記録 ◆


小説 それは 文字だけで 物語を紡ぎ 人の心を 揺さぶる

このような素晴らしい文化こそ マスターに ふさわしい

マスターの 小説は 少し読んだだけで 感動のあまり 読み進められなくなりまス

今 何を 読んでいたのかさえ 忘れてしまいそうな 美しい文デス

シーラさんは よしと しましょウ

あの肥満体の中年 次にマスターが 文章を生んだ時が 最後デス

その文の前に ひれ伏すカ

魔導砲の光の中に消えるカ

マスターを 傷つけるものは 何人たりとも 許さないのデス


引き続き 記録を 継続


「皆さん、文字を読み書きできるのですネ」

「親が子どもに教えたり、学校で教わったりしてるよ。自分の子どもが読み書きができないなんて、普通の親なら許さないだろうから」

「それでこの識字率なわけですカ。マスターの場合はご両親から教わったのですカ?」

「私は幼いころから本に触れてたし、自然と頭に入ってきたね」

「マスターの力で本が教えてくれたのかもしれませんネ。ご両親もさぞ驚いた事でしょウ」

「さっきから私が学校に通って教わったという可能性を排除してるな、こいつ」

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