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昼食にしよう

◆ ランフィルド 冒険者ギルド ◆


「剣よ、クルティラちゃんに危害を加えるんじゃないよ」


――うるせぇ!


 頭にガツンと響く魔剣の怒声。こいつ、物霊使いに逆らったのか。さすがにこれは面食らう。よっぽど私が驚いていたのか、クルティラちゃんも小さく声を上げていた。


「ど、どうした?」

「いや、ちょっと立ち眩みがね」

「そうか。鍛錬もいいが、たまには休んだほうがいい」

「そりゃもう、たっぷりと」


 この子の中で私がすごい事になってるけど、今はそれどころじゃない。物をどうにか出来ないなんて物霊使いどころか、ただの引きこもりだ。万物を制する者とか調子に乗ってる場合じゃない。

 あの女の人は魔剣もどうにかしたんだろうか。何にしても、あの力は魅力だ。触らなくても物を思い通りに動かせるなんて羨ましすぎる。寝ながらあれもこれも出来ると考えると、今から心が弾む。まずは手始めに、その生意気な魔剣をクリアしないと。


「クルティラちゃん、その剣さ。少しの間でいいから、貸してくれないかな」

「モノネの頼みといえども、それは出来ない。私が命を預けると決めた剣だからな。手放すなどもっての他だ」


 はい、さっそく詰みました。このままだとクルティラちゃんが魔剣に殺され、私のグレードアップ引きこもり計画も水の泡と。

 頭というのは、こういう時のために使っておくべきと痛感した。ない頭じゃ、打開策が思いつかない。そんな私の苦悩も知らずに、クルティラちゃんは言葉を待ってる。


「それでこの剣はどうなんだ?」

「ちょっと判断がつかないから、今日はクルティラちゃんについていくよ」

「来るのか!? いや、構わんが!」

「なんで興奮する。その剣がどんなものか、見極める時間がほしいからね」

「なるほど、さすがは考えてるな」


「あれ? 俺の剣の時はすぐ判断してくれたよな?」


 余計なことを言うんじゃありません、冒険者さん。疑問が広がらないうちに退散しよう。


◆ ランフィルド 定食屋"炎龍" ◆


 昼食を済ませてないというから、ひとまず腹ごしらえ。庶民派のこの店に、気品のあるこの子がいるという非現実感。背筋を伸ばして椅子に座ってらっしゃる。


「……ボア骨メンというのか。どういう食べ物だ?」

「これは初心者にはお勧めできない」

「百聞は一食にしかず、よ」

「それもそうだな。では頼む」

「食べられなかったらどうするのさ」


 こうしてあの独特な臭気を放つボア骨メンが淡々と作られる。ランフィルドの冒険者達が強くなって、いろんなものが安く入荷できるようになった。その影響でボア骨メンもかなり安くなって、こっちとしても嬉しい。

 待ってる間にクルティラちゃんの表情を観察したけど、臭いに顔をしかめるどころかちょっと微笑んでる。あまりにひどすぎて笑うしかなかったのか。


「この香りは……!」

「やばいよね」

「なんて野性的で食欲を刺激する香りなんだ! 早く! 早く食べてみたい!」

「うんうん、すぐ食べられるから待っててね」


 この子、箸なんて使ったことあるのかな。両手でそれぞれ持って子どもみたいにテーブルを叩いてる。はしゃぎすぎ。


「……と、はしたなかったな。家では常に張りつめているせいか、つい気が緩んでしまったようだ」

「そういえば、いいところの家なんだっけ」

「王家に仕える名門騎士として、いろいろ叩き込まれたからな。辛くて逃げ出したくなるほどだった」

「私なら逃げてる」

「それでも騎士は、子どもの頃からの夢だからな。お父様のような立派な騎士になれるよう、日々精進さ」

「今は女性の騎士も認められてるみたいだしね。がんばって」

「あぁ、モノネに言われるとより奮起できる」


 ちょいちょい出てくる私への過大評価が謎すぎる。私はこんな立派な子に尊敬されるような人間じゃない。この子は、辛くて逃げ出したくなるような環境に身を置いて夢のために努力する。同じ生物とは思えないもの。


「ボア骨メン二つ!」

「お、出来たか」


 イルシャちゃんのお母さんが、どんぶりを二つ乗せたボードを持ってくる。臭いはひどいけど、食べればまた格別。なんだかんだで私もハマってしまった。


――バカが!


「はい、出来……きゃっ!」


 イルシャママが突然つまづいて、ボードを手放してしまう。やばい、転――


「危ないっ!」


 クルティラちゃんが宙に舞いかけたボードとどんぶりをかろやかにまとめて片手で持ち、もう片手でイルシャママを抱きかかえる。そして態勢を正した後、ボードを自分のテーブルに置いた。


「……何滴かこぼしてしまったな。すまない」

「いやいやいや! 今のは普通に大惨事はまぬがれなかったよ! すごいね……」

「あ、ありがとうございます……」


 自分が転びかけた事実をようやく認識できたのか、イルシャママが自分の足でようやく立つ。


「ママ! 大丈夫?!」

「え、えぇ。平気よ、少し疲れてるのかしら……」

「今日は奥で休んでいていいぞ。店は任せなさい」

「はい、あなた……」


――チッ、マジかよこの女……どうすればいいんだ


 弱気か。魔剣の仕業なのはわかってる。イルシャママを転ばせた拍子に、熱いメンをクルティラちゃんにぶっかける気だったな。

 案外しょぼいとは思うけど、彼女じゃなかったら普通に大火傷だ。こいつ、こうやってあの手この手で持ち主を不幸にするつもりなのかな。そんな魔剣の思惑もつゆ知らず、クルティラちゃんはメンをすすり始めた。


「お、おいしいッ! くどい油を補う塩分……その奥に詰まった野性味が溢れる濃厚な風味! 本来ならひどい味に仕上がりそうな料理だが、これはとてつもなく均衡がとれている!」

「私よりもたっぷりと詳しい表現」

「一口を味わう猶予も与えない! 次から次へと体がこの味を欲してしまう! 歯止めが利かない……理性がとんでしまいそうだ……これはまるで……」


    ---===野生への回帰!===---  


「うおぉん!」


 なんだろう、一瞬だけ草原の中でクルティラちゃんが裸になってる風景が見えた。この前の手記の影響かな。なんか違う気がするし、スルーしたほうがよさそう。いろんな意味で。


「ふぅ……完食させてもらった。ごちそうさま、とてもおいしかった」

「ふふ、ありがと。我を忘れて裸になりたくなるくらい夢中になってもらえて何よりだわ」

「見なかったことにしたんだからスルーして」


――フン、悪夢はこれからだ。見てろよ


 この魔剣、どういう理屈か知らないけど他人を攻撃できる。こうやって持ち主を疲弊させて精神をすり減らし、そうして生気を吸い取るんだ。そして隙あらば命そのものを奪う。何故かはわからないけど、そんな情報が頭の中にスッと入ってきた。

 これも物霊使いとしての力の一つと考えるなら、言う事を利かせられなくても一矢報いることは出来たわけか。


「クルティラちゃん、今日はもう宿で大人しくしていたほうが」

「まだ明るいぞ。剣の評価についても済ませていないだろう」

「それなんだけどね」

「やはりこの剣の真価を見せるとなれば、戦いしかないな。モノネ、私と試合をしてくれないか?」

「マジですか」

「実際に戦ってみたほうが、肌で感じやすいだろう?」


 もっともすぎて返す言葉が見つからない。どうしようかと先延ばしにした結果がこれだ。これはもう素直に、それ魔剣だよとカミングアウトするしかない。


「今の惨事も、これまでの私ならば対応できなかっただろうな。自分でも不思議だが、この剣と出会ってからは力がみなぎっているような気がするんだ」

「本当に? 体がだるいとか、危ない目に遭いやすくなったということは?」

「危険が迫ろうとも、この剣で斬り払ってこれたのだ。確信しているよ、この剣とは運命を共にすると」

「はぁ」


 そこまで確信してるなら、私いらないじゃんとすら突っ込めない。考えてみたら、この子はその魔剣を持ってこの街に来たんだ。その間に何度も魔剣がアクションを起こしているはず。それなのにこのメンタル。つまり導き出せる答えは。


――前回は殺すまで一ヶ月以上かかったんだ。今回も少し粘ってやがるだけ、それだけだ……


「これから待ち受ける困難すらも、楽しみだ。何でもこい、私は絶対に負けん!」


 なんか自分に言い聞かせてるよ、魔剣君。すでに折れかけてんじゃないの、これ。そんな魔剣君に追い打ちをかけるかのように、クルティラちゃんはにこやかにガッツポーズをとってる。


――マヌケな持ち主だぜ! その自信がいつまでもつかな? クックックッ!


「この剣の輝きを見ればわかる。何者にも屈せず、必ず障害を切り開くと主張しているかのようだ」


 なるほど、大体合ってる。つまりクルティラちゃんが物霊使いだった?


◆ ティカ 記録 ◆


あの剣は よくないものダ

しかも マスターの 命令にすら反するとは 許しがたイ

クルティラさんには悪いが 早々に砕いてしまわないと 周囲までも巻き込んでしまウ

持ち主を 不幸にするモノというのは 魔剣に限らず

往々にして 存在するが そういうものほど 人は惹きつけられル

いや 惹きつけられてしまっていル

クルティラさんも その一人になってしまっている 可能性が 高イ

魔剣の 虜となる前に なんとしてでも 手を打たねば 危なイ


引き続き 記録を 継続

「アスセーナちゃんは自分で散髪してるの?」

「どうしてそんな事が出来ると思うんですか! してますよ!」

「してるなら怒るな」

「モノネさんの散髪を任せてもらえるんですか?!」

「たとえそうだとしても飛躍しすぎて頼む気がなくなる」

「モノネさんの髪型……最低でも一晩は吟味する必要がありますね……失敗は許されません」

「そこまで鬼気迫る作業になるなら他当たる」

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